リリース概要
東北大学、東京大学、国立天文台、筑波大学からなる研究チームは、アルマ望遠鏡 [1] を用いた観測により、世界で初めて、私たちの住む天の川銀河以外の銀河に、生まれたばかりの星を包むホットコアと呼ばれる分子の雲を発見しました。また、発見した銀河系外ホットコアのデータを詳細に解析した結果、天体に付随する分子ガスの化学組成が、天の川銀河内の同種の天体のものと比べて、大きく異なることを明らかにしました。この結果は、生まれたばかりの星を包む物質の化学的性質が、それらを取り巻く銀河の個性に強い影響を受けることを示しています。今回の銀河系外ホットコアの初検出は、星や惑星の材料となる物質の化学的性質の研究に新たな可能性を示す重要な第一歩として、大きな注目を集めています。
この研究成果は、2016年8月9日発行の天文学論文誌「アストロフィジカル・ジャーナル」827号に掲載されました。
研究の背景
この宇宙には、ホットコアと呼ばれる非常に興味深い化学的性質を持つ天体が存在します。通常、星が生まれる分子雲と呼ばれる領域の大部分は極めて低温(マイナス260度以下)であるため、炭素・窒素・酸素などを含む分子の多くは氷 [2] の状態で存在しています。しかし、星が誕生し、周囲の物質が暖められはじめると、これらの氷は溶け、ガスの状態で放出されます。その結果、星の回りに暖められた分子ガスが大量に存在する領域が形成されます。このような生まれたばかりの星を繭のように包む暖かい分子の雲は、ホットコア [3] と呼ばれています。天の川銀河の中では、例えばオリオン座の方向にあるオリオンKL領域に存在する若い星が、ホットコアを持つ天体の例として知られています。
ホットコアには、一酸化炭素のような分子雲に一般的に存在する単純な分子から、水や有機分子 [4] などの生命にとって不可欠な分子まで、多様で豊かな分子ガスが存在していることが知られています。そのため、星や惑星の材料物質の化学的性質を探るアストロケミストリー (Astrochemistry) [5] と呼ばれる分野において、ホットコアは重要な研究対象となっています。
しかし、これまでホットコアの観測は、望遠鏡の性能不足、そして適した観測ターゲットの不足により、私たちの住む天の川銀河の中にある天体のみに限られていました。宇宙には天の川銀河以外にも、一千億以上の銀河があるといわれています。これらの銀河はそれぞれ異なる環境を持ち、星や惑星の形成、そしてそれに伴う物質の化学的進化といった現象は、どの銀河の中でも起こり得る現象です。そのため、宇宙における星・惑星・生命の材料物質の多様性を探るためには、環境の異なる他の銀河に存在するホットコアの観測が重要な役割を果たすと考えられています。
アルマ望遠鏡による観測
今回、、研究チームは南米チリのアタカマ砂漠に建設されたアルマ望遠鏡を用いて、大マゼラン雲にあるST11という名の生まれたばかりの星を観測し、世界で初めて天の川銀河以外にホットコアを発見しました。今回発見された天体は、現在までに人類が目にした最も遠い場所にあるホットコアです。大マゼラン雲は、天の川銀河の近くに位置する系外銀河で、地球から約16万光年の距離にある若い銀河です。この銀河は、天の川銀河に比べて、重元素(天文学では水素とヘリウム以外の全ての元素を指します)の量が少ないという環境的特徴を持っています。この低い重元素量環境は、過去の宇宙の環境と似ているため、大マゼラン雲内の天体は、この宇宙における物質の化学的多様性を探る手がかりを持っていると考えられています。
研究チームは、検出された分子輝線 [6] の特徴を、天の川銀河内にある同様の天体のものと比較しました。その結果、大マゼラン雲のホットコアに付随する分子ガスの化学組成は、天の川銀河内のホットコアと比べて、著しく異なるということを明らかにしました。特に顕著な違いとして、大マゼラン雲ではメタノール(CH3OH)やホルムアルデヒド(H2CO)、イソシアン酸(HNCO)といった分子が非常に少ないという点が挙げられます。このような違いが生まれる原因として、研究チームはホットコアが形成される前の進化段階で進む氷の生成反応の違いが一因であると考えています。これらの分子は、星・惑星形成領域において、より複雑で大型の有機分子を作る種となると考えられています。このため、今回の発見は、重元素量の低かった過去の宇宙において、生命にとって不可欠な有機分子が作られる可能性はあったのか、という新たな疑問を天文学に投げかけています。
