06. アルマ・バンド10受信機開発

(国立天文台ニュース 2010年12月号掲載)

傭兵部隊??
私は大学を卒業してから天文機器製造会社に就職し、2年後にNASDA(現JAXA)に4年間出向し、国際宇宙ステーション搭載サブミリ波リムサウンダー(JEM/SMILES)の初期SISミクサの開発に従事しました。再び会社に戻った後、しばらくしてからALMAバンド10受信機チームにかかわるようになりました。NASDAのミッションもALMAバンド10のミッションも配属直後は実験室に何もないような状態から始まり、設計資料をかき集めたり測定系の準備をしたりと、さながら戦場の様な状態でした。さらにバンド10チームは外国人比率も多いため、会話はつたない英語と日本語で乗り切ってきました。

すでに、本連載 ファイル 「04. 日本が開発した受信機で、初スペクトルを取得!」ファイル 「05. アルマ バンド4/8受信機の開発」 でバンド4/8の紹介がありましたが、バンド10はその数字が示すようにさらに高い周波数帯(787〜 950GHz)を狙います。この周波数帯ではバンド4/8で使用できた超伝導体「ニオブ(Nb)」が抵抗として働いてしまうため、そのままでは損失を嫌う低雑音受信機には使うことが出来ません。そこで、別の超伝導体「窒化ニオブチタン(NbTiN)」を情報通信研究機構未来ICTセンターの協力を得て開発を行ない、損失の少ない良好な超伝導特性を有する薄膜を製作することに成功しました。このNbTiN薄膜とSIS接合としては実績の高いNb・AlOx・Nbを回路に組み込み、測定評価をふまえて設計を変更していくという泥臭い試作を繰り返すことにより段階的に性能向上を目指していきました。その結果、世界最高性能のサブミリ波(テラヘルツ)受信機の実現を得ることができました(新しいウィンドウで開く プレスリリース:世界最高性能のサブミリ波(テラヘルツ)受信機の実現 参照)。またこの結果が評価され超伝導科学技術賞と言う栄誉ある賞を受賞することができました(新しいウィンドウで開く アルマ通信:バンド10受信機開発者が超伝導科学技術賞を受賞 参照)。
※バンド10受信機開発チームはその後、文部科学大臣表彰を受賞しました(新しいウィンドウで開く アルマ通信:バンド10受信機開発チームが文部科学大臣表彰を受賞 参照)。

バンド10受信機・受信機構成
バンド4/8カートリッジ受信機では導波管方直交偏波分離器(OMT)と導波管型2SBミクサを搭載し直交2偏波かつUSB/LSB同時観測が行えます。一方、バンド10ではSISミクサそのものがチャレンジングな開発要素であるためシンプルなDSB受信機構成を採用しました。また、バンド10の導波管サイズは0.304mm×0.152mmの極小サイズ。髪の毛の太さ2本分ではOMTのような複雑な導波管回路を製作するのは難易度が高すぎます。そのためバンド10では光学的にワイヤグリッドで偏波分離した後にそれぞれSISミクサで受信する方式を採用しました。このように光学的に分離する方式ではその機械加工精度が性能に直接影響を及ぼします。いくつも設計・試作・評価を行なって何とか開発の目処が立ってきました。

図1 Band10受信機のプロトタイプカートリッジ。

さて、このSISミクサと光学系が何とかなれば後のIF系は周波数帯が4 〜12GHzとこれまでより広帯域とはいえすでに開発が終わっている製品を利用することができ、バンド4/8のIF4系統(2偏波USB/LSB)に比べて半分の2系統(2偏波DSB)になります。スペースとしては比較的自由に使うことができるため、視認性・組み立ての容易性をできるだけ取り入れながら設計を行ってきました。

バンド10受信機・評価系
バンド10受信機はDSB受信機構成を採択したため、SISミクサ単体評価系はそのままカートリッジ受信機コンポーネントの要素試作につながります。評価系を構築している過程で見つかるコンポーネントの不都合・改良もどんどん受信機設計のほうにフィードバックしていきます。また、SISミクサ評価系はそのままカートリッジ評価系に移行できるように先行しているバンド4/8チームの協力を得ながら構築していきました。

バンド10受信機・これから
バンド10受信機はこれまで試作を繰り返し、現在は製品に近い形でのプロトタイプ機(図1)で数々の評価を行っております。またこのプロトタイプ機において初めて両偏波同時にアルマの非常に厳しいスペックを達成することができました(図2)。とは言え、まだ本作へのスタートライン一歩前といったところです。製品に近い形とは言え細かい不都合はいくらでも出てきますし、ここをこうしたら組み立てが容易になるだろうな、といった改良点も出来るだけ組み込むようにしています。何せ 70台近い受信機を製造するために出来るだけやれることはやっておこうと思っています。これからもよりいっそうのご協力のほどよろしくお願いいたします。

図2 プロトタイプカートリッジにて、遂に両偏波ALMA雑音スペックを達成!!


図3 小学校での特別授業も(じつはPTA 会長だったりするのです(笑))

※ 人物の所属や肩書き、組織の名称等は、執筆当時のものです。