研究チームはこれまで、国立天文台の電波望遠鏡ネットワークVERAを用いて、オリオンKL電波源I の観測を行ってきました。電波源I の周囲にあるガスの円盤や高速ジェットからは、低エネルギー状態にある水分子や一酸化ケイ素分子のメーザーが発せられています。VERAで得られたこのデータと今回アルマ望遠鏡で検出された高エネルギー状態の水メーザーを比較すると、それらが同じ速度で運動するガスから放出されていることが明らかになりました。このことは、高エネルギー状態の水メーザーも、生まれたばかりの星ごく近傍のガス円盤あるいは高速ジェットの高温ガスから放射されていることを意味しています。今回の研究により、私たちは高温ガスの新たな観測手段を手に入れ、生まれたばかりの星のより近くにまで迫る研究が可能になりました。
今後アルマ望遠鏡はさらなる高性能化が進められ、近い将来に現在の50倍の高解像度の天体画像が得られるようになる計画です。これにより、アルマ望遠鏡を用いて、高エネルギー状態にある水メーザーの観測を通してオリオンKLの性質やその周辺を回るガス円盤、噴き出す高速ジェットの詳細な撮像が可能になり、星がどのようにして生まれるかという謎の解明が進むと期待されます。
研究の背景
星(恒星)は宇宙空間に存在する希薄なガスが重力によって集まることで生まれていますが、その詳しい過程に関しては未解決の問題が多く残されています。たとえば、「重い星はどのように作られるのか?」「軽い星と重い星のでき方は同じなのか?」という疑問には、まだはっきりと答えることができません。その理由の一つに、重い星が生まれている領域はほとんどが太陽系から非常に遠くにあり、星のすぐ近くの様子を詳しく観測するのが困難であるということが挙げられます。
星がどのようにして生まれるかを調べるのに最も有望な天体として、オリオン大星雲中にある「オリオンKL」という赤外線を強く放射する星雲が知られています。オリオンKLは、太陽の8倍の重さを超える重い星が生まれつつある領域の中では太陽系から最も近い天体(約1400光年)であり、1967年の発見以来多くの研究がなされてきました。実際、すばる望遠鏡でも最初の観測はオリオンKLでした。
図1. すばる望遠鏡によるオリオン大星雲の赤外線写真
右上に見えるオレンジの星雲にオリオンKLがあります。赤丸は、本研究でアルマ望遠鏡が観測した範囲(視野)です。
文字のない画像は、すばる望遠鏡:観測成果:オリオン星雲
今回の研究の着想
本研究グループでは、国立天文台のVERA(注1 )という電波望遠鏡ネットワークを用いて、オリオンKLにおける水分子や一酸化ケイ素分子からのメーザー(レーザーのような強い電波)の高解像度観測を行ってきました。
オリオンKLの中心には、生まれたばかりの星としては極めて特異な天体「オリオンKL電波源I」が存在しています。この天体は若いにも関わらず、年老いた星でよく見られる一酸化ケイ素メーザーを放射しています。このメーザーを放射している天体は、年老いた星以外ではOrion KLを入れて3天体しかありません。電波源I の詳しい様子は、未だに解明されていません。本研究グループは、「年老いた星と同じく一酸化ケイ素メーザーが検出される電波源I では、年老いた星で見られるように、星のごく近くにある高温ガスからの放射が他にも検出されるのではないか?」と考え、温度3200℃の高温分子ガスから放射される高エネルギー状態(振動励起状態)の水メーザー(波長1.3mm、周波数232GHz)に着目しました。過去の口径10mクラスの電波望遠鏡によるオリオンKLの観測ではそのような放射は検出されていませんでしたが、アルマ望遠鏡による桁違いの感度と高い解像度ならば初検出も十分あり得ます。そこで、本研究グループはアルマ望遠鏡によるオリオンKLの科学評価観測データ(注2 )の解析に着手しました。
アルマ望遠鏡による観測結果
オリオンKL天体の科学評価観測は、16台のパラボラアンテナを使って2012年1月20日に行われました。本研究グループはこの観測で得られた232GHzの電波データを元に、水分子が発するメーザー(水メーザー)の探索と画像合成処理を行いました。
解析の結果、水メーザーと一致する周波数で明らかな電波が検出されました。過去の観測では、この周波数帯付近では分子が放つ電波かノイズか