一方、他の分子に目を向けてみると、大マゼラン雲のホットコアの性質にはまだ多くの謎が残されています。例えば、今回の観測で多くの輝線が検出された二酸化硫黄(SO2)という分子の存在量には、上述の分子とは異なり、化学反応の違いの影響が顕著には見えていません。また、一酸化窒素(NO)は、分子の材料となる窒素が大マゼラン雲では著しく少ないにも関わらず、今回発見されたホットコアでは天の川銀河内の天体と比べて存在量が多いということが示唆されています。これらの違いはいずれも、現状の理論モデルでは統一的な説明がなされていません。
銀河系外の、特に大マゼラン雲のように重元素量の低い銀河のアストロケミストリーの研究は、まさに今が黎明期にあります。今後の研究の進展により、私たちの住む宇宙における星・惑星・生命の材料物質の化学的多様性が次々と明らかになっていくことが期待されます。
図1: 大マゼラン雲に発見されたホットコアの想像図。生まれたばかりの星を包む分子の雲が描かれている。
クレジット:FRIS/東北大学 (ESO/M. Kornmesser; NASA, ESA, and S. Beckwith (STScI) and the HUDF Team; NASA/ESA and the Hubble Heritage Team (AURA/STScI)/HEI), All rights reserved.
図2: アルマ望遠鏡により検出された大マゼラン雲のホットコアST11からの電波放射の強度分布(左、矢印の長さの単位はパーセク [7] )。天体に付随する固体微粒子(ダスト)、及び二酸化硫黄、一酸化窒素、ホルムアルデヒドといった分子ガスの放射強度分布が例として示されています。天体からはこの他にも数多くの分子輝線が検出されています(本文参照)。右側には、ホットコア天体を取り巻く周囲の星形成領域の赤外線画像(NASA/Spitzer望遠鏡による8ミクロンデータ)が示されています。
クレジット:下西隆/東北大学, ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
注
[1] アルマ望遠鏡(正式には、アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array、ALMA)は、南米チリ共和国北部にあるアタカマ砂漠の標高5000メートルに建設された電波望遠鏡です。パラボラアンテナ66台を組み合わせる干渉計方式の巨大望遠鏡で、ミリ波・サブミリ波領域では分解能・感度ともに世界一の性能を誇ります。アルマ望遠鏡は、国立天文台を代表とする東アジア、米国国立電波天文台を代表とする北米連合、ヨーロッパ南天天文台を代表とするヨーロッパ、及びチリ共和国が協力して建設・運用する国際的な共同プロジェクトです。
[2] 宇宙にはダストと呼ばれる固体微粒子が存在します。分子雲などの極低温かつ密度の高い領域では、このダストの表面に気体の原子・分子が吸着し、氷が生成されます。このような氷の生成は、星や惑星が誕生する領域における分子生成のメカニズムとして非常に重要であると考えられています。
論文・研究チーム
この研究は、東北大学の下西隆助教(研究代表者)、東京大学の尾中敬教授、国立天文台の河村晶子研究員、筑波大学の相川祐理教授により行われました。研究成果は、2016年8月9日に、米国の天文学論文誌「アストロフィジカル・ジャーナル」827号に掲載されました(”The Detection of a hot molecular core in the Large Magellanic Cloud with ALMA”, T. Shimonishi et al., 2016, The Astrophysical Journal, 827, 72)。この研究は日本学術振興会科学研究費補助金のサポートを受けています。
アルマ望遠鏡について
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アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮
Credit: Clem & Adri Bacri-Normier (wingsforscience.com)/ESO
アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。