多波長同時観測でさぐるM87巨大ブラックホールの活動性と周辺構造
―地上・宇宙の望遠鏡が一致団結―

2017年4月、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)と地球上の各地、さらに宇宙にある多くの電波望遠鏡、可視光線・紫外線望遠鏡、X線望遠鏡、ガンマ線望遠鏡が、楕円銀河M87の中心にある巨大ブラックホールを一斉に観測しました。そのデータを組み合わせることで、この巨大ブラックホールがこのとき非常に「おとなしい」状態にあったことが明らかになりました。また、観測結果と理論・シミュレーション研究の結果を比較したところ、EHTで観測されたリング状の電波放射領域とは異なる場所でガンマ線が放射されていると考えると、観測結果をうまく説明できることがわかりました。これは、巨大ブラックホールが噴き出すジェットが複雑な構造を持っていることを示す結果であり、ジェットの形成や多彩な電磁波放射メカニズムの解明に重要な手がかりを与える成果といえます。アルマ望遠鏡は2017年4月のEHTによる観測に参加したほか、アルマ望遠鏡単体としてもジェットの大規模な構造を描き出すことに貢献しました。
M87の中心にある巨大ブラックホール

M87の中心にある巨大ブラックホールのさまざまな波長の電磁波での観測画像。使用した望遠鏡により観測波長が異なり、また解像度も様々なため見えているスケールも異なります。図中左上がアルマ望遠鏡による観測画像で、ハッブル宇宙望遠鏡等による可視光線・紫外線画像や図右上のチャンドラ衛星によるX線観測と同じスケールのジェットを観測していることがわかります。
Image Credit: The EHT Multi-wavelength Science Working Group; the EHT Collaboration; ALMA (ESO/NAOJ/NRAO); the EVN; the EAVN Collaboration; VLBA (NRAO); the GMVA; the Hubble Space Telescope; the Neil Gehrels Swift Observatory; the Chandra X-ray Observatory; the Nuclear Spectroscopic Telescope Array; the Fermi-LAT Collaboration; the H.E.S.S collaboration; the MAGIC collaboration; the VERITAS collaboration; NASA and ESA. Composition by J. C. Algaba

地球から見ておとめ座の方向約5500万光年の距離に、楕円銀河M87があります。その中心には、太陽の65億倍の質量を持つ巨大ブラックホールが潜んでいます。ブラックホールはその巨大な質量によって周囲の空間をゆがめ光すら飲み込んでしまうほどの存在ですが、ブラックホールのすぐ近傍からは非常に高いエネルギーのガスが細長い「ジェット」として放出されることがあります。M87の巨大ブラックホールは、こうしたジェットが初めて発見された天体でもあります。一方、どのようなメカニズムでこのジェットが放出されるのかは、まだ明らかになっていません。

2017年4月、地球上の8つの電波望遠鏡をつないだEHTがこの巨大ブラックホールを観測し、ブラックホールの「影」の撮影に史上初めて成功しました。アルマ望遠鏡は、8つの望遠鏡の中で最も高い感度を持つ望遠鏡としてEHTの観測に参加し、画像撮影に非常に大きく貢献しました。ところが、EHTによる観測だけでは周囲に存在するはずのジェットをはっきりと写し出すことはできず、ブラックホール周辺の詳しい構造については未解明のまま残されていました。また、M87巨大ブラックホールは「活動銀河核」ともよばれ、しばしば電波からガンマ線に至る様々な波長で激しい光度変動を示すことが知られていますが、EHTで撮影された時期の活動状態についても大きな未解決の謎として残されていました。

実は2017年4月のEHTによる観測と協調する形で、世界中の多くの望遠鏡も同時期にM87のブラックホールに向けられていました。日本をはじめとする東アジア、欧州、南北アメリカ、アフリカ、ハワイ島やカナリア諸島にある電波望遠鏡、可視光線望遠鏡、ガンマ線望遠鏡、さらには地球周回軌道上に浮かぶ可視光線・紫外線望遠鏡やX線望遠鏡、ガンマ線望遠鏡など、その数は19台に及びます。電波からガンマ線までの幅広い波長域の電磁波をできるだけ同時に観測することで、M87のブラックホールやジェットの性質を多角的に分析することができるのです。ジェットを持つ巨大ブラックホールの観測としては、天文学史上最大規模の観測キャンペーンとなりました。アルマ望遠鏡も、EHTの観測に参加するだけでなく、アルマ望遠鏡単体としてジェットの観測を行っていました。

