宇宙初期に予想外の巨大炭素ガス雲を発見 -アルマ望遠鏡がとらえた宇宙最初の環境汚染-

東京大学宇宙線研究所の藤本征史氏 (現在はコペンハーゲン大学のドーン・フェロー)を中心とする国際研究チームは、アルマ望遠鏡を使った観測によって、宇宙誕生後およそ10億年の時代にある銀河の周囲に半径約3万光年におよぶ巨大な炭素ガス雲があることを世界で初めて発見しました。炭素は、宇宙が誕生した時には存在していませんでした。今回の観測によって、星の中で核融合反応によって作られた炭素が宇宙初期の銀河周辺にばらまかれて巨大な炭素ガス雲を形成したことが、初めて明らかになりました。これまでの理論モデルでは、宇宙初期の銀河のまわりにこのように巨大な炭素ガス雲の存在は予言されていませんでした。今回の発見は、従来の宇宙進化の考え方に一石を投じるものです。

ビックバン直後の宇宙には水素とわずかなヘリウムしか存在していませんでした。一方で現在の宇宙には、地球の大気や生命の材料にもなっている、炭素や酸素などの重元素 [1] が広く存在していることが知られています。宇宙で星が生まれると、星の内部で核融合反応がおこり、水素などから重元素が生み出されたと考えられています。しかし、このような重元素がいつどのように宇宙に広がっていったのか、まだ分かっていません。

こうした重元素のガスには、特定の波長の光を強く放つものが多く存在します。初期宇宙で放たれた光は、宇宙膨張によって波長が引き伸ばされ、電波となって地球に届きます。そこで天文学者たちは、電波の観測で高い感度を誇るアルマ望遠鏡を用いて、宇宙初期に生まれた銀河に対して、重元素ガスの観測をこれまで続けてきました。その結果、宇宙が誕生して数億年後の銀河内部に、すでに炭素や酸素といった重元素が存在していたことがつきとめられています [2] 。しかし従来の観測では、感度の限界のために、宇宙初期の銀河の外にどれほど重元素が広がっているのかを調べることはできませんでした。

そこで研究チームは、電波の波長帯で最も明るく見える炭素ガスに注目しました。国際研究チームをリードした藤本征史氏は次のように話します。「データアーカイブで公開されていたアルマ望遠鏡のデータをくまなく調べ、宇宙誕生後、約7~11億年ごろに存在する初期銀河の炭素ガスをとらえたデータを全て集めてきました。このデータをもとに、複数の銀河のデータを重ね合せる処理を行うことで、従来の約5倍に達する極めて高感度データを得ました。もしこれを一回の観測で達成しようとすれば、一般的な観測の20倍もの観測時間を投入する必要があり、実現は困難でした。」

世界最高感度のデータによって研究チームは、従来の観測では到底とらえることのできなかった微弱な炭素ガスのシグナルを検出することに成功しました。「初期銀河の周りの漆黒の空間に、半径約3万光年にわたってうっすらと広がった炭素ガス雲が見えてきました。ハッブル宇宙望遠鏡でとらえられた銀河内の星の分布と比べると、この炭素ガス雲は、星の分布よりも約5倍も広がっている、巨大な構造であることがわかってきました。」そう語るのは研究チームメンバーの大内正己教授(国立天文台/東京大学宇宙線研究所)です。

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アルマ望遠鏡で観測した18個の銀河の炭素ガスのデータを重ね合わせ(赤色で表示)、ハッブル宇宙望遠鏡による銀河の星の分布画像(青色で表示)と合成した画像。画像全体の視野は3.8秒角×3.8秒角 (128億光年かなたの宇宙における実スケールで7万光年×7万光年)に相当します。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, Fujimoto et al.

アルマ望遠鏡で観測した炭素ガスのデータ(赤色)と、ハッブル宇宙望遠鏡による銀河の星の分布(青色)を比較した映像をダウンロード
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, Fujimoto et al.

銀河を大きく取り囲む炭素ガスの想像図。

観測結果をもとに描いた、銀河を大きく取り囲む炭素ガスの想像図。中心部分に青白く見える星の分布に比べておよそ5倍の広さに炭素ガスが分布しています。
Credit: 国立天文台

巨大な炭素ガス雲は、どのようにして形成されるのでしょうか。研究チームメンバーのロブ・アイビソン氏(ドイツ・欧州南天天文台科学部門長)も熱を込めて語ります。「星が死を迎えると、星内部で形成された炭素が、超新星爆発によって周囲にばらまかれていきます。さらに爆発時のエネルギー、銀河の中心に位置する巨大ブラックホールがもたらす高速のガス流や強力な光によって、星の周囲にとどまらず、銀河の外、やがては宇宙全体に炭素が広がっていったのだと考えられます。私たちはこのような重元素の拡散、さながら宇宙最初の環境汚染 [3] の現場をとらえたのです。」

さらに研究チームはこのような巨大な炭素ガス雲について、国内外の最新の理論モデルを用いて検証しました。研究チームのメンバーであるアンドレア・フェラーラ教授 (イタリア・ピサ国立大学) は次のように語ります。「複数のモデルと比較しましたが、いずれも観測結果が示す巨大な炭素ガス雲のような十分な広がりは再現されませんでした。宇宙初期における巨大な炭素ガス雲の発見は、これまで理論モデルで欠けていた新しい物理機構を要請する結果となりました。」さらに研究チームの長峯健太郎教授(大阪大学)も続けて語ります。「宇宙初期にできた銀河では、我々が予想していたよりもはるかに多くのガスが、超新星爆発やブラックホールのエネルギーによって、宇宙空間に吹き飛ばされていたのかもしれません。」

研究チームは今後、アルマ望遠鏡を含む世界各国の望遠鏡を用いた詳細観測によって、宇宙初期において巨大な炭素ガス雲が形成される物理機構の解明を目指しています。

論文・研究チーム
この研究成果は、S. Fujimoto et al. “First Identification of 10 kpc [CII] 158μm Halo around Star-Forming Galaxies at z=5-7”として、2019年12月16日に発行される米国の天体物理学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載されます。

今回の研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
藤本征史(東京大学/国立天文台/早稲田大学、現在の所属はコペンハーゲン大学ドーン・フェロー)、大内正己(国立天文台科学研究部教授/東京大学宇宙線研究所教授)、Andrea Ferrara(ピサ国立大学)、Andrea Pallottini(ピサ国立大学)、Rob. J. Ivison(欧州南天天文台)、Christopher Behrens(ピサ国立大学)、Simona Gallerani(ピサ国立大学)、荒田翔平(大阪大学大学院理学研究科博士後期課程)、矢島秀伸(筑波大学計算科学研究センター准教授)、長峯健太郎(大阪大学大学院理学研究科教授/東京大学客員上級科学研究員, Kavli IPMU/ネバダ大学客員教授)

今回の研究は、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム、科学研究補助金 (番号15H02064, 16J02344, 17H01110, 17H01111, 17H01114) 、国立天文台ALMA共同科学研究事業(2017-06B)、日本天文学会早川幸男基金、東京大学大学院理学系研究科大学院学生国際派遣プログラムによるサポートを受けています。


1 天文学では、水素とヘリウムよりも重たい元素を、すべてまとめて重元素と呼びます。
2 例えば、2019年6月18日付アルマ望遠鏡プレスリリース「アルマ望遠鏡、観測史上最遠の合体銀河の証拠をとらえた」では、宇宙誕生後約7億年後の銀河に炭素や酸素が検出されました。
3 天文学では、重元素の拡散によってガス中の重元素比率が上昇することを、汚染と呼びます。

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