チリに足を踏み入れて20年目。Chief Scientistて何をやる人? と問われつつ、白髪の多くなった自分にアルマを重ね見る。

24. 魂の彷徨-野辺山からアルマへ

(国立天文台ニュース 2013年2月号掲載)

2012年6月より、Chief Scientistという肩書きでJAOの国際職員としてチリに赴任した。まったく新しい職である。アルマのフル運用の時期には、Observatory Scientist を置こうという計画だそうだが、建設から運用への移行期にあって、アルマが科学的な性能を最大限発揮できるよう務めるのが中継ぎChief Scientist の役割である。これがあんたの仕事と具体的に決められた明確なものはそんなに多くはなかったので、これまで手探りで仕事をして来た。ただ、CSV(★01) Project Scientist として9月にJAO国際職員になったStuartt Coder とともに行っている建設最終段階のCSV 活動は、大事な仕事の一つである。

日本には、前職(野辺山宇宙電波観測所長)からの継続の仕事や、大学院生との研究のために時々帰っている。その時には、「日焼けしましたね。山頂の仕事は大変ですか?」と言われたりする。アルマのScientistは基本的に山頂で望遠鏡を触る仕事は与えられていない。サイトではOSF(★02)と呼ばれる施設の観測制御室でコンピュータの前に座っているのが主な仕事で(装置を直接触れないのは、かなり不満)、AOSやOSFで黒く日焼けするほど外で仕事をする機会はない。日焼けの原因は、サンチャゴでJAOオフィスまで毎日片道40分歩いての通勤である。ただ、冬の時期は日の出の時間が遅く、朝アパートを出る時にはまだ薄暗い。春・夏は、朝8時には陽がギラギラ、帰る時間の夜7時、8時でも同様である。今はなるべく日陰ものになって、木の下やビルの影を歩いている。

さて、最近の仕事の一つは、評価委員会とかBoard 会議などで、初期科学観測の成果や、今後の機能追加でアルマがどんどん性能アップしてゆくことを宣伝することである。前出のStuarttやDSO(科学運用部)ヘッドのLars Nyman は、職責上CSVの進捗状況や初期運用(Cycle-0)などの進捗報告において、報告内容の性格から、委員等との厳しいやり取りを強いられる。そのような理由から、「成果を目一杯宣伝し、将来の夢を語って、俺らの発表までに委員、会議の雰囲気を和ませておいてくれ」と彼等から頼まれ、「がってんだ」となる(私も、厳しい議論にさらされることしばしば)。

それらの会議等で私の報告の最後に見せるスライドは、チリの南部の有名な観光地Puerto Varas の風光明媚な写真にアルマの今後を示したものである(上画像)。まだまだ多くのハードル(山登りの難所)が残っているが、山登りで言えばまだ1合目の地点にいる初期運用のcycle-0 でもこれだけの成果が出ているのだから、頂上に到着すれば眼下にすばらしい宇宙の眺めを楽しむ事ができることは想像に難くないでしょう、ということを表したかった。Puerto Varasは、昨年の12月に“The first year of ALMA Science”と題したALMAの最初の国際会議が行われた場所である(その国際会議の最終日にも、このスライドを使って報告をした)。

今後の機能追加の計画は、そのスライドにある通りである。ACAの利用が今年開始されるCycle-1で始まる。偏波の観測は、限定的ではあるがCycle-2を目指して試験等が進められている。日本が開発製作を担当するBand-4、8もCycle-2で限定的に提供する計画である。Band-4では、最近ACAを用いて初めての干渉計イメージが得られたところである。長基線(と言っても2-3 km基線)は、Cycle-2で限定的に提供する計画。最大基線(16-17 km)を実現し、0.01秒分解能を達成することは、アルマの最終目標の一つ。このために、Stuarttを中心にアンテナの高速スイッチングや、Band-3を用いた位相校正を実現できるように制御ソフトの改訂や試験を進めている。また、私も日本や台湾からの強力な応援団の協力も得て、長基線での位相補償の方法の検討・実験等に力を入れ始めたところである。また最近の進捗としては、Band-8で干渉縞が得られたこと、日本が作成するALMA最高周波数のBand-10でfirst lightが得られたことである。驚く事に、このBand-10でのfirstlight はAOS(★03) ではなくOSFで非常に強いHCNメーザを観測することで実現した。Band-4、8の後の仕事は、科学運用にBand-10を提供をすることである。現時点でBand-9観測でも多くの困難があり、これはハードルが極めて高い(Band-9、10と、最大基線の組み合わせが超難関課題)。

Future Development(将来開発計画)にも少し触れよう。Band-5の量産、Band-1受信機の追加計画、ALMA Phasing(mm/submmVLBI)計画が進められている。これらが実現すれば、ALMAの機能もさらに向上することになる。特に、Band-1は当初計画していた受信機整備計画の中で、これまでほぼ唯一抜けていた受信バンドである(Band-2のみ整備計画がない)。スニヤエフ・ゼルドビッチ効果や、ゼーマン効果を用いた磁場強度の観測に大きな効果があるであろう。もちろん、現在進行形のCSVや科学観測をきちんと実行しながらそれらも進めなくてはならず、JAO内部は非常にあわただしい(この1月末には、ShepDoelman 率いるALMA Phasing project のグループとの会合を持った)。Cycle-1で提供する機能の実証は十分か、次のCycle-2観測提案公募新機能の実証試験をどのように進めるかなど、重要な課題が沢山。山登りとおなじように、着実な一歩、着実な前進が大事だと考えている。無謀な登頂は滑落のもとだろう。


★01 CSV(Commissioning and Science Verification)
標高5000 m に運ばれたアンテナや受信機、相関器が、全体として求められている性能や機能をきちんと発揮できるかどうかを試験する作業。日本からも複数の研究者がこのCSVに参加している。
★02 OSF(Operations Support Facility)
標高2900 m に作られたアルマ望遠鏡の「山麓施設」。標高5000 m にある望遠鏡の遠隔操作、アンテナの組み立てやメンテナンス、アンテナへの受信機セットの搭載などの作業が行われる。宿舎や食堂を備えた最前線基地である。
★03 AOS(Array Operations Site)
標高5000 m のアルマ望遠鏡「山頂施設」。アンテナ群や相関器が設置される。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。