02. カルチャーショックのアンテナ開発

(国立天文台ニュース 2010年7月号掲載)

2005年の2月よりALMA推進室のアンテナチームを任されたとき、日本が担当するアンテナは直径12mアンテナ4台(以下ACA 12mアンテナ)と、直径 7mアンテナ12台(以下ACA 7mアンテナ)でした。ACA 12mアンテナは単一鏡として主に使われ、ALMA の 12m やACA 7m干渉計では観測できない広がった構造の情報を得ます。またACA 7mアンテナは他の 12mアンテナよりコンパクトに配列ができるので、広がった構造のマッピングに適しています。
※ ACA(エーシーエー)とは、「アタカマ・コンパクト・アレイ(Atacama Compact Array)」の略称。日本が開発・製造を担当する干渉計システムです。

ACA12mアンテナ(手前)と7mアンテナ(奥の台車上のアンテナ)。ACA 12mアンテナとほぼ同じ架台に小さな主鏡面が載っているので、一見するとロボットのようだ。2010年7月現在、1号機がチリ山麓施設にその姿を現して、現地で注目を集めている(山麓施設にて)

ACAアンテナだが、まずはその性能要求がすごい。なにしろ電波望遠鏡は昼でも観測します。ALMAのアンテナはドームに入っているわけではありません。したがって日射ががんがんあたっても、風が吹いても観測します。ただしあまりに強風だと観測を中止し待機します。ACA アンテナは日射および平均毎秒6mの風、あるいは日射なしで平均毎秒9mの風が吹いている条件下において、下記に述べる性能を満足する必要があります。従来、電波望遠鏡の性能というとベストの条件で測定された中の最高値を使うことが多いのですが、ALMAは違います。

まずACA 12mアンテナの性能について述べます。最初は追尾性能です。0.6秒角以下という精度で天体を追尾する性能が要求されます。このような高い精度が要求される背景には、ALMAの干渉計と単一鏡を組み合わせて信頼性の高い画像を得たいという要求があるからです。また、その鏡面精度は測定装置の誤差10マイクロメートル込で25マイクロメートル未満が要求されます。したがって実際に実現されたACA 12mアンテナの最高の鏡面精度はというと7.4マイクロメートル、これまでのミリ波サブミリ波望遠鏡では間違いなく最高性能といえるでしょう。じつはこの記録は今年ACA7mアンテナに破られるのですが。

高速に駆動することもACAアンテナの特徴です。すばる望遠鏡で培ったリニアモーターカーと同じ原理の駆動方式をACAアンテナで採用しました。滑らかに高速で駆動するACAアンテナはその最高速度は方位角が毎秒6度、仰角が毎秒3度。野辺山10m望遠鏡のおよそ10倍の速度です。初めてACAアンテナが駆動する様子を見ると、カルチャーショックすら感じます。

また厳しい要求としては、太陽観測を行うことです。専用望遠鏡を除いて、通常の電波望遠鏡は太陽を観測しません。ドームがない電波望遠鏡は太陽に向けると、太陽光が副鏡に集まり、副鏡部が高温になります。最悪、火災の危険もあります。実際、世界の望遠鏡で副鏡へ行くケーブルが燃えたという話も聞いています。ACAアンテナはその鏡面に特殊加工をし、可視光は副鏡に集まらないが、電波は集まる工夫がされています。実際に太陽に向けたアンテナを見ると美しいです。

太陽に向いたACA 12m アンテナ(山麓施設にて)。

もちろん、ALMAは国際的なプロジェクトなので、アンテナの品質、安全、電磁適合性といったものも日本独自ではなく、国際規格に準拠するように設計、製造が管理されてなければなりません。自分自身がまずこれらを理解し(これが大変)、実際のアンテナにどう適用するのかという着陸点を見つけなければなりません。長ーい議論と周りの人の力も借りつつ、なんとかやってきました。

こうして設計が一段落したところで、2005年11月に国内、国外からアンテナ技術の専門家や、アンテナのインターフェースを見る技術者らを招いて設計審査会を開催しました。審査会では技術的なリスク、インターフェースの詳細にわたり指摘され、多くの課題がでました。関係者はそれを一つずつ粘り強くクリアーしていき、12m アンテナの国内組み立て、出荷、現地での調整などを経て無事2007年度に天文台へ納入となりました。この間に製造メーカーやALMA 関係者との膨大なメール、電話、連絡、会議に忙殺され、しばしば夜遅く帰宅となりましたが、終電にもかかわらず混み混みの電車に乗ると、多くの人が同志に見えてきたものです。

私が率いた2005〜6年にかけてアンテナチームには浮田さん、江澤さん、池之上さん、稲谷さん、山田さんなどの猛者がいました。チームの皆は若輩者でとんちんかんな筆者を厳しく叱咤激励しよく支援してくれたと思います。改めて感謝の念にたえません。最後になりますが、アンテナチームの活動をささえてくれたALMA推進室の皆さん、そしてチリで支援してくれているALMAの皆さんに感謝してこの記事を締めくくりたいと思います。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。