03. アンテナ評価活動とチリ山麓施設の生活

(国立天文台ニュース 2010年8月号掲載)

アンテナ評価とは?
前回記事「ファイル 02. カルチャーショックのアンテナ開発 」で紹介したアンテナは、初めから標高5000mの山頂施設(チリ・アタカマ砂漠)で使われるのではありません。日本から船便で遠路はるばる運ばれたアンテナは、まず山麓施設(標高2900m)に設置され、性能を確かめるためのテスト(試験)が行われます。アンテナを実際に使ってみて、その振る舞いを注意深く調べ、性能が科学観測に必要な水準(性能要求)を満たしているかどうかを検証すること、これがアンテナ性能評価です。

性能評価では様々なテストを行いますが、最も重要な性能である鏡面精度(主鏡面の滑らかさ)と、指向精度(目標の天体に正しく向く能力)の測定に多くの時間を費やしています。主鏡面の滑らかさは、人工の電波源を使ったホログラフィーと呼ばれる手法を使って、数マイクロメートルの精度で測定することができます(ちなみに食品用ラップの厚みは十数マイクロメートル)。測定結果から分かった鏡面パネルのでこぼこをならす調整作業(図1)も行い、高い鏡面精度が確かに実現できることを証明するのです。アンテナが天体に正しく向いていることを確認するには、主鏡の内部に設置した小型の光学望遠鏡を使っています。あらかじめ方向が分かっている星にアンテナを向けて光学望遠鏡で撮影し、写った星の位置のずれを測ることで、アンテナが正しい方向に向いているかどうかをチェックできます。このようにアンテナを使って天体を観測するというよりも、アンテナそのものの振る舞いを観測することが性能評価なのです。

図1 高所作業車に乗って鏡面調整作業中の西合さん(ALMA推進室)。

ALMA のアンテナは、昼も夜も、暑くても寒くても、強い風が吹いても、性能が保たれる必要があります。これを実際にテストして証明しなければならないのですから大変です。山麓施設ではテストが日夜行われており、徹夜することもあります。加えて鏡面調整のような外仕事もあります。評価活動は肉体労働であると言えます。

徹夜のお供、夜食セット(これが半人前)。

山麓施設の生活
アンテナ評価に参加するALMA 推進室のメンバーは交代でチリに出張します。平均3−4週間の滞在中は、宿泊施設や食堂を完備した山麓施設にこもってテストを繰り返す日々が続きます。山頂施設よりは標高が低いとはいえ、山麓施設も立派な高地です(標高2900m)。多くの人は順応して平地とほぼ同様の日常生活を送ることができますが、疲れやすくなるなど身体への負担は少なからずあります。山麓施設が人里離れた閉鎖的な環境であることによる精神的な疲労も見逃せません。休日には自動車で約40分の最寄りの村 サンペドロ・デ・アタカマまで出かけてアルコール分を補給したり(山麓施設内では飲酒はご法度)、観光やサイクリングなどでリフレッシュしたりすることが欠かせません。

山麓施設生活の大敵のひとつが乾燥です。冬の平均湿度はわずか約10 パーセント(冬の東京都心は40−50 パーセント)。ケアを怠っていると手やかかとがあっという間に荒れて、酷いときにはあかぎれだらけになってしまいます。湿気(水蒸気量)が非常に少ないこと、これすなわちミリ波サブミリ波観測の適地であることの証明ですが、人間が生活するにはまことに厳しい環境であるというほかありません。

受入審査とアンテナ引渡し
2007年10月以来、多くの人々が関わってきた12mアンテナの評価活動は現在大詰めを迎えています。また新たに到着した7mアンテナのテストも始まっています。テストの結果、日本製アンテナは期待どおりの高い性能を発揮していることが明らかになりました。失敗やトラブルで大変な思いをすることもある評価活動ですが、アンテナの素晴らしい性能を目の当たりにできたときの喜びは格別です。また、テストを通してアンテナと密に関われることは、私たち自身にとってもアンテナをより深く理解する貴重な機会になっています。

組み上げられた7mアンテナ 1号機。

評価活動の最後の関門が受入審査会です。私たちが行ったテストの結果を元に、日本製アンテナが十分な性能を備えているかどうかを日米欧の関係者が審査します。性能以外にもアンテナの安全性や、使いこなすために必要なマニュアル類はそろっているかなど、多くの項目が厳しくチェックされます。めでたく審査に合格すると、アンテナはALMA観測所 に引き渡されて、私たちの手を離れます(新しいウィンドウで開く 2008年12月19日 日本の12mアンテナが第1号アンテナとして引き渡し)。引渡し後のアンテナは、ALMA観測所 のスタッフによるさらなるテストと調整の後に山頂施設へ移動し、ついに観測に使われることになります。詳しくは本連載でいずれ紹介する予定です。

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。