ALMAアンテナは太陽へ向けても燃えません。

20. ALMAによる偏光観測

(国立天文台ニュース 2012年9月号掲載)

リチャード・ヒルズ氏とのAOSでのひとこま

ALMA第3の目
いわずもがなALMAは電波望遠鏡です。つまり宇宙からやってくる電波を検出する望遠鏡です。もっと正確に言うと電波の「強さ」と「色」を識別することができます。これに加え、 ALMAは「偏光(または偏波)」という電波の偏りを検出する機能を持っていて、「強さ」、「色」、「偏光」の3つの目があるのです。すでにALMAは初期科学運用をスタートさせていますが、実は第3の目である偏光観測はまだ公開にいたっていません。偏光観測を軌道に乗せるのが私の任務です。

天体から放射される電波の偏光の向きは、天体の磁場構造と関係しています。つまり、偏光観測によって、天体の磁場構造を探ることができるのです。宇宙の天体現象のほとんどは磁場なしでは語れません。星ができる現場、恒星の活動現象、銀河の形成、超新星やジェットといった爆発・噴出現象などなど、全ての天体現象には磁場が重要な役割を果たしています。したがって、偏光観測は大変重要な観測機能です。ALMAはサブミリ波帯で本格的な偏光観測を可能とする初めての望遠鏡なので、世界中から大きな期待が寄せられています。

科学評価活動の現場
第11回、第12回で科学評価活動について紹介しましたが、偏光観測の科学評価活動はやや特殊です。年に数回、偏光データを集中的に取得する特別なキャンペーンを実施します。私とアメリカのチームが中心となって作る「偏光観測チーム」がキャンペーンに参加し、現地のスタッフと協力して評価活動を行います。2012年秋からは中西康一郎助教が現地の偏光観測担当者になりました。キャンペーン期間中はOSFに滞在して、偏光観測データの較正方法・観測計画の立案、データ解析の全てを3,4人のメンバーで行います。

科学評価活動の現場は大変刺激的です。プロジェクトサイエンティストのリチャード・ヒルズ氏は現場のマネージャーとして的確な指示を出すだけでなく、自らが様々なアイデアを考案してきます。年齢を感じさせないバイタリティに、こちらも学ぶことが多いです。OSFでの業務は過酷で、かなり疲弊しますが、リチャードを見ていると弱音を吐いていられません。リチャード自らがAOSに行き、楽しそうに新しい装置を取り付けてくることがあります。OSFに戻ってくると、「さあ、予想した結果が見られるか観測してみよう」などといって、またまた楽しそうにモニター画面を眺めます。アメリカメンバーの中には、御歳70をこえる(推定)エド・フォマロンも参加しています。VLA、VLBAを建設当初から支え、日本の野辺山やVSOP計画にも協力した電波天文の生き字引のような存在です。観測データを自らが解析し、問題点を的確に見抜きます。教科書に名前が載るような重鎮たちと一緒に仕事ができるのは、ALMAの醍醐味の一つと言えます。

チリでの娯楽
現場での作業は刺激的と書きましたが、楽しいことばかりではありません。言葉の壁、文化の違いなど、世界中の人たちと入り乱れて仕事をしていると気疲れもします。OSFにいる間は娯楽がほとんどないので、ストレスもたまります。OSFでのシフトを終えてサンチャゴに戻ると、まずは美味しいワインにありつきたくなります(ちなみにOSF滞在中は飲酒禁止です)。ちょっと脱線しますが、私は三鷹に本拠地があり、チリは出張ベースでの滞在です。現地赴任している方々に比べたら楽なほうかもしれません。そんな私でもOSFのシフトを終えると精魂付き果てます。赴任している方々はこれが頻繁にあるかと思うと頭が下がります。話を戻すと、チリは言わずと知れた「安うまワイン」(安くて美味いワイン)の産地です。500円も出せば、なかなかのワインが飲めます。OSFシフト後の休日はワインでストレス発散です。カルメネーレというブドウはほぼチリでしか作られていない品種で、チリに行った時に飲む赤ワイン定番です。白ワインもなかなか。南米でよく食べられているセビーチェという魚介のマリネをつまみながらチリのソービニョン・ブランを飲むのもグッドです。

サンチャゴのレストランでの食事の写真。手前はマチャ貝という日本では見ない貝、奥がセビーチェです。 チリの白ワインとの相性抜群です。

世界で初めての……
ワインの話はこれくらいにして……。天体からやってくる電波が偏光している割合は一般的に非常に小さく、わずかな偏光を検出するためには高い精度で観測データを較正しなければなりません。較正手法にはまだまだ研究要素が多く、評価活動で検証しなければいけない項目は多くあります。さらにALMAが要求する精度は極めて高く、それをどのようにして達成するかは頭を悩ませます。しかし、徐々にではありますが、天体の偏光イメージを描き出すことができるようになってきています。ALMAが観測する波長帯での偏光データは、これまでほとんど観測例がないため、まさに世界で初めてのデータなのです。自らの解析によってALMAの偏光イメージを手にしたときには感動しました。この感動をユーザーのみなさんにも体感していただけるよう、引き続き評価活動を頑張って行きます。ALMAの偏光観測に乞ご期待!

ACA を使った偏光観測で、クエーサーの偏光イメージを取得したときの様子。徹夜の作業でヘトヘトでしたが、世界初のイメージに疲れが吹き飛びます。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。