物質が落下していくブラックホールのシミュレーション画像。画像の中心には事象の地平線があり、周囲を回る降着円盤の中に影として見えています。
Credit: Bronzwaer/Davelaar/Moscibrodzka/Falcke/Radboud University

地球サイズの望遠鏡でブラックホール撮影に挑む【4】「事象の地平線」のいったい何が面白いのか?

アルマ望遠鏡と世界の望遠鏡たちをつないでブラックホールの影の撮影に挑む連載の4回目は、この世とブラックホールの境界、「事象の地平線(Event Horizon)」についてです。

ブラックホールは何でも吸い込んでしまうことで有名です。では、ブラックホールは文字通りの「穴」なのでしょうか? 天文学者は、そうではないと考えています。ブラックホールとは、物質を小さな場所に極限までぎゅうぎゅうに押しこめた天体で、その結果として強大な重力が発生します。この天体の周囲では空間が大きくゆがみ、光ですら抜け出せなくなります。光が抜け出せるギリギリの境界線を、「事象の地平線」と呼びます。事象の地平線には膨大な量の物質が引き寄せられていますが、同時に、研究者の興味も引きつけられています。それは、なぜなのでしょうか?

これまでの連載でも登場したように、ブラックホールそのものを直接観測することはできません。光が出てこないため、どんな望遠鏡を向けても何も見えないのです。しかし、ブラックホールのまわりを取り巻く物質が放つ光を観測することで、研究者たちはブラックホールについて知ることができます。

物質がブラックホールに引き寄せられると、たいていはブラックホールに直接吸い込まれるのではなく、その周囲を回るようになります。洗面台に水をためて栓を抜いた時に、直接吸い込まれるのではなく排水口のまわりに渦を作りながら流れ込んでいくのと似ています。事象の地平線近くの重力は極めて強いため、周囲を回る物質は「相対論的な速度」、つまり光速に近い速度で動くようになります。そして、物質同士の激しい摩擦によって極めて高い温度になり、プラズマとして輝くようになります。事象の地平線のすぐ近くでは、光子はほぼ円形の軌道を描いて飛び、事象の地平線の周囲を縁取る光のリングを構成します。

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物質が落下していくブラックホールのシミュレーション画像。画像の中心には事象の地平線があり、周囲を回る降着円盤の中に影として見えています。
Credit: Bronzwaer/Davelaar/Moscibrodzka/Falcke/Radboud University

ブラックホールと事象の地平線は、アインシュタインが提唱した一般相対性理論をもとに予言されています。しかし提唱から100年以上たった今でも、この事象の地平線を見ることはできていません。人類がこれまでに作りだした望遠鏡では、解像度が不足していたのです。事象の地平線の大きさは何百万kmもあるにもかかわらず、見ることは簡単ではありません。ブラックホールは非常に遠くにあり、さらに大量のガスや塵の雲に隠れているからです。私たちが住む天の川銀河の中心の超巨大ブラックホール「いて座A*(エースター)」は、地球からおよそ26,000光年の位置にあって、地球から見ると針の先ほどの大きさしかないのです。

アルマ望遠鏡と地球上のさまざまな望遠鏡を仮想的に結合することで、Event Horizon Telescope(EHT)とGlobal mm-VLBI Array(GMVA)プロジェクトはその針の先に迫る解像度を実現することができます。多くの研究者がこのプロジェクトに関心を寄せていて、ブラックホールをより詳しく見ること、また究極的にはアインシュタインの一般相対性理論を検証することを目指しているのです。

「アインシュタインの一般相対性理論は、およそ100年前に提唱されました。一般相対性理論によって予言されるさまざまな現象の中には直観に反するものもありますが、さまざまな実験による検証をすべてクリアしてきているのです。」と、EHTプロジェクトのシリアコ・ゴッディ氏は語ります。「しかし、ブラックホール直近の極めて重力が強い場所での検証は、まだ不十分なのです。」

物理学における喫緊の課題は、大きな世界を扱う相対性理論と小さな世界を扱う量子力学が相容れないことです。その真相に迫るためには、相対性理論と量子力学が重なるところ、あるいは破たんするところを調べる必要があります。従来の考え方では、超巨大ブラックホールの事象の地平線では、このようなことは起きません。専門家によれば、量子力学的な効果が現れるのは、10マイクログラムほどしかない微小なブラックホールの事象の地平線だけだというのです。このような微小ブラックホールが実際に存在する証拠は、これまでのところ見つかっていません。一方で、超巨大ブラックホールの事象の地平線でも、一般相対性理論からのずれが見えるはずだという研究者もいます。そしてこれは、将来実際に観測されるかもしれません。

「重力が最も強いブラックホールの近くで、アインシュタインの予言からのずれが見えれば、私たちは重力に関する新しい理論を構築しなくてはいけなくなります。時間と空間を、これまでとは異なる形で表さなくてはいけないのです。」とゴッディ氏は語っています。

一般相対性理論の予言に基づくと、ブラックホールの「影」は円形とされていますが、もっとつぶれた形をしているかもしれないと考える研究者もいます。つまり、ブラックホールの影の形が詳細に観測できれば、一般相対性理論だけでなく他の重力理論についても検証が可能になるのです。さらに、ブラックホールの影の大きさはブラックホールの質量に比例するため、影のサイズを測ることでブラックホールの質量を直接推測することもできるでしょう。

この解説図は、ブラックホールからの放出されるガス(赤で表示)とブラックホールのまわりの円盤のシミュレーションを表したものです。また、重力理論の違いによる事象の地平線の影の形の違いも表しています。Credit: ESO/N. Bartmann/A. Broderick/C.K. Chan/D. Psaltis/F. Ozel

この解説図は、ブラックホールからの放出されるガス(赤で表示)とブラックホールのまわりの円盤のシミュレーションを表したものです。また、重力理論の違いによる事象の地平線の影の形の違いも表しています。
Credit: ESO/N. Bartmann/A. Broderick/C.K. Chan/D. Psaltis/F. Ozel

アルマ望遠鏡の研究者であるビオレッテ・インペリツェッリ氏は、次のように語っています。「私たちは、すべての銀河の中心に巨大ブラックホールがあると考えています。しかし、なぜそうなっているのか、問う必要があるのです。そして、銀河の誕生と進化にブラックホールが大きな影響を与えている、ということも次第にはっきりしてきました。ブラックホールと銀河と宇宙全体がどのように関係しているのか、理解しなくてはいけません。」

今回観測を行ったEHT/GMVAプロジェクトの成果をもとに相対性理論の検証まで行えるかどうかは不透明で、悲観的な見方をする研究者もいます。というのも、観測自体がまだまだ実験的な段階であり、どれほど正確な画像を得られるかが未知数だからです。乗り越えなくてはいけない山はまだまだあり、それを一歩一歩上っている段階なのです。しかし究極的には、観測によって重力理論の検証を行うことは重要な目的の一つです。

以上が、特集の第4回でした。次回は、電波望遠鏡がどのように機能しているのかを、基本に立ち返って解説します。

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