10. アンテナ制御ソフトウェアの開発と模擬観測試験

(国立天文台ニュース 2011年3月号掲載)

アンテナ制御ソフトウェアの開発
私は、2005年の春にコンピューティグの制御担当の特定契約職員として採用されました。天文台に来る前は天文学ともアカデミックな業界とも無縁な世界にいた者ですし、私なんぞでいいのかなと思いつつ、自己紹介と古い話でお目汚しさせていただきます。

私は、大学を卒業後は F社系のミニコンメーカーでリアルタイム UNIXのカーネルや Cコンパイラなどをいじっていました。国内メーカーの独自仕様のミニコンやOSが滅んだあとは、組込み機器向けソフトウェアの仕事を中心に、また、ある時期の D社のすべての携帯電話には私の高速化したJavaVM が載りました。ソフトウェアの世界も広いのですが、主にプロセッサや デバイス類などハードウェアを強く意識する仕事をしてきました。

天文台では ACA(アタカマ・コンパクトアレイ)アンテナの制御担当として、ソフトウェアとアンテナとの間の制御の仕様の策定に参加するのが最初の仕事でした。プロトタイプ(試作)アンテナはあったのでゼロから始めるわけではないのですが、大枠はあるものの細部は好きに解釈できる程度の事しか書いていません。一般にハードウェアは簡単には直せないので、仕様と異なる物ができてしまったら、仕様の方を変えたりソフトウェアで対応という事もよくあります。しかしALMAアンテナの場合は、駆動や位置のモニタなどの基本動作を含めて、日米欧三者に共通する仕様があります。共通部に非互換ができると大ごとになってしまいます。

過去の私の仕事ではハードウェアのある状態で開発作業が始まることが多かったのですが、相手が100トンのアンテナでは、そうはいきません。ソフトウェアの動きに対する実ハードウェアの反応を見ていると動作の癖や出来の善し悪しを感じて、勘が働くようになったりしますが、アンテナの仕事では仕様書とシミュレータ相手の作業がずっと続く状態でした。結局、国内でのテストはアンテナ制御コンピュータ(ACU)との間のみで、駆動試験はキャンセルされ、2007年9月に現地の山麓施設のSEF(アンテナ組立サイト)で本物のアンテナと初めて接続するという事になりました。

SEFでは空っぽのコンテナハウスに電源やネットワークを引き回す所から始まり、計算機システムの組み立てとOSや制御ソフトウェアのインストールなどの作業を、コンピューティングやアンテナチームのお仲間の助けで進めていきました。現地では予定の作業を淡々とこなしたように思いますが、出張前の半年ほどは、現地の様子の分からなさ、送付機材や制御ソフトやツール類の準備に漏れが無いか、間に合うのか、ほんとに動くのか、といった不安で、胃の痛くなる日々でした。アンテナが制御ソフトウェアからの指示で初めて動いた時には非常にうれしく感じました。

アンテナ組立サイトにて、最初の試行でアンテナ駆動に成功した瞬間(2007年10月)。

ALMAソフトウェアの統合試験
私は、2009年 4月からアルマ・コンピューティングチームに参加しています。公称50%業務(実質 70-80%)で属している統合試験・支援(Integration Test and Support:ITS)チームは、アルマ・ソフトウエアの統合試験も担っています。日本のITSチームが主として行うのは、日本が開発しているACA相関器(アタカマ・コンパクトアレイ用の専用コンピューター)を使用した、模擬観測試験(エンド・ツー・エンド試験)です。日頃は相関器もアンテナもすべてシミュレータで動作確認をしていますが、ACA相関器に関しては、三鷹のレプリカ機、AOS(チリの標高5000mにある山頂施設)の実機を使った試験も、昨年、時間をかけて行いました。AOS の試験は現地で行ったのではなく、三鷹からネットワークを介して実施します。地球を半周してデータが届くため、コマンドを入力して一呼吸後に応答があるのですが、慣れてしまえばそれほどいらいらすることもありません。ただ、ハードウエアトラブルには現地の方の協力が不可欠であり、何が起こったか判明するまで、そして実作業が終わるまで、じりじりしながら待っていました。

さて、昨年の晩秋には、実際のアンテナを使った試験を行う機会がありました。 これはITSの活動の一部で、チリのアルマのOSF(標高2900mにある山麓施設)に赴き、現地のコンピューティングチーム(合同アルマ観測所コンピューティング:JAO Computing)と協力して行いました。数々の本物のデバイスを搭載したアンテナを駆動しての試験は、シミュレータ試験と違い、臨場感があって楽しいものでした。ただ、実際のハードウエアを使っているので、日によっていろいろな不具合が生じ、予定していた試験ができないなどもありました。また、慣れないハードウエアを使っていることもあり、JAOのメンバとの話し合いが必須でしたが、単独で現地に赴いており通訳を期待もできず、そしてやはり目の前にいる人の言っていることが正確に理解できなかったのは、かなり痛かったです。チーム内では電子メールのやりとりが多く、英文の読み書きはそこそこ慣れていたのですが、言葉のやりとりには別に訓練が必要と痛感しました。

最近は、ソフトウエアの最新バージョンである「ALMA8」の試験を継続中です。三鷹のレプリカ機を使った試験にも 1月末から取りかかり、山頂施設(AOS)のACA相関器の試験も予定しています。ITSチームは週に一回電話会議があり、ヨーロッパ南天天文台(ESO)にいるリーダに進捗を報告し、抱えている問題について助言を得ます。ただ、かれこれ 2年近くのつきあいですが、いまだ会ったことはなく、お互いに顔を知らないという不思議な関係にあります。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。