11. 世界の仲間と作る空前絶後の望遠鏡

(国立天文台ニュース 2011年4月号掲載)

いよいよ、ALMAの初期科学運用に向けた観測提案の募集 (Call for Proposal)がアナウンスされました(参考:新しいウィンドウで開く 2011年3月30日 アルマ望遠鏡、最初の観測提案を募集 )。将来計画として最初のミーティングがもたれてから、実に28年になるそうです。これからALMAを使ってバリバリ観測する大学院生の皆さんはまだ産まれてすらいなかったわけで、まさに未来の望遠鏡が実現することになります。

ALMAはその絶対的な性能から、よくunprecedented と表現されます。まさに「“ 空前絶後 ”」ということですが、日本の天文学にとってもうひとつ前例のないことは、完全な国際共同プロジェクトへの参加ということです。そこでは様々な国籍民族文化習慣言語、そして科学的背景を持った人達が集まり、一緒に仕事をしています。国内にだけいたのでは決して味わえない、“ 異文化交流 ”を常に味わっています。それは時に難しくもあり、楽しくもあります。そもそも外国に住むことなど、向き不向きもあり、誰にでも勧められる仕事ではないかも知れませんが、国際化の流れは天文学においても避けられないことでしょう。この巨大なプロジェクトの立ち上げに携わること自体特別な体験で、CSV (Commissioning and Scientific Verification; 科学的評価試験) とよばれる活動に貢献する 刺激的な毎日です。

この環境で働くことで難しいことの一つに、当然言葉の壁があります。もちろん英語が公用語ですが様々な母国語を持つ人達の集団なので、多くの訛りも聞かれます。スペイン語訛り、フランス語訛り、イタリア語訛り、ドイツ語訛り、英語に米語での会話を聞いて、日本語訛りで議論に参加しています。さらに専門用語や略語が飛び交います。「昨夜の観測はどうだった?」というよくある質問に返ってくる答えが、「WVR テストのSBを流そうとしたけど、OMCPM02ACDエラーが出て、結局FSRになったよ()」とか。始めは何を話しているのか、まったく分かりませんでした。

)WVR: 水蒸気ラジオメータのこと。
   SB: 観測指示書のようなもの (Scheduling Block)。
   OMC:アンテナの制御監視ソフト (Operator Monitoring & Console)。
   PM02:日本製12mアンテナの2号機。
   ACD: 電波強度較正装置のこと。
   FSR: システムの再起動。(Full System Restart)
       CSVサイエンティストが最も聞きたくない言葉。

さらに思いがけない出会いも多くあります。観測に行ったときにお世話になった人に再会することもあれば、教科書の中の大御所と朝まで測定したり。アタカマ砂漠の真ん中で「とっても良いところだね!」という新人に、「ALMAに来る前はどこで働いていたの?」と聞いてみると、「南極で越冬していたよ」という答えが返ってきたこともあります。世界は狭いんだか広いんだか?と感じます。

毎日のミーティングはサンティアゴと繋いでビデオ会議で行います。多国籍軍の作戦会議です。

こんな出会いもありました。2008年、ボストンの ハーバード・スミソニアン宇宙物理研究所でセミナー発表をさせてもらう機会に恵まれました。発表が終わったのち、ホストしてくれたロリ・アレン氏からこの機会に何か見たいものはないかと聞かれ「Miniが見たい」と答えました。Miniとは車のことではなく(ちなみに当時の私の愛車もMiniで、偶然にもアレン氏も同じでした)、初めてCO(一酸化炭素)で銀河面の完全なサーベイをした、1.2m電波望遠鏡の通称です。私がまだ大学院生だった頃、名古屋大学のなんてん望遠鏡グループにとって、" Mini "の成果は、常にベンチマークであり、良きライバルでもありました。トム・デイム氏直々に案内していただき、Miniに対面した筆者は思わず「At last !(ついに!)」と呟いていました。昔話を交えて楽しそうに望遠鏡を紹介してくれたデイム氏から「当時出たばかりのIRAS衛星(赤外線観測衛星)の観測結果に透明シートを重ねて塗りつぶしながら観測を進めていったものだよ」と 聞いて驚きました。それはまさに、私達がMiniの結果を下敷きにして観測したのと同じ方法でした。自分が天文学を学び始めた頃の新鮮な気持ちを思い出すことができた、よい訪問となりました。数年後、CSV活動のためOSF(標高2900mのアルマ山麓施設)で仕事をしている時 ALMA推進室の水野範和氏に、オーストラリアから来たゲストを紹介されました。彼は南極の天文台、AST/ROプロジェクトで仕事をしていた人で、おおかみ座分子雲をCO4-3輝線でサーベイ観測した人でした。そして「君の観測結果を下敷きにしたよ」と言われたのです。自分の結果が下敷きにされた!その驚きとともに、素直にとても嬉しく思いました。

科学の進歩は常に積み重ねです。新しい観測データが新しい望遠鏡から得られるときも、過去の結果があって始めて新しい発見が導かれます。ALMAの観測結果は私達に宇宙の全く新しい理解をもたらすでしょう。そしていつか、ALMAの成果もさらに最新の観測結果に塗り替えられることでしょう。これから始まる ALMAの科学運用で、自分の成果が将来の下敷きの一枚にされるよう、頑張っていきたいものです。距離を超え、時間を超えた力を集結し、unprecedentedな観測を始めましょう!

ボード会議が開かれたとき、参加国の国旗が掲揚されました。見慣れない国旗が混ざっていることに気づいた方は鋭いです。昨年12月にブラジルが “欧州” 南天天文台(ESO)に加入しました! 本当です。

最後に一言。2011年3月の東日本大震災に際して、たくさんの人達からお見舞いの言葉を頂戴しました。ちょうど1年前に被災したチリ人はもちろん、他の国から来た人達にとっても他人事ではないのでしょう。ありがたいことです。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。