特別インタビュー:アルマ、宇宙への視線

未来の誰かに繋げるための、宇宙の仕事の写真Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO). All rights reserved.

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未来の誰かに繋げるための、宇宙の仕事

累計2800万部を超える大ヒット漫画「宇宙兄弟」は、宇宙飛行士の兄弟ムッタとヒビトが月に挑む物語だ。クライマックスの一つが電波望遠鏡群「シャロン月面天文台」の建設。作者の小山宙哉氏らによる徹底的な取材に基づいたリアルなストーリーと描写は一般読者はもちろん、宇宙関係者や天文学者から「宇宙を身近にしてくれた」と絶大な支持を得ている。アルマ望遠鏡施設も漫画に登場。小山さんに作品や登場人物に込めた思い、天文学への期待を伺った。(取材・文:林公代、写真:飯島裕)

漫画「宇宙兄弟」で天文学を扱おうと思ったワケ

なぜ、宇宙飛行士を目指す「宇宙兄弟」の中で、天文学や電波望遠鏡を描こうと思ったのですか?

小山宙哉(以下、小山):主人公のムッタとヒビトの幼少期に、何か宇宙に近づくきっかけみたいなものがあったらいいなと。そこで天文学者のシャロンというキャラクターを考えて、少年時代の彼らが(シャロンの家の望遠鏡で)星を見る機会があれば夢があるなと思いました。シャロンに宇宙のことや英語も教わりながら、宇宙飛行士を目指すのがいいと考えたのが始まりです。

シャロンが発案した月面電波天文台を、ムッタが実現することを最初から考えていた?

小山:月面に望遠鏡を作ると大気がない分、クリアに見えると事前取材で伺っていて、2話目で「(月に)シャロン望遠鏡作るよ」と少年ムッタが言ってしまった。ムッタが大人になり宇宙飛行士になってから、それを実現していく過程をリアルに描いていくのを目指していましたね。

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アルマ広報・平松正顕(以下、平松):実際、NASAや各国の研究者も将来の月有人探査時代を見越して月面望遠鏡を考え始めています。NASAは2020年、月の裏側に電波望遠鏡を作るという構想(Lunar Crater Radio Telescope(LCRT)on the Far side of the Moon)を発表しました。月有人探査計画アルテミスと合わさって、そういうことを真面目に考える人は増えてくるんじゃないかと思います。でも、宇宙兄弟が始まったのは何年ごろでしたか?

小山:2008年です。

の頃は、NASAの有人月計画コンステレーション計画が走っていた時代でしたよね。それが2010年にキャンセルされて、その後新しくアルテミス計画が立ち上がった。SNSでも「時代が宇宙兄弟に追いついた」っていう反応がありますが、「宇宙兄弟」が時代を先取りし有人月探査はこうだろうと描いている現実について、小山さんはどう思われますか?

小山:僕自身が未来を予知したわけではなくて、平松さんのような天文学の専門家に話を聞いたり、JAXAの方に「こういう構想があるよ」と教えてもらったりNASAにも行ったりして、描いている感じですね。宇宙の計画はどんどん遅れていくものだから、遅れる分も計算にいれて「このぐらいでいいかな~」と考えたりはしましたね。

「宇宙のすべてが知りたい」。天文学者が言わないセリフをあえて使った理由

「宇宙兄弟」は、本音かな?と思わせる鋭いやりとりも面白いです。例えば11巻で先輩宇宙飛行士がムッタに「有人宇宙開発に反対する人、つまり敵は誰か」について聞く場面で「天文学者も敵だ」と。国の予算が有人に多く使われることに彼らは反対するというセリフが出てきます。あえてそういう意見を出した上で、天文学者側が自分たちの思いや意義を話している。どんな意図があったんでしょうか?

小山:39巻でシャロンが語ったことが僕の考えです。

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「宇宙のすべてを知りたい」というシャロンのセリフですか?

小山:そうですね。天文学者の方は「知りたい」「新しい発見をしたい」という気持ちがとにかく強いと思うんですね。僕自身もそういうのを欲していて、天文学の発見にはわくわくします。それと、宇宙をテーマに仕事をしたら、人生の一生をかけてもわずかなことしか得られないという儚さがある。とても儚いけれど、未来に繋げるために大事な仕事だと思っています。

一人でできることは儚い、だからこそ繋いでいく・・

小山:「未来の誰かが宇宙の全部を知る時が来るかもしれません」ってシャロンが言っているんですけど、未来の誰かのために繋げていくことがすごく大事だなと思っています。そういう想いをシャロンに託してみた。宇宙開発も天文学もたくさんの人とたくさんの時間が必要だろうなと思うので。

平松:アルマも構想段階から観測が始まるまで30年かかっていますので、そういう意味では最初に始めた人たちはアルマの観測がスタートした頃には引退しています。次世代に繋ぐっていうのは、まさにその通りだなと思います。

