研究の背景
宇宙に多数存在する銀河の中心には、高い確率で巨大なブラックホールが存在すると考えられています。これらのブラックホールは太陽の数百万倍から数百億倍もの質量をもつことから、「超巨大ブラックホール」と呼ばれます。これまでの研究から、超巨大ブラックホールの質量とそれを含む銀河(母銀河)の中心部(バルジ部)の質量や明るさとの間に相関があることがわかってきました。これは、母銀河の成長・進化に超巨大ブラックホールが大きく影響していることを示しています(銀河とブラックホールの共進化)。
超巨大ブラックホールと母銀河の関係を調べるには、超巨大ブラックホールの質量を求めることが欠かせません。その質量の求め方は、これまでいくつも提案されています。例えば超巨大ブラックホールのすぐ近くにある星や強い電波を発する「メーザー」と呼ばれる天体の動きを測定することで、超巨大ブラックホールが天体に及ぼす重力の大きさを計算し、ブラックホールの質量を求めることができます。しかしこの方法では超巨大ブラックホールのすぐ近くを高い解像度で観測する必要があるため、測定が難しく、多くの銀河に適用できる方法ではありません(注1,2)。また、母銀河のバルジ部に分布する電離ガスの運動から推定する方法もあります。しかし電離ガスは、超巨大ブラックホールの重力だけでなく、銀河中心へのガスの流入や流出など、さまざまな影響を受けており、精度の高い測定を多くの銀河に対して行うことが困難でした。現在もっとも一般的な質量測定法は、母銀河を構成する星の運動から推定するというものです。しかし、この手法は楕円銀河のみに適用できるもので、渦巻銀河など多様な銀河の種族にわたって超巨大ブラックホール質量を測定する事はこれまで困難とされてきました。
これらの方法に代わって、欧州南天天文台のデービス氏らは銀河中心部の分子ガスの動きからブラックホールの質量を求める方法を考案しました。分子ガスは星や電離ガスに比べて周囲の影響を受けにくく、超巨大ブラックホールの重力に従った動きを測定しやすいのです。デービス氏らはNGC 4526という銀河を電波望遠鏡CARMAで数十時間観測し、その中心にある超巨大ブラックホールの質量を求めました。
アルマ望遠鏡による研究
国立天文台で研究を行う総合研究大学院大学博士課程の大西響子氏らのチームは、アルマ望遠鏡による銀河NGC 1097(注3) の観測データを用いて、その中心にある超巨大ブラックホールの質量導出に挑みました。感度が高く、ガスの速度を精密に測ることができるアルマ望遠鏡は、この研究に非常に適しています。
「デービス氏らが観測したNGC 4526はレンズ状銀河という種類の銀河であるのに対し、NGC 1097は棒渦巻銀河です。超巨大ブラックホールの質量とそれを取り巻く銀河の性質との関係は、銀河のタイプによって異なることがわかってきており、さまざまなタイプの銀河で超巨大ブラックホールの質量を精度良く求めることは大変重要です」と、大西氏は語っています。
アルマ望遠鏡による観測で、研究チームはNGC1097中心付近に分布するシアン化水素(HCN)とホルミルイオン(HCO+)が放つ電波を観測し、分子ガスの分布と運動の様子を精密に測定しました。次にこのガスがどのような重力のもとで運動しているのかを、天体モデルを作成して調べました。超巨大ブラックホールの質量の多寡やバルジ部の星の量・分布の様子によってガスが受ける重力が異なるので、さまざまな場合についてモデルを作ってガスの動きを計算し、観測結果ともっともよく合致するモデルを探すのです。この結果、NGC1097の中心にある超巨大ブラックホールの質量は、太陽質量の1億4000万倍であることがわかりました。晩期型銀河(渦巻銀河や棒渦巻銀河)に対して、この方法で超巨大ブラックホールの質量を測定したのは今回が初めてのことです。
大西氏は、「アルマ望遠鏡は、わずか2時間ほどの観測でNGC1097中心部のガスの運動データを得ることができました。銀河とその中心にある超巨大ブラックホールの関係を明らかにするには、多くの、そしてさまざまなタイプの銀河でブラックホールの質量を求める必要がありますが、アルマ望遠鏡を使えば現実的な時間で多くの銀河の観測を実行することができます。」と、アルマ望遠鏡での今後の観測に期待を寄せています。
銀河がどのように生まれどのように進化してきたのか、またその中で超巨大ブラックホールがどのように生まれ成長してきたのかは、天文学における大きな謎のひとつです。今回の研究のように超巨大ブラックホールの質量を精密に測定することは、銀河と超巨大ブラックホールの共進化の仕組みと歴史を明らかにする第一歩であり、この宇宙の歴史を紐解くことにつながります。
注
[注1] 超巨大ブラックホール周辺の星の動きからその質量を求める方法が実現できたのは、私たちが住む天の川銀河の中心にあるブラックホールだけです。これ以外の銀河は遠すぎてその中心部にある個々の星を分離して見ることができないので、この方法では超巨大ブラックホールの質量の導出が不可能です。
[注2] 1993年、国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡によって、銀河NGC4258の中心に非常に高速で移動するメーザーが発見され、超巨大ブラックホールの初の観測的証拠となりました。しかし超巨大ブラックホールの周辺にメーザーがあることは稀なので、多くの銀河ではこれらの方法で超巨大ブラックホールの質量を求めることが困難です。
[注3] NGC 1097は、ろ座の方向約4700万光年の距離にある棒渦巻銀河です。
図2. アルマ望遠鏡で観測した、NGC1097中心部。シアン化水素(HCN)の分布を赤色で、ホルミルイオン(HCO+)の分布を緑色で表現し、可視光画像に合成しています。HCNとHCO+の両方が存在する場所は黄色に見えています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Onishi (SOKENDAI), NASA/ESA Hubble Space Telescope
図3. アルマ望遠望遠鏡で観測したHCNガスの運動を色で表した画像。赤色の部分はガスが私たちから遠ざかる方向に、紫色の部分はガスが手前に近づく方向に移動しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), K. Onishi (SOKENDAI), NASA/ESA Hubble Space Telescope
動画: アルマ望遠鏡によるブラックホールの精密体重測定
Credit: J. Hellerman, B. Kent (NRAO/AUI/NSF); ALMA (NRAO/ESO/NAOJ); K. Onishi (SOKENDAI); NASA/ESA Hubble Space Telescope
Produced by U. S. National Radio Astronomy Observatory
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論文・研究チーム
この観測結果は、Onishi et al. “A Measurement of the Black-Hole Mass in NGC 1097 using ALMA” として、2015年6月発行の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されました。
この研究を行ったチームのメンバーは、以下の通りです。
- 大西響子(総合研究大学院大学)
- 井口聖(国立天文台/総合研究大学院大学)
- Kartik Sheth(米国立電波天文台)
- 河野孝太郎(東京大学)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 No. 26・368 の支援を受けています。