09. ALMAデータ解析ソフトウェア CASAの開発

(国立天文台ニュース 2011年2月号掲載)

CASA(カサ)とは?
ALMA で使われるデータ解析ソフトウェアは、CASA(カサ)と呼ばれています。CASAは「Common Astronomy Software Applications」の頭文字です。全波長帯の中でも電波だけ、しかもまだALMAとEVLA(後述)で正式採用されているだけであるにもかかわらず、なかなか野心的なネーミングです。

CASA使用中はこんな感じ。

CASAは 2005年から開発が始まった新しいソフトウェアで、日本・北米・欧州・豪州の総勢 20名強によって開発が進められています。その中で開発の中心となっているのはアメリカで、特にニューメキシコ州ソコロの米国国立電波天文台(NRAO)に、開発者の約半数が集中しています。ソコロ近郊には、巨大な電波望遠鏡VLA(映画「コンタクト」にも登場。因みに最近、大幅に性能を向上させ、EVLA と改称しました)があり、30年以上の間、華々しい成果を上げてきました。そのVLAを長年運用し、ソフト開発の実績もあるソコロがCASA開発の中心になるのは、自然の成り行きと言えるかもしれません。2010年 5月には、CASA の開発に直接・間接的に関わる人間がソコロに集まり、1 週間にわたって会議を行いました。普段のやりとりは電子メールや電話会議が主で全員が顔を合わせる機会は稀なため、非常に有意義なものでした。

ソコロに集結したCASA開発者、関係者一同(2010年 5月)。

チリ、いざよい、私たち
さて、そのCASA開発チームですが、日本からは国立天文台 ALMA推進室コンピューティンググループの私達 4名が参加しており、「いざよい(日本が担当する16台のアンテナ群の愛称)」を構成する 4台の 12メートルアンテナが取得するデータを解析するための機能を開発しています。ALMAは基本的に干渉計というタイプの電波望遠鏡ですが、「いざよい」の12 メートルアンテナ 4台だけは運用方法が特別で、干渉計としてではなくそれぞれ 1台のパラボラアンテナとして独立にデータを取得します。観測の手法が異なるので解析方法も違っており、その開発は「いざよい」を担当する日本が行うというわけです。電波望遠鏡自体には、既に長い歴史があり、データ解析に関するノウハウはかなり蓄積されています。しかし、ALMAに対する性能要求はこれまでにない高精度なもので、当然ソフトウェアにも相応の性能が求められています。そこで私たちは、これまでのノウハウに基づく解析ツールの開発に加え、新しい観測手法とデータ解析方法の検討といった新たな試みも行っています。

……と、恰好いいことを書きましたが、実は私達の中に電波天文出身者は一人もおらず(中里・杉本は理論、川崎は光、川上は X線出身)、初めのうちは戸惑うこともありました。そんな私達にとって、電波の専門家であり、現在ソコロの CASA開発チームに所属する堤貴弘さんの存在は、とても心強いものになっています。私達が出張でソコロに滞在する時も、公私にわたってお世話になっています(感謝)。

私たちが開発しているCASAは データ解析ソフトウェアですから、正直な話、データさえあれば開発も試験もできます。ですから、誰かがデータを日本に持ってきてくれさえすれば、私達がわざわざチリに出向く必要はありません。そのため、チリにある ALMAの施設を訪れる機会は無いとずっと思っていました。ところが2009年の12月、チリ現地でアンテナの性能評価を進めているスタッフと直接顔を合わせて議論する話が持ち上がり、奇跡的に ALMAの山麓施設を訪れることができました。行ってみると、山麓施設の過酷さは話に聞いていた以上でした(筆者の一人、中里は、頭皮の一部が日焼けして「鶏皮煎餅のように頭から外れ」ました)。このような厳しい環境下で ALMA建設に携わる人々に敬意を払いつつ、藍色の空に向かって立つ ALMAの白いアンテナを見上げ、CASAの開発も頑張らねばと、改めて思ったのでありました。

“mi casaes su casa”
ところで、スペイン語には“mi casaes su casa”という言葉があり(直訳は「私の家はあなたの家」)、自宅を訪れた友人などに「(自分の家のように)寛いで下さい」という意味を込めて言う言葉だそうです。ソフトウェアのCASAに対してこの言葉を当てはめるとすれば、「(使い慣れたソフトのように)CASAを使って下さい」という感じでしょうか。CASAが ALMAの要求精度に耐える高精度・高機能なソフトウエアでなければならないことは大前提ですが、それに加えて、宇宙電波観測のエキスパートから初心者まで幅広いユーザー層をカバーできる、高い操作性を備えたソフトウェアとなることを目指して、今後も開発を進めていく所存です。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。