2017年4月の多波長観測キャンペーンに参加した望遠鏡一覧

2017年4月の多波長観測キャンペーンに参加した望遠鏡一覧。アルマ望遠鏡はコンパクトなアンテナ配列での観測となったため、解像度(視力)は60程度と低くなっています。
Credit: 国立天文台

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アルマ望遠鏡で観測した、M87巨大ブラックホールから噴き出すジェット
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), The EHT Multi-wavelength Science Working Group

多数の望遠鏡による観測の結果、巨大ブラックホールから噴き出すジェットの根元近く(0.3光年)から5000光年ほどまで広がっている姿が、様々な波長の電磁波で明らかになりました。これは、言ってみればジェットの「多色画像」を捉えたことになります。ほぼ同じタイミングで、これほど幅広い波長帯でブラックホールから放出されるジェットが描き出されたのは、これが初めてのことでした。アルマ望遠鏡は、今回の電波観測の中ではもっとも大きなスケールのジェットの広がりを描き出しました。ハッブル宇宙望遠鏡等による可視光観測およびチャンドラ衛星によるX線観測とほぼ同じスケールのジェットを観測していることになります。


M87中心の巨大ブラックホールから次第にズームアウトしながら、様々な波長で見たジェットの構造を比較する映像
Credit: The EHT Multi-wavelength Science Working Group, the collaborations of the EHT, EAVN, H.E.S.S., MAGIC and VERITAS; EVN; VLBA; GMVA; HST; Swift; Chandra; NuSTAR; Fermi; NASA, ESA and ESO; NASA/GSFC/SVS/M.Subbarao & NASA/CXC/SAO/A.Jubett.

今回の観測には、国立天文台水沢VLBI観測所が韓国・中国と共同で運用している東アジアVLBIネットワーク(EAVN)も参加し、ブラックホールから噴出して間もないジェットを詳しく観測し、その形状や明るさなどを測定しました。EAVNデータの分析をリードした総合研究大学院大学博士課程 国立天文台水沢VLBI観測所の崔玉竹 氏は「天文学最大の謎のひとつであるブラックホールジェットの謎を解明するためには、ブラックホール本体付近の撮影が得意なEHTと、ジェットの撮影が得意な波長の長い電波を用いたVLBI観測を同時に行う必要がありました。今回はそのような共同観測が史上初めて実現したマイルストーンとなりました」と述べています。

国⽴天⽂台⽔沢VLBI観測所 秦和弘 助教とともにEHT国際多波長サイエンス作業班の世話人を務めるマギル⼤学のダリル・ハガード准教授は「世界には、自分たちの理論や仮説が今回得られた豊富なデータと合致するかどうか確認したくてうずうずしている研究チームがいくつもあります。データが広く公開されることで、研究者コミュニティの誰もがこのデータを使うことができ、ブラックホールとジェットの関係がよりよく理解できるようになるだろうと期待しています」とコメントしています。

同じく同作業班の世話人でアムステルダム大学のセラ・マルコフ教授は、「もっとも大きな謎のひとつは、私たちがキャッチした電磁波がどのようにして生み出されているか、という点です。EHTの画像に加えてとても豊富なデータが得られたことは、ブラックホールの『影』とジェットの両方をうまく説明できる理論体系を作る手助けになるでしょう」と語っています。

今回観測された波長帯のうち、X線、ガンマ線といった高エネルギー電磁波放射のデータを分析した結果、EHTによる撮影が行われた2017年4月ごろのタイミングでは、巨大ブラックホールの活動性が非常に静穏だったことがわかりました。ブラックホールの活動が活発な時は電波も含めた様々な波長の電磁波放射が強くなるのですが、今回の観測キャンペーン中ではそれがあまり強くなかったのです。

