図1. オリオンKL電波源Iの想像図。大質量原始星の周囲に円盤が取り巻いており、円盤外縁部の表面からアウトフローが吹きだしている様子を描いています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
研究の背景
宇宙には、さまざまな質量の星が存在します。太陽の10%以下の質量のものもあれば、太陽の100倍を超える質量を持つものもあり、実に多様性に富んでいるのです。一般的に星は、宇宙空間を漂うガス雲が自らの重力によって収縮することで誕生します。太陽のような小質量の星の形成過程は比較的よく解明されていますが、大質量星(太陽の10倍程度以上の質量を持つ星)の誕生メカニズムについては未解明の点が多く残されています。これは、小質量の星の数が豊富で、太陽系の近くに小質量星の形成現場が多くあって観測しやすいからです。一方で大質量星は数が少なく、形成現場も非常に遠くにしかないため、これまでは詳しい観測を行うことが困難でした。
星の誕生メカニズムに関する未解決問題の一つは、「角運動量問題」と呼ばれるものです。これは、星の卵ともいえるガスのかたまりにおいて、収縮するにつれてガスの回転が顕著になると理論的には予測される一方で、宇宙にある星はずっと緩やかな自転しかしていない、という矛盾です。回転の勢い(角運動量)を、星が誕生する過程のどこかで大量に捨て去っているはずなのです。角運動量を捨てるメカニズムについてはいくつかの説があり、生まれたばかりの赤ちゃん星(原始星)が噴き出すガス(アウトフロー)が回転することによって角運動量を持ち去るという考え方が一般的でした。これを証明するためには、アウトフローの回転を検出すること、そしてアウトフローの駆動メカニズムを明らかにすることが重要です。しかし、特に観測が難しい大質量原始星においては、アウトフローの回転を実際に観測で描き出すことがこれまで十分にできていませんでした。
アルマ望遠鏡による観測
国立天文台/総合研究大学院大学の廣田朋也氏をはじめとする研究チームは、角運動量問題に対する観測的な答えを求めて、アルマ望遠鏡を用いた大質量原始星の観測を行いました。観測対象としたのは、オリオン大星雲の中に位置する「オリオンKL電波源I(アイ)」です。オリオン大星雲は地球から約1400光年の距離にあり、大質量星の形成領域としては地球に最も近い場所です。また、解像度の高いアルマ望遠鏡を使うことによって、これまで観測が難しかったアウトフローの運動を詳細に調べることができるのです。
アルマ望遠鏡による今回の観測以前にも、オリオンKL電波源Iを取り巻くガスの円盤やアウトフローの観測はさまざまな望遠鏡で行われてきました。他の電波望遠鏡を用いたこれまでの観測から、円盤やアウトフロー内に点在するメーザースポットの動きが測定されており、回転の兆候は検出されていました。一方で、円盤とアウトフローの関係を明らかにするには、原始星を取り囲む円盤とアウトフローに含まれるガスの動きと分布を連続的に捉える必要がありました。
今回研究チームは、オリオンKL電波源Iの周囲でガスが放つ電波を検出し、その動きを詳細に描き出すことに成功しました。「アルマ望遠鏡の高い感度で、大質量原始星から噴き出すアウトフローの回転がはっきりとらえられました。さらに、アウトフローの駆動メカニズムにも重要な示唆を与えてくれています。」と、廣田朋也氏は語っています。
Orion KL Source I observed with ALMA. アルマ望遠鏡が観測したオリオンKL電波源I。 Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Hirota et al.
図2. アルマ望遠鏡が観測したオリオンKL電波源I。星を取り巻く円盤(赤)と、それに垂直に吹きだすアウトフロー(青)の分布がわかります。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Hirota et al.
The rotation of the outflow from Orion KL Source I imaged with ALMA. アルマ望遠鏡の観測をもとに、オリオンKL電波源Iからのアウトフローの回転の様子がわかるようにデータを合成した図。 Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Hirota et al.
図3. アルマ望遠鏡の観測をもとに、オリオンKL電波源Iからのアウトフローの回転の様子がわかるようにデータを合成した図。赤色は私たちから遠ざかるように動くガス、青色は近づくように動くガスを示しています。緑色は星を取り巻く円盤を表現しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Hirota et al.
アルマ望遠鏡の観測から、アウトフローの回転がはっきり捉えられただけでなく、その根元が太く、原始星を取り巻く円盤の外縁部から吹きだしていることが明らかになりました。アウトフローの成因については、細く収束された高速のガス流に周囲のガスが引きずられてできるという説や、原始星のごく近くの領域から放出されるという説もありましたが、今回の観測結果はこれらの説を明確に否定するものです。今回の結果は、「磁気遠心力風」と呼ばれるメカニズムとよく合致しています。
この考え方では、回転する円盤の遠心力によって、円盤のガスを外側に移動させるような力が働きます。一方で、円盤は磁力線に貫かれています。ガスは磁力線に沿った方向に動きやすいため、遠心力によって外側に押されたガスが、円盤表面から磁力線にそって円盤の上空に流れ出していくのです。この考え方によれば、アウトフローは星のごく近傍でなく、円盤のむしろ外縁部から噴き出すことになります。小質量原始星ではこの磁気遠心力風によるアウトフローの放出を裏付ける観測結果が既に発表されていますが、より遠い距離にある大質量星でこれほどはっきりとその様子がとらえられたのは、アルマ望遠鏡の高い解像度のおかげといえるでしょう。
廣田氏は、今回の意義と今後の期待を以下のように述べています。
「今回の新しい観測結果は、アルマの高画質と高感度という特徴に加えて、アルマによって初めて可能になったサブミリ波での高解像度撮像が重要な役割を果たしました。これによって、原始星から噴き出すアウトフロー中心部の高密度領域での回転を捉えることに成功しました。今後、アルマのさらなる高解像度化によってオリオンKL電波源I以外にも多くの天体で同様の観測が行われ、理論的研究と合わせてアウトフローの駆動機構や大質量星形成機構の理解が進むと期待しています。」
論文・研究チーム
この観測成果は、Hirota et al. “Disk-Driven Rotating Bipolar Outflow in Orion Source I”として、イギリスの天文学専門誌『ネイチャー・アストロノミー』オンライン版に2017年6月13日(日本時間)に掲載されます。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
廣田朋也(国立天文台/総合研究大学院大学)、町田正博(九州大学)、松下祐子(九州大学)、元木業人(山口大学/国立天文台)、松本尚子(山口大学/国立天文台)、Mi Kyoung Kim(韓国天文宇宙科学研究院)、Ross A. Burns(ERIC VLBI合同研究所)、本間希樹(国立天文台/総合研究大学院大学)
この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. 21224002、 24684011、25108005、15H03646、15K17613、24540242、25120007)の支援を受けて行われました。
アルマ望遠鏡
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA, “アルマ望遠鏡”)は、ヨーロッパ南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。
アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。