小山:それが儚くもあり、大事やなぁと思っています。

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平松:「宇宙のすべてを知りたい」というシャロンの言葉にはっとしました。天文学者は口に出してそうは言わない。壮大すぎるし、予算をとる時に「全部知りたい」って言ったら「そんなよくわからないのはダメだ」と言われるから、「これとこれとこれがわかります」という具体的な説明の仕方をするのに慣れてしまって。そういえば自分も宇宙の全部を知りたいと思っていたかもしれない、と気づかされました。

小山:あるでしょうね。だからこそ、シャロンが言っちゃうのが、なんか気持ちいいかなって。僕自身に「宇宙のすべてを知りたい」という気持ちがあるし、シャロンが子供の頃に望遠鏡で土星の環っかを見て天文学に目覚めたときから、そういう気持ちを抱いてもおかしくないと思ったんです。純粋な子供の頃に見た夢を、素直に話してるシーンにしたかったんですね。

アルマ望遠鏡との関わり

月面天文台ですが、なぜわかりやすい光学望遠鏡でなく電波望遠鏡にしたんですか?

小山:スタッフが天文学の関係者から電波望遠鏡の方がいいらしいと。そこで電波望遠鏡をどうやって作るかも取材してもらって絵にしていきました。

シャロン月面天文台のファーストライトの場面では南米チリの標高2900mのところにあるアルマのコントロールルームが出てきて、「あ、アルマだ!」と思いました。

平松:国立天文台のALMA棟のサーバ室も漫画に使ってもらいました。

アルマ望遠鏡山麓施設のコントロールルーム. Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

月面天文台のファーストライトの前に「ファーストフリンジ」という初めて聞く専門用語が出てきて驚きました。アンテナ2台の電波を受信して干渉縞(フリンジ)が出たら正しく機能している証拠になると。かなり専門的ですよね。

小山:専門家が言っていることの方がリアリティがあると思うんですよ。「ファーストフリンジ」は見た目も点の集まりで、普通の人が見てもなんのこっちゃわからない(笑)。読者は多分ポカーンとなる。

それをわかっていて、あえて描いたのは?

小山:極力わかりやすくしようというのはありますが、たとえすべてを理解してもらえなくても、「こんな感じなのね」っていう雰囲気だけでもいい。それを見て喜んでいる人たちを描いて「天文学者は嬉しいんだな」っていうことをちゃんと伝えたい。最初からそうだったわけではないんですけど。徐々にリアルな方向にシフトしていきました。

なぜですか?

小山:「宇宙兄弟」はぶっ飛んだSF作品というよりは、現実と地続きでギリギリ起こりそうな範囲を保ちたいと連載当初から考えていました。宇宙開発の話は何でもありのSFっぽいものが書けてしまう。でもそれより実際に使われている宇宙機の武骨な感じとか、機能だけでなくコストも考えて削ぎ落されたデザインとかを描いた方が、リアリティが出る。近未来の設定だけど、このくらいは実現しそうだと楽しみながら描いています。

その路線上に「ファーストフリンジ」がある?

小山:本当はCGで見るような宇宙の映像がバーンと出てきてくれたら、読者にも伝わりやすい。そういうのを期待していたんですが(笑)、現実は点々の集まりだった。それでワーッと天文学者が興奮する様子を描ききってみようと。チャレンジでもありました。

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2013年11月、アルマ望遠鏡のために日本で開発した受信機を使ったファーストフリンジが得られた時の記念写真。Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Sawada (NAOJ/ALMA)

リアリティを追求するあまり‥

アルマ望遠鏡に取材に行って、建設の過程や運用現場でものすごく苦労があって、克服するために尽力する人たちの姿に感銘を受けました。宇宙兄弟でも、月面天文台の建設過程で配線が切れてしまうとか、うまくいかないことがいっぱい描かれていますね。

小山:そうですね。現実的にそういうトラブルがあり得ると思います。漫画としてはバトルがあるわけでもなく、作業だけって絵的に地味です。でも、地味ながらも現実の自分たちの仕事とかに置き換えられるような、気持ちがわかる出来事にしていくために、ストーリーとして盛り上がりのために失敗する場面が必要になってきます。「簡単にうまくはいかないよな」っていうリアリティが増すと思います。そういう場面を描くのが好きっていうこともあります(笑)

失敗についても、どういうトラブルが起こりえるか取材なさっているんですか?

小山:JAXAの方に聞いてます。どういうトラブルが起こりえるか詳しく書いていくのが楽しいですね。ロシアで道路工事があって、宇宙との通信が切れたっていうのも実際にあったと聞いて、「これ、使えるな」と。実際にあったことほど強い武器はないので。

平松:道路工事で光ファイバーが切れるのはアルマでも何度か聞きます。

取材をもとにリアルに描くことを読者の皆さんは喜んでいるんですか?