研究チームは、国立天文台が運用する天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイII」などを用いたシミュレーション研究や理論研究も行い、その結果と電波からガンマ線までの幅広い波長域の同時観測データとを総合的に比較することで、静穏期にあるブラックホール周辺のようすを理解することを目指しました。シンプルな理論モデルをもとに計算したところ、少なくとも今回の観測時期では、EHTで観測されるブラックホール近傍の電波放射領域とは異なる場所でガンマ線が放射されていると解釈することが最も自然であることがわかりました。アテルイⅡによるシミュレーションを行った東京大学宇宙線研究所の川島朋尚 研究員は「これまでしばしば、EHTで観測されるような電波と最高エネルギーの電磁波であるガンマ線は、同じ場所で放射されていると考えられてきました。今回初となる多波長同時観測データはこれまでの理論解釈に一石を投じるものであり、今後この分野の理論・シミュレーション研究が急速に発展していくことが期待されます」と述べています。

また、東京大学宇宙線研究所が参加して国際協力で運用するガンマ線望遠鏡MAGICは電波より10桁以上エネルギーの高いガンマ線を計測することで、ブラックホールの活動性を表す爆発現象であるフレアの有無などを調べました。MAGICによるM87観測のリーダーを務める東京大学宇宙線研究所のダニエル・マジン 特任准教授は「私たちは今回EHTや世界の他波長の望遠鏡と協力し、最大限の科学成果を生み出すべくM87の高頻度なモニター観測を行いました。2017年のMAGIC観測は気象条件もとても安定し、計27時間を超える大変良質な観測データを取得することができました。その結果、過去に観測されたような激しいフレアは今回の観測期間中は見つかりませんでしたが、静穏期のブラックホールからの放射に関して、重要な情報を得ることができました」と述べています。

今回の観測成果で注目すべき点には、地球に飛来する高エネルギー宇宙線の起源も挙げられます。宇宙線のエネルギーは、素粒子実験に用いる粒子加速器の100万倍にも達します。こうした高エネルギー宇宙線の起源のひとつとして巨大ブラックホールが噴き出すジェットが想定されていますが、その詳細についてはわかっていません。この謎に迫るひとつの手段が、最高エネルギーのガンマ線を観測することです。今回の観測結果は、少なくとも2017年の観測時点では、巨大ブラックホールの事象の地平面周辺ではガンマ線が作られていないことを示していました。この研究をさらに進展させるには、別のタイミングでの観測を重ねる必要があります。

今回の研究は、ブラックホールから噴出するジェットの構造と成因を明らかにするための第一歩といえます。EHTの観測は2018年にも行われた他、2021年は参加望遠鏡を3局増やし、まさに現在観測が行われている最中です。異なる時期の観測データを比較することによって、ブラックホールの活動性の違いやこれに伴って変化するジェットの構造、ブラックホール周囲の物質の性質、磁場構造など、ブラックホールに付随する様々な謎を解き明かすことができると研究者たちは期待しています。

EHT国際多波長サイエンス作業班の世話人の1人であり本研究の全体とりまとめを務めた国立天文台水沢VLBI観測所 秦和弘 助教は「本研究はEHTチームと世界の様々な波長の望遠鏡チームが一致団結し、32の国と地域から総勢760名を超える研究者の協力によって成し遂げられた合同成果です。我々は今後もEHTと同期した多波長合同観測を継続し、巨大ブラックホールの活動性やジェットの謎を解明していきたいと考えています」とコメントしています。

論文情報

この観測成果は、The EHT MWL Science Working Group et al. “Broadband Multi-wavelength Properties of M87 During the 2017 Event Horizon Telescope Campaign” として、2021年4月14日付で天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」オンライン版に掲載されました。

この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(18KK0090、JP18K13594、JP18K03656、JP18H03721、18K03709、18H01245、25120007、JP17J08829、JP19H01943、JP19H01908、JP19H01906、JP19K14761)、自然科学研究機構、東レ科学振興会、三菱財団、文部科学省「富岳」成果創出加速プログラム、ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」他の支援を受けて行われました。すべての支援機関については、論文謝辞をご覧ください。

データアーカイブ
今回の研究で使われたデータは、さらなる研究発展を目的として、全ての研究者向けに公開しています。
URL:https://doi.org/10.25739/mhh2-cw46

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