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18. 生命の起原に迫る ALMA

(国立天文台ニュース 2011年12月号掲載)

我々は宇宙で孤独なのか?

「宇宙の起源」「物質は何からできているのか」などの根源的問いには研究者のみならず一般の人々も関心を持つ。「生命はどうやって発生したのか?生命の起原」も根源的問いの一つと言える。「我々は宇宙で孤独な存在なのか、あるいは、他の惑星に仲間がいるのか?」。

かつて生命は自然に湧き出たと考えられていた。しかし、パスツールが生命の自然発生を否定して以来、生命の起原解明が大きな関心事となった。なかなか起原が明らかにならない中で(旧)ソ連の生化学者オパーリンは、原始海洋中の有機物質コロイドから生成されるコアセルベートが最初の生命に結びついたとの説を発表した。一方1950年代にユーレイとミラーが無機物から放電によってアミノ酸を含む有機物を生成することに成功して以降、宇宙と生命との関連が議論され始めた。1960年代に星間分子が発見され、1970年代の終わり頃から天文学者は宇宙のアミノ酸の探査を何度となく試みたものの、未だに成功していない。

アストロバイオロジー
これまでの赤外線天文学や電波天文学の観測的・理論的研究から、大型有機分子は、星形成領域中の非常にコンパクトな領域に存在し、星間塵表面反応によって形成され、中心にある原始星からの放射によって蒸発した大型有機分子が観測されていると考えられている。同様に前生命関連物質(アミノ酸、核酸を構成する塩基や糖やその前駆体を含む大型有機分子 図1参照)も存在する可能性がある。氷を主とする小天体である彗星核が形成される中心星から遠方ではほとんど蒸発が起きず、前生命関連物質は形成時の履歴をそのまま保持した形で彗星などに取り込まれていると考えられている。事実、StardustプロジェクトによりWild2彗星から採取された粒子中に最も簡単なアミノ酸であるグリシンが検出されたと報告されている(Elsila et al. 2009)ことは、原始惑星系形成雲に前生命関連物質が既に含まれていた可能性を示唆する。このため、星間ガス中で形成された前生命関連物質が原始地球(惑星)形成時に取り込まれる、あるいは、惑星形成後にも彗星,隕石,惑星間塵などとして原始地球(惑星)に到達し、それらを種として地球(惑星)上で生物が生まれた可能性がある。

生命は多種多様な物質から構成され、細胞内では様々な生化学反応が起きている。その進化は、おそらく過去の地球環境と大きく関連し、化石に古生物の記録が残されている。このように生命に関しては非常に広い科学分野の密接な連携が必要となる。こういった関連研究分野間の緊密な研究協力の進展を踏まえ、宇宙における生命の起源・進化・分布・未来の研究を目的とするアストロバイオロジーという新しい学問分野が1990年代末にNASAによって提案された。欧米では、2000年前後にアストロバイオロジーに対応する組織が作られ、極めて活発な研究活動がなされ、国際天文学連合(IAU)には Commission51 (Bioastronomy) が設置されている。日本でも、2009年1月にアストロバイオロジーネットワーク ( http://www.ls.toyaku.ac.jp/astrobiology-japan/ )が設立され、本格的に天文学・化学・地球物理学・生物学などをつなぐ新たな連携が始まった。初期科学運用が始まったALMA望遠鏡の主要科学テーマの一つが前生命関連物質の発見とされていることは、このような研究の発展を背景にしている。

ALMAで前生命関連物質を探す
では、ALMAで前生命関連物質が見いだされる可能性はどの程度あるのだろうか?

星間塵周囲の氷内に含まれる前生命関連物質は中心星からの放射によって水が蒸発(昇華)すると共に星間空間に飛び出すと考えられる。水の昇華温度は90Kより高いため、前生命関連物質の励起温度も100K近くになるであろう。太陽系始原物質を保持していると期待される彗星が出現しSnowLineの内側に入った時期にも同様の昇華が起きると思われる。この場合、図2に示すように、最も強いスペクトル線が200-300GHzに分布することが分かる。図3に示すALMAの感度曲線から、バンド5/6で10時間積分した場合、数mKの感度が得られることが分かる。従ってALMAでは、グリシンの柱密度が1011cm-2あれば、つまり、現存の電波望遠鏡で得られている上限値に比べて1000倍少ない場合でも、検出できることが分かる。

ALMAにより、様々な惑星系形成領域で前生命関連物質が見いだされれば、次のステップとして、どれだけ複雑な状態まで前生命関連物質を含む有機分子が宇宙で進化しうるのか、その分布や進化と中心星のタイプやそこからの距離との関連、等についての理解を深めることが考えられ、宇宙における生命存在の普遍性に繋がる知見を得られるものと期待できる。

図1 観測対象となる前生命関連物質の例。左上がグリシン、右上がアラニン、下がピリミジン。

図2 グリシンの強度分布の例。励起温度 100 K、柱密度 1014cm-2 の場合の計算。

図3 ALMA の感度計算例(ALMA 推進室・西合氏提供)。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。