小山:「宇宙兄弟」はリアルに描くところはリアルに描きますが、空想のところは空想で描いています。読者は「これ、本当か空想かどっちなんだろう」とみたいな感じだと思います。以前、月面に横穴が発見されたことを「宇宙兄弟」で描いたあとに、本当に発見されたことがあって、(テレビの)ニュースキャスターの方が「あれ、これ前にあったよな」みたいに言ったらしくて。どうやら「宇宙兄弟」で読んだ情報を自分の中で真実として取り入れていてニュースを読む時に「新発見」という言葉に「あれ?」ってなったという。

「宇宙兄弟」で読んだから事実として受け入れていたわけですね。それだけリアリティがあるってことですよね。

小山:紛らわしいことをしちゃってますね(笑)

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アルマ、天文学への期待

ところで、アルマ望遠鏡には3つの大きなテーマ「惑星の誕生と進化」、「銀河の誕生と進化」、「生命起源物質の探査」がありますが、興味があるテーマはありますか?

小山;銀河の秘密を知りたいですね。生命についてももちろん知りたいですが、銀河も凄い謎ですね。答えは出ているんですか?

平松:アルマ望遠鏡は宇宙が生まれてから10億年経たない時代の銀河をたくさんみつけています。理論的に考えられていたよりも早く成熟するというか大きくなる。凄いスピードで星を作って立派な銀河ができてくるらしいことがここ2~3年でわかりました。理論がひっくり返って新しい謎が生まれる。今は面白いフェーズにあると思います。

小山:いいですね。謎がまだまだありますよね。ダークマターとかもわからないんですよね。

どうして銀河に興味があるんですか?

小山:映画「メン・イン・ブラック」はご覧になりましたか?最後の方でカメラがどんどん引いていって地球の外に出て太陽系があって銀河がいくつも見えてきます。その銀河の集まりがボールの中に入って、ボールで遊んでいる宇宙人がいる。銀河の集まりよりももっと大きな何かがあるんじゃないかとか想像したりしますね。銀河がなぜ一つの塊になっているかが気になります。

もともと星や宇宙に興味があったんですか?

小山:そんなに詳しくないですし、望遠鏡を買ったりしたこともない。「宇宙兄弟」を描くようになってから、月を見て不思議な気持ちを感じるようになりました。

不思議な気持ちってどんな気持ちですか?

小山:空を見れば月が当たり前にある。月ぐらいじゃないですか、すごく近くにあって親近感のある星は。あそこに本当にあるんだよなと親近感がわいたりしています。

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改めて、宇宙の魅力ってなんでしょうか

小山:やっぱりまだまだ謎が多い。わかってないところだらけというところ。だからこそ興味がわく。星一つとっても色々な個性があることを知ると面白い。惑星は恒星の周りを丸い円軌道で公転するのが基本かと思っていたんですが、極端な楕円軌道でまわっている太陽系外惑星もあって、太陽系とは違う。ほかにも月みたいに恒星に対して同じ面を向けて公転して表と裏の温度差が大きい惑星があったり。天文学で新しい情報がわかると、すごい感動しますね。今まで常識と思っていたことが更新されていく感じがして。だから、新しい発見に期待しています。想像もできないことが発見されたりすると面白い。銀河のメカニズムがわかりましたとか、地球と同じような環境をもつ惑星が詳しくわかってきましたとか。

「宇宙兄弟」を描く過程でたくさんの専門家に取材なさったことをストーリーや絵にしてこられましたが、天文学への見方は変わりましたか?

小山:より難しさを感じるようになりました。すごいなぁと。世の中の数ある仕事、みんなすごいとは思っているんですけど、一般の人には理解できないような難しさがある。専門知識も技術も情報量も含めて、物凄く頭がよくないと理解できないだろうと思いました。

でも頭がいい人たちが作る世界を、小山さんは身近に感じさせてくれますよね。たとえばシャロン博士は「宇宙のすべてを知りたい」という全人類的な情熱をもちながら、亡くなった天文学者のご主人が発見し「シャロン」と名付けた小惑星を見たいという個人的な想いの二つをもっている。

小山;宇宙をテーマにするというと壮大だし、多くの人の力が必要になるので全人類的な目標を語っていかないといけない。でも端から見れば小さい夢も一人一人の人間は大事にしているというのが、僕の中の人を描くときのリアリティなので。 

―だから、天文学という壮大なテーマでも、物語に感情移入できるんでしょうね。

今、宇宙飛行士の募集が始まっていて、選ばれる人はムッタやヒビトみたいに月に立つ可能性がありますよね。そして彼らがいつか、月面に天文台を作るかもしれない。

小山:ものすごく楽しみですよね。見てみたいです。その瞬間を。

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小山宙哉(こやまちゅうや)

1978年生まれ、京都出身。2007年より漫画『宇宙兄弟』を『モーニング』(講談社)にて連載開始。『宇宙兄弟』は、2011年に第56回小学館漫画賞(一般向け部門)および第35回講談社漫画賞(一般部門)をダブル受賞。2022年1月現在(既刊40巻)で累計2800万部を超える大ヒット作となった。

宇宙兄弟ウェブサイト:https://koyamachuya.com/