アルマ人 新しい宇宙の姿を求めて

アルマ望遠鏡建設の
「問題解決請負人」です。

長谷川 哲夫 HASEGAWA Tetsuo
インタビュー時は、国立天文台 ALMA 推進室教授。合同アルマ観測所(JAO)建設担当副プロジェクトマネジャーとしてアルマ望遠鏡の建設に邁進。
現職は、国立天文台教授。チリ観測所長。
アルマ・インタビューの2番目は長谷川哲夫さんです。野辺山宇宙電波観測所での研究を経て、早くからサブミリ波観測の将来性に着目してきた長谷川さん。今回は、アルマ望遠鏡建設の責任者として、そのマネジメントについて語っていただきます。

Q1 アルマ望遠鏡建設のマネジメントについて教えてください。

私は4年前から国際アルマ観測所(JAO)に所属して、主プロジェクトマネジャーとともにアルマ望遠鏡の建設に関わる元締めのような仕事をしています。望遠鏡本体、たとえば日米欧や台湾から送られてくるアンテナや受信機、相関器といった装置、それらを納める建物、電気設備、通信設備、道路......などなど、アルマ望遠鏡の建設に関する全体の進行を管理し、そこに生じるさまざまな問題を交通整理して解決の道筋をつける役割ですね。

プロジェクト・マネジメントでは、WBS(Work Breakdown Structure)というやり方があって、簡単にいうと、作業工程を大きなブロックから小さなブロックに順次細分化していって、ツリー状に可視化された作業一覧表を作り、それに基づいてプロジェクトの進行を管理・調整するという手法です。アルマの場合、細分化された作業工程が全部で1万くらいあるので、その全体を見ながら、個々のプロセスをバランスよくマネジメントしないといけません。

そして、もちろん、誰でも作れるものを作っているわけではないので、予想外のことが起きます。アルマ望遠鏡の部品は、今までにない高性能をめざして新規に開発されているものも多く、完成に遅れが出ることもしばしば。この遅れをどう解決するのか?また、あらかじめ決めた仕様やインターフェイス条件が、開発分担者の間で正しく共有されていなかったり、そもそも、事前にすべてを決めきれない場合もあるので、その気づかなかった部分でトラブルが生じたときにどう対処するのか?まあ、日々こういう問題解決に頭を悩ませているわけです。いわば「問題解決請負人」って感じかな。

しかも、アルマプロジェクトは日米欧が互角に組んだ国際共同プロジェクトなので、それぞれの文化的な背景に根ざした、さまざまな流儀や価値観が共存していますし、歴史的な望遠鏡の建設プロジェクトに参加しようと、それぞれ腕に覚えのあるメンバーが世界中から集まってきているわけですから、強い個性の持ち主も多い。そういうぶつかり合いが少なくない環境の中で、一人一人にできるだけ気持ちよく働いてもらって、その力を最大限に発揮してもらいつつ、ベクトルを揃えてアルマに結実させていく、という仕事は、こちらもすごく勉強になりますし、発見も多いですね。

Q2 文化的な価値観の差異を感じた具体例を教えてください。

たとえば、山麓施設(OSF)ですが、かなりヨーロッパ的な発想で作られています。日本主導だったら、こんな立派なものには仕上げない、というか、そもそも山頂施設(AOS)に必要な機能をコンパクトに集約して、OSFは作らなかったかもしれません(笑)。欧州勢はOSFをより充実させたいようですが、米国勢はその点は合理的で、資金のムダだから簡素でいいと(笑)。後背を厚くという感覚は、ローマ帝国の時代から連綿と続くカルチャーなのかもしれません。

それと、思い出深いのが、2010年2月のチリの大地震のときの対応です。たまたま輪番でOSFの現地当直マネジャーをやっていたときに地震が起こって、さあたいへん。アタカマは被害はなかったのですが、サンティアゴやその南は大被害。そちらに家族を残して出張してきているスタッフは気が気でないわけで、こちらも一刻も早く帰宅してもらって「家族や隣人の助けになってあげて」と、なんとかバスを手配して希望者をサンティアゴに向けて送り出したのですが、サンティアゴ本部にいる地震国でないヨーロッパ出身のトップマネジメントは「OSFを守れ」(苦笑)。「何いってんだ」って感じでしたね。1年後には東日本大震災も起こって、日本人としては、さらにその感を強くしただけに、これも印象的な出来事でした。

Q3 長谷川さん流の問題解決の秘訣があったら教えてください。

先ほどWBSの話をしましたが、現実は理想通りにうまく行きません。逆説的だけど、マネジメントの教科書通りにコトが運ぶなら、プロジェクト・マネジャーはいりません(笑)。予想外の事態なので模範解答はもちろんなくて、臨機応変にその場で最適な解決策を探ることになりますが、結局、最後は、人と人とが誠実に本音でぶつかりあって、そのレベルまでいって初めて生まれてくる相互了解と納得と信頼、いわば「人間力」みたいなものに拠って問題を解決していくしかないのかなと。浪花節に近いですね。まあ、これは日本人的なアプローチなのかもしれないけど...。

サンティアゴにあるJAO本部棟の長谷川さんのオフィスにて。

ただ、ギリギリの調整をしても、どちらかに泣いてもらわないといけない場合は、アルマの性能はできるだけ落としたくないのでサイエンスの側を優先してもらうことが多いですが、すると比較的合意は得られやすいです。これは、きっと建設に関わるみんなに「このアルマ望遠鏡は、必ずすばらしい科学的成果を挙げる、建設に携わる我々を決して裏切らないプロジェクトだ」という確信があるからなんです。少しでもアルマに貢献したいし、障害にはなりたくない、という心理が強く働いている。だから問題の解決がこじれた場合は、本音レベルでお互いの気持ちをぶつけ合ってもらったあと、このアルマへの共通の確信を出発点にして、それぞれの言い分を丹念に聞きながら、落としどころを探っていくと、うまくまとまることが多い。これは、私にとっても、アルマのマネジャーをやって得た大きな発見でしたし、きっとアルマ計画を支えている底力なんだと思います。そして、今後に続く大きな国際協力プロジェクトをマネジメントしていく上でも、重要な教訓を含んでいると思います。まあ、請負人としては、そうやって、みんなが少しずつ鎧を脱いで、力を発揮してくれるのが何より嬉しいですね。

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