Sagittarius A*, taken by NASA's Chandra X-Ray Observatory. Ellipses indicate light echoes.
NASAチャンドラX線宇宙望遠鏡が撮影した、いて座A*(Sgr A*)。左上の楕円で囲まれた部分は、いて座A*が過去に放ったX線が周囲のガスに反射しているところ。
Credit: NASA/CXC/Caltech/M.Muno et al.

地球サイズの望遠鏡でブラックホール撮影に挑む【7】銀河中心に潜む怪物 いて座A*

アルマ望遠鏡と世界中の電波望遠鏡をつなぐ2つの観測プロジェクト、EHTとGMVAが狙う第一のターゲットは、私たちが住む天の川銀河の中心に潜む超巨大ブラックホール「いて座A*(エースター)」です。いて座A*の観測によって、ブラックホールそのものだけでなく、この世の時空に関する理論についても理解を深めることができると期待されています。しかし、わずか20年ほど前には、いて座A*が巨大ブラックホールであるという確証は得られていませんでした。ここで少し歴史を紐解きながら、いて座A*についてご紹介しましょう。

1974年、イギリスの天文学者マーティン・リースは、いくつかの銀河の中心には超巨大ブラックホールが存在し得るという説を提唱しました。特に、さまざまな波長の電磁波を強く放射する「活動銀河核」と呼ばれる天体には、ブラックホールが潜んでいるのではないかと考えました。活動銀河核の中には太陽の300億倍以上のエネルギーを放射するものもあり、非常に強力なガスジェットを噴き出す天体もありました。リースは、ブラックホールこそがそのエネルギー源だと考えたのです。

同じ年、アメリカ国立電波天文台に所属する電波天文学者ブルース・バリックとロバート・ブラウンが、天の川銀河の中心に非常にコンパクトな強い電波源を発見しました。銀河中心には電波を出す天体が数多くあり、この天体はその中でもひときわ明るいものでしたが、見かけの大きさは非常に小さかったのです。

バリックとブラウンは、この天体は弱い「クェーサー」なのではないかと考えました。クェーサーは活動銀河核の一種で、宇宙初期に多く発見されています。しかしこの天体は、私たちからわずかに26,000光年の距離にあるのです。彼らは、この天体を「いて座A*」と名づけました。いて座A*は、それまで「いて座A」と呼ばれていた広がった電波源の中で点のように輝いており、原子物理学では原子がエネルギーの高い状態にあることを示す記号「*」をつけることでその特異性を示したのです。そして、いて座A*は、天文学者たちを熱狂させる天体となりました。

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NASAチャンドラX線宇宙望遠鏡が撮影した、いて座A*(Sgr A*)。左上の楕円で囲まれた部分は、いて座A*が過去に放ったX線が周囲のガスに反射しているところ。
Credit: NASA/CXC/Caltech/M.Muno et al.

その後20年以上にわたって、天文学者はこの特異な天体をさまざまな波長の電磁波で観測し、パズルのピースを合わせるようにこの天体の全体像を理解しようとしてきました。技術の進歩によってはっきりした姿を次第に捉えられるようになり、いて座A*のまわりの天体の動きまで観測が可能になりました。ガスや星が、時速500万kmという途方もない速度でいて座A*のまわりを回転していたのです。これは、いて座A*が極めて重い天体であり、強大な重力を周囲に及ぼしていることを示していました。NASAのチャンドラX線宇宙望遠鏡は、1998年の打ち上げ直後にいて座A*からのX線を観測しています。ブラックホールに物質が吸い込まれるときには、断末魔の叫びのようにX線を放射するのです。X線はいて座A*の周囲にあるガスと塵の雲を突き抜けて地球まで届き、ここにブラックホールがあることを教えてくれたのです。

1990年代中ごろから、ドイツとアメリカの天文学者たちは、いて座A*を回る星の軌道を注意深く観測しました。カリフォルニア大学ロサンゼルス校のアンドレア・ゲーズ氏が率いる研究チームは、ケック望遠鏡を使って、銀河中心部の数千の星の動きを測定しました。またドイツのチームは、欧州南天天文台の望遠鏡VLTを用いて、いて座A*のすぐ近くにある28個の星の軌道を正確に測定しました。これらのチームによっていて座A*の周囲の様子が非常に詳しくわかったことで、いて座A*が確かに超巨大ブラックホールであることがわかったのです。

「長期にわたる私たちの研究のハイライトは、超巨大ブラックホールがこの世に実在するという最も確からしい証拠を提示できたことです。銀河中心部の星の軌道は、その中心部にある太陽の400万倍の質量を持つ天体がブラックホールであることを、疑いなく示してくれています。」と、ドイツの研究チームを率いるラインハルト・ゲンツェル氏(マックスプランク地球外物理学研究所)は語っています。

16年間にわたって観測された、いて座A*の周囲の星の動き。実際の星の運動を3200万倍速で表示しています。
Credit: ESO/ R.Genzel and S. Gillessen

これまでの研究によって、いて座A*についていろいろなことを天文学者たちは明らかにしてきました。いて座A*の質量は太陽の400万倍ありますが、電波を発する領域は非常に小さく、わずかに4000万kmほど(太陽と水星の間の距離に相当)しかないと考えられています。また、いて座A*は超巨大ブラックホールとしては極めて静穏です。膨大なガスのジェットを放出していないため、いて座A*にはそれほど大量の物質が流れ込んでいないと考えられます。とはいえ、静穏時の数百倍も明るいX線フレアが観測されることもときどきあります。これは、ブラックホールに落下する小天体が強大な重力で引き裂かれている、あるいはブラックホールに落下するガスのなかで磁力線が絡み合っていることを示しているのではないかと考えられています。また天文学者たちは、いて座A*を回るガス雲「G2」が、2014年にブラックホールに最接近した様子も詳しく観測しました。これらを含む数多くの研究から、いて座A*とその周囲の環境が、次第に分かってきたのです。

The dusty cloud G2 passes the supermassive black hole

欧州南天天文台VLTで観測された、ガス雲G2の動き。2006年から2014年までのG2の移動を連続的にとらえています。観測の結果、G2はブラックホールに落下することなく生き延びたと考えられています。
Credit: ESO/A. Eckart

しかし、いて座A*やそのほかの超巨大ブラックホールに関する謎はまだ多く残されています。いまではほとんどすべての巨大銀河の中心に超巨大ブラックホールがあると考えられていますが、超巨大ブラックホールがどのようにしてできたのか、それを含む銀河の進化にどのように影響したのか、という謎に天文学者は頭を悩ませ続けています。

EHTとGMVAでは、超長基線電波干渉法(VLBI)の技術を使って、いて座A*の姿をこれまでになく鮮明に描き出すことを目指しています。ブラックホールの周囲を詳しく観測するだけでなく、ブラックホールそのものの姿ともいえる「事象の地平線」を観測することも狙っているのです。事象の地平線は、それよりも内側に入った物質は絶対にブラックホールから抜け出せないという境界線のことを指します。

EHTとGMVAでは、この事象の地平線が作りだす「影」を画像化しようとしています。事象の地平線の存在を実証することも重要な目的ですが、影の大きさと形を精密に測定することができれば、アインシュタインの一般相対性理論の検証にも役立つことでしょう。しかし、それは簡単なことではありません。

ブラックホールの姿に迫る連載、次回はブラックホール「撮影」に立ちはだかるさまざまな困難をご紹介します。

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