「その道のベテラン達が、その道で怪我をする」ことのないよう、仕組み作りに努力しています。

25. ALMAの安全管理

(国立天文台ニュース 2013年3月号掲載)

図1. External Safety Review( 外部審査委員を交えてのSafety Manager(S.M.) 達 2012 年10 月)。左からIvan(JAO S.M.), Christian(ESO Garching S.M.), Joseph( 外部委員), Michael(NRAO PAManager), 筆者、Christian(ESO Paranal S.M.), Oscar(外部委員), Sergio(外部委員)

従来この欄では研究者、開発者達がALMAを紹介してきましたが、今回は彼らを脇から支えるALMAの安全管理についてご紹介します。

この業務範囲は大変広く目がくらむようで、理屈を付けると"安全"はほとんど何でも関係してしまいます。安全が全てではありませんが、安全がなければ全てが始まらないのも事実で、職務としては大変重いものがあります。これをおおざっぱに分類すると①安全設計評価、②安全作業の仕組み作り、③健康衛生管理、④環境保護です。①は"装置安全"と言われ、大きな事故につながりうる装置の設計管理であり、一般工業分野のそれよりも深く組織的に管理するものです。②~④は"産業安全"と言われる分野です。その内④は大自然の環境に設置される天文台特有のものでしょう。在任中にこれらの規定文書を起草しALMA-J に残すことを考えています。また安全管理業務はサイト常駐のJoaquin Collaoさん(NAOJ Safety Officer)が前線で支えてくれ、水野範和准教授ほか多くの方の支援を得ながら進めています。

ALMAの安全管理要求レベルは高い
望遠鏡は超大型にしてその主鏡(パラボラ)は方位角/仰角の回転軸を中心とした高速、精細な回転を行います。この主鏡が作業中の予期しない時に動き始めたら、どのようにして止めるか、或いはそうならないためにどのような安全装置を設けるか、設計段階から検討しておくのは重要なことです。しかも望遠鏡が設置される標高5000 mの環境は低酸素症による頭痛、息切れや食欲減退などで作業能率が落ちるので、瞬時の機転が利かないかも知れません。危険が一杯なのは想像に難くないでしょう。従って、この装置に対するALMAの安全管理要求レベルは一般工業製品よりも高く設定されています。例えば、主鏡が回転リミットを超えた場合にブレーキが機能しますが、超えた場合の対策は三段構えになっています。一方、機能が常時作動しなくてはならない電源系には、それが遮断された時にUPS(無停電電源装置)へ切り替える冗長設計が求められます。これらの"故障許容設計"が適切に行われているかを解析する手法として"Hazard Analysis"を用います。潜在的な危険を識別するところから始め、危険度に応じた安全対策が設計に反映されているかを検証するものです。後追いの"ヒヤリハット"と異なり、これは事前に対策するところに良さがあります。そして組織的に"安全審査"を繰り返し、装置の安全性を高めていきます。これは私がALMAの仕事に携わる前に経験した、国際宇宙ステーション日本実験モジュール搭載装置等の有人宇宙開発プロジェクトの管理ポリシー、手法に似ています。解析や設計の再検討を要求する安全管理者は、研究者、開発者から「この忙しいのに!」と煙たがられることもありますが、両者で議論を繰り返すことによって、高い安全性を持った装置が生まれます。

図2.(左)Cazuela de Vacuno:骨付き牛肉をジャガイモ、人参等の野菜と一緒に煮込んだ具沢山のスープ。ランチ定食の定番で美味しい(サンティアゴの大衆食堂で阪本さん一押しのメニュー)。(右)山頂施設の非常食: 降雪で山頂に閉じこめられた場合の非常食です。

サイトの作業前にまず安全トレーニング
サイトはアタカマ砂漠の茶色の世界に忽然と現れた小工業団地を思わせますが、強い紫外線と乾燥、そして低酸素の自然環境で働くスタッフは三鷹で働くのとは全く異なり、常に危険と隣り合わせです。安全に仕事が遂行できるよう、サイトへ出張するスタッフの為に高地健康診断で産業医のお墨付きをもらうことに始まり、長期滞在者の予防接種実施、安全作業マニュアルや手順書の起草、緊急連絡体制の構築、危険作業実行前の"Job Hazard Analysis"による事前対応、安全トレーニング実施等々…安全意識の定着化に努めています。

サイトへ赴くスタッフには三鷹で安全トレーニングを2時間ほど行います。急性高山病の防止方法、山頂滞在ルール、アルコール厳禁、車輌運転ルールと事故に遭わない方策、紫外線対策、野生動植物の保護などなど、気をつけてもらうことは沢山ありますので繰り返し説明しています。チリの山麓施設に到着すると、今度は合同ALMA観測所Safety Officeが主催する安全トレーニングが待ち構えています。安全ルールや安全対応を紹介したビデオを見た後、理解度を測るペーパーテストが実施されます。20 問のテストですが重要なポイントが出題されます。「今までが大丈夫だった」から「これからも大丈夫」と言うことはあり得ず、事故はいつ起こるか分かりませんので、一年後にはまたこのトレーニングを受けるルールにしてあります。"安全"にはALMAのパートナーである国立天文台と欧州南天天文台、米国立電波天文台、そして合同ALMA観測所の多くの管理者が携わっています。私もALMA安全プログラム目標である「全スタッフ災害ゼロ」を目指して、今後も仕組み作りに貢献して参ります。

図3. Emergency Control Center(ECC):地震などの災害時に事務所の機能が停止したら、この中で外部と通信したり、内部への指示を出します。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。