04. 日本が開発した受信機で初スペクトルを取得![特別編]

(国立天文台ニュース 2010年9月号掲載)

2010年6月下旬に、標高2900mにあるALMA山麓施設(Operations Support Facility, OSF)において日本が製造した2種類の受信機で、天体からのスペクトルを取得することに初めて成功しました。2010年6月22日にバンド4受信機でのファーストスペクトル取得に成功し、続く6月30日にバンド8受信機でもファーストスペクトルを取得しました。

ALMA(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)は、東アジア・北米・ヨーロッパがチリ共和国と協力して推進する国際プロジェクトで、2012年度末から本格運用に入る予定です。完成時には66台のアンテナがチリ北部のアタカマ高地に展開され、ミリ波・サブミリ波では世界最高性能の干渉計となります。

ALMA は30 〜 950GHz の周波数帯を観測することで、まだ見ぬ宇宙の謎の解明に挑みます。受信機は、10種類の周波数帯(バンド1から10)に分けられ、各国で分担して開発・製造が進められています。そのうち日本はバンド4(125〜163GHz)、バンド8(385〜 500GHz)、及びバンド10(787 〜 950GHz)の3種類を担当しています。ALMA バンド4及びバンド8カートリッジ受信機は導波管型直交偏波分離器(OMT)と超伝導トンネル接合(SIS)を用いた導波管型超伝導2SB ミクサを搭載しており、直交2偏波かつUSB/LSB 同時観測が行えます。

冷却システム/光学系/LO系は、米欧のパートナーであるRAL(英)、IRAM(仏)、NRAO(米)などと協力して開発を進めています。ALMA計画はチリの高地で66台のアンテナを30年にわたり運用する予定のため、機械的調整機構がなく保守の容易な装置を作る必要がありました。また熱設計や機械設計等でALMAの仕様を満たすために、最先端の受信機技術や工夫が随所に施されています。

図1 日本担当のバンド4受信機カートリッジ(左)、バンド8受信機カートリッジ(右)。

バンド4/8 受信機は2009年6月22日から25日にかけて基本設計審査会(Critical Design Review, CDR)を三鷹のNAOJ キャンパスにて開催し、専門家で構成される審査委員会によって合格判定が得られました(図2)。その後、両受信機は国立天文台先端技術センターから出荷され、米国のNational Radio Astronomy Observatory(NRAO)に設置されたNorth America Front-End Integration CenterにてRALによって開発された冷却システムに他の受信機と共に組み込まれ、受信機システムとしての性能評価の後、はるばるチリにやってきました。

図2 バンド4基本設計審査会。筆者(最前列中央左)や海外からの審査委員をはじめとする審査会関係者。

私は、バンド4チームのリーダーとしてバンド4受信機の開発を2004年から行った後、CDRが終了後の2009年8月から、ALMA国際職員International Staff Member(ISM)の一人として、チリの合同アルマ事務所(Joint ALMA Office, JAO)に移動しました。

JAOで私は、AIV(Assembly, Integration and Verification)サイエンスチームの副リーダーとしてアンテナ評価・立ち上げ活動に従事しています。AIVチームのタスクは、世界各地の担当機関で製造されチリに輸送されてきた装置を、OSFにて接続・試験し、アルマを望遠鏡システムとして仕上げる仕事を行っています。その中で我々AIVサイエンスチームは、アンテナの鏡面精度・指向精度の測定・評価、また受信機搭載後には天体を用いた電波指向精度及び各バンドでのビーム形状、スペクトル確認等、電波単一鏡としての性能確認を行った後、アンテナ2台を使った干渉実験を行い、ALMAアンテナの性能を検証しています。AIVチームによるアンテナ立ち上げ・評価試験の後、ALMAの要求仕様を満たすことが実証されたアンテナは、標高5000mのALMA山頂施設(Array Operations Site; AOS)に移動され、科学性能評価(Commissioning and Science Verification; CSV)チームにより、ALMAのアンテナとしてAOSでの評価活動に組み込まれます。

私は現在8-6シフトと呼ばれる勤務形態で、2週間のうち8日間をOSFでアンテナ評価活動に従事し、6日間はサンティアゴで過ごしています。AIVチームは通常は一部のスタッフを除いて毎週水曜日にチームが交代し、仕事を引き継ぎます。

世界各国から集まった国際チームの中で働くのは初めての経験で、最初は言葉やスタイルの違い等で苦労しましたが、1年を過ぎるころには仕事にも慣れ、8-6シフトの6日間を利用して、パタゴニアに旅行したりと仕事もオフも充実した生活を送ることができるようになりました。

図3 ペンギン島(マグダレナ島)での1枚。ペンギンがすぐ目の前に。

話をバンド4/8に戻しましょう。チリ現地に到着したバンド4/8の搭載された受信機システムは、北米製アンテナ7号機に搭載されました。ちょうど受信機が搭載されたころ、たまたまシフトの都合で通常と異なり、私は水曜日ではなく6月21日の月曜日にOSFに行くことになりました。スケジュールを見た際に、「これはCDRからちょうど1年後にバンド4のファーストライトが自ら出来る!!」と思った私は、OSFで勤務中の同僚に連絡を取り、電波指向精度等や副鏡位置測定等の基本確認が終わっており、ファーストライトへの準備が整っていることを確認したのち、サンティアゴ市内を"4"にちなんだ服を探しに奔走しました。折しもワールドカップの時期でしたので、サッカーチリ代表のユニフォームが手に入るかと思ったのですが、残念ながらスター選手は他の背番号のようで手に入りませんでした。しかし運よく背番号4番の服を手に入れた私は、自分が開発を担当した受信機でのファーストライトを自ら行える期待に満ちてOSF に向かいました。

ファーストライト当日は、ソフトウエアのトラブル等もありポインティングや副鏡位置調整に手間取りましたが、うみへび座W 星(W Hya)からの周波数129GHzのSiO メーザー(v=1,J=3-2)及び銀河中心からの周波数147GHzのCS(v=0,J=3-2)スペクトル取得に成功しました。CDRからちょうど1年後の2010年6月22日に、狙い通りスペクトルを取得できたことは感慨深いものがあります。

図4 バンド4 受信機で6 月22 日に取得した、うみへび座W星(WHya)のスペクトル。

図5 バンド4 受信機ファーストライトの様子。写真中央が著者。スペクトルを持っているのは、AIV サイエンティストのPere Planesas。

その後、バンド8受信機のファーストライトにもトライしたのですが、私がOSF にいる間は大気の状態が悪く、標高2900mのOSFではスペクトル検出には至りませんでしたが、私がOSFを下りた2日後の6月30日に、AIVサイエンティストのPaulo Cortesによりバンド8受信機での初スペクトル取得に成功しました。これで日本が開発、製造した2種類の受信機でのスペクトル取得に成功したことになります。

図6 6 月30 日、バンド8受信機で取得した、いて座(SgrB2)のスペクトル。

図7 バンド8 初スペクトル。写真中央はAIV サイエンティストのPaulo Cortes。

受信機の開発・製造は国立天文台、三鷹キャンパスの先端技術センターで行われており、現在は量産化に向けて2号機、3号機の製造が進められています。量子限界の5〜9倍の受信機雑音温度を直交2偏波かつSSB感度で達成し、ALMAの高精度アンテナ及びアタカマ砂漠の好条件と組み合わされ、天文学の様々な分野で大きな進展に貢献が期待されています。

今後とも、ALMAプロジェクトへのご支援をよろしくお願いします。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。