07. 踊る「いざよい」

(国立天文台ニュース 2010年10月号掲載)

初めてすばる望遠鏡を制御室から動かしたとき、初めてすばる望遠鏡に星を入れたファーストライト、たくさんのすばる観測装置から初めて天体のイメージが出てきたとき、時と場所は移り、ALMAのいざよい(アタカマ・コンパクトアレイ, ACA)アンテナを制御室から初めて動かしたとき、いざよいに試験検出器を積んで臨んだファーストライト、4 台のアンテナを初めて同期させて動かしたとき……、ソフトウェア開発に関わりながら、これまでたくさんの「初めて」に立ち会ってきました。数々の「初めて」の中でも特に印象深かったのは、望遠鏡が「動く」瞬間、つまり、自分にとって巨大な置物に過ぎなかった望遠鏡やアンテナが、ある日突然、操り人形へと進化したことでした(図1)。

図1 いざよいアンテナのラインダンス(山麓施設にて多重露出)

我が子の成長と望遠鏡の立ち上げが時期的にも重なっていたからなのか、言うことを聞かない自分の子どもに手を焼きつつ、指示した通り従順に正確に動いてくれる望遠鏡に愛着すら覚えたものです。図2 は、いざよいに光学望遠鏡を取り付けて、木星に向けてシャッターを開放し、その10 秒程度の間にアンテナを正確に駆動して描き出した文字です。中央の楕円がちょうど木星サイズ。滑らかな曲線さえも美しく描き出す連続駆動精度の高さ、しかも、文字と文字の間に軌跡が残らないほど一瞬で駆け抜ける加速の鋭さ、これがいざよいの実力です。機器の限界性能はハードウェアによって決まりますが、実際の運用においてその限界を引き出すこと、更に、他の機器と有機的に結合して、システムとして働かせるのはソフトウェアです。ひとつひとつの機器を縦糸だとすると、ソフトウェアはそれをシステムという織物に仕上げる横糸なのです(図2)。

図2 いざよいを駆動しながら、搭載した光学望遠鏡で長時間積分した木星(山麓施設にて撮影)。

アンテナ制御をはじめとし、観測制御、データ解析、更に観測所運用まで含んだALMA のソフトウェアシステムは、日米欧(NAOJ、NRAO、ESO)各組織を中心に、世界中で分散開発されてきました。システム全体を15 程度の機能に分割し、その機能毎に数人〜十人程度のグループを割り当て、グループ毎に地理的にまとまって開発をおこなうのです。そのため、開発拠点が海外の場合、日本から数年単位の長期出張をして開発に携わった人たちもいます。現在、開発拠点はチリも含め全世界で10 か所以上、4 大陸にわたっています。このような分散開発環境下で、進捗を互いに確認し方針を決定するために、定期的に電話会議がおこなわれるのですが、これが結構つらい。できるだけ多くの人にとって便利な時間帯を選ぶと、結局日本では夜中になってしまう。電話から流れる様々な訛りの英語が、何度子守歌に聞こえたことか。

ALMA-J コンピューティングチームは現在総勢14 名。アンテナや相関器の制御、並びに、それらソフトウェアの組み上げ・試験をおこなっている渡辺さん、松居さん、芦田川さん、中村京子さん、ALMA 標準データ解析ソフトCASA、及び、解析パイプラインの開発に携わっている中里さん、杉本さん、川崎さん、観測準備ソフトウェアを開発してきた谷田貝さん、ALMA から生み出される年200TBもの膨大なデータのアーカイブ・検索機能を開発している森田さん、パンタさん、チェンさん、10 月1日に新たに加わった中村光志さん、川上さんなど、優秀な人材に恵まれています。また、チームの一員として、富士通部隊が相関器制御ソフトウェアの開発をおこなってきました。このALMA-J コンピューティングチームを立ち上げ、黎明期の指揮をとってきた森田氏、立松氏。両氏の意志とチームを引き継ぎながら、現在、ALMA を支えるチームから天文台全体を支えるコンピューティングチームへの発展を模索しています。プロジェクトという天文台の縦糸を結びつける横糸としての役割が、ここでも期待されます。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。