え、中間管理職ですか?

28. ALMAのデータ品質保証

(国立天文台ニュース 2014年5月号掲載)

天文学者にとってデータ解析は、切っても切れない関係にあります。学生が研究生活を初めて最初に感じるハードルは大体、データ解析と関係しています。「データ解析ソフトのインストールができません」「意味のわからない英語のエラーが出ます」「意味はわかるけど、どうしたらいいかわかりません」などは誰もが経験した事があると思います。博士号をとって何年たっても、やはりデータ解析は研究者の時間を多く奪います。エライ先生になれば、慣れない望遠鏡のデータ解析は大変なハードルです(なんででしょうね?)。

観測天文学のデータ解析は二つに分かれます。一つ目はデータの較正作業で、それぞれの望遠鏡から出て来た電磁波の強度が物理的に意味のある単位になるようにします。二つ目は較正を終えたデータから科学的な成果を出す作業で、研究者の腕が問われます。一つ目の較正作業は流れ作業であるべきなのですが、望遠鏡システムや解析ソフトウェアに関する知識が必須であるために最もつまずき易いステップでもあります。研究者としては早く二つ目のステップに入りたい、サイエンスがしたい、でもなんだか較正がうまくいかない。そもそも観測時の天気が微妙でデータの質が予定より悪い!あーぁ…なんだかやる気が失せるなぁ…。

そんな研究者の悩みを一挙に解決しようというのが、アルマのQuality Assurance、通称QAの試みです。日本語で言えば「品質保証」です。QAはいくつかの段階に分かれており、それぞれの段階でPASSあるいはFAIL という判断が下されます。観測データは全てのQA段階でPASSになって初めて、ユーザーである研究者に引き渡されます。アルマでは、観測プロジェクトに必要な気象条件が満たされた場合のみ観測が実行されます。観測が終わったらすぐにその場で観測が正しく実行されたか、解析が可能なのかを確認します。これがQA0です。次はQA1ですが、これはアンテナの長期的な挙動を追う目的で、データ解析作業はいまの所ありません。ここまで来たデータは、いよいよQA2に入ります。これが、データの較正作業です。アルマでは、この面倒な作業を観測所スタッフが肩代わりしてくれるのです。

QA2はチリのアルマ観測所内、あるいはアルマの各地域センターで行われます。国内、台湾および東アジア地域の研究者の観測プロジェクトは、基本的に東アジアアルマ地域センター(EA-ARC)のスタッフが行います。ALMAの公式解析ソフトであるCASAを駆使し、共通のガイドラインに従ってデータを較正します。最終的に観測提案をした研究者が指定したスペックを満たしたらPASSとなり、データは引き渡されます。残念ながらデータが足りずFAILとなった場合は、チリ現地に差し戻して追加で観測を行う事になります。そうしてユーザーに引き渡されたデータはすでに、研究者が腕を奮ってサイエンスをするだけの状態になっています。QAはユーザーのためだけでなく、観測所として公開するデータの質を担保する意味合いもあります。このようなデータ品質保証の試みは、私の知る限り天文学では初めてです。

私の仕事は、このQAのプロセスに対して東アジア地域で責任を持つ、Data Reduction Manager(DRM)です。合わせて約20名のQA2担当者への担当プロジェクトの振り分け、それぞれのデータ解析状況の確認、エラーや質問への対応、PASSやFAIL の判断、悩み相談や愚痴聞きが主な仕事です。あとは他のARCやチリ現地との情報共有も重要な仕事です。アルマはまだ新しい観測所でシステムもこなれておらず、CASAもバグや改善点が逐次見つかります。どんどん見つかる問題点を話し合って解決や改善の方法を見つけ、「精確な較正」と「ユーザーへの素早いデータ提供」の折り合いをつけるのは、なかなか責任を感じる事の多い仕事です。しかし、チリに2年半赴任していた時に直接システムに触れながら観測をした経験や、現地スタッフを個人的に知っている強みは大きいと感じます。

ARCでのQAには、課題もたくさんあります。QA2担当のスタッフは北米やヨーロッパのARCに比べて少ないため、負担が大きくなりがちです。また、EAARCのスタッフは総じて真面目で、素早さよりも精確さに重点を置く事が多いです。世界的な競争の中では精確さに加えてスピードが大切ですし、ユーザーからやんわりと「早くデータをよこせ」と言われる事もあって、悩ましい部分です。QA2の効率を上げるのも重要ですが、実は多くのEAARCスタッフはQA2が好きであるという事情もあり、QA2をやりすぎないように、他の業務や自身の研究もできるように気をつけるのは結構大変であると気づきました。和気あいあいとしつつ、たまには釘を刺す、そんなDRMになりたいと思っています。

ARCはとても国際的な職場です。東アジアのQA2を担当するスタッフだけでも、出身国がチリ、メキシコ、アメリカ、日本、台湾、韓国、中国、インド、オーストラリア、ナイジェリアと世界中から研究者が集まっています。三鷹でありながら会話は全て英語ですし、海外と早朝・深夜に電話会議をする事は日常的です。まさに国際的な観測所に附属した機関としてARCがあるのだ、と感じます。研究環境としても非常に刺激的で、スタッフの研究分野も多岐にわたり、またそのツテで海外からのビジターが多い事も特筆できると思います。データ解析の質問や研究の相談、あるいはただの雑談でも、ぜひ皆さんに三鷹アルマ棟に遊びに来てもらいたいと思います。お茶くらい出しますよ。

東アジアアルマ地域センターのうち、NAOJ のデータ解析の猛者?たち。ARC は出張が多いので集合写真は難しいのです。上段から下段、左から右の順に:永井洋、James Chibueze、新永浩子、三浦理絵、Cinthya Herrera、河村晶子、西合一矢、Yiping Ao、秋山永治、筆者、Erik Muller、廿日出文洋、大西響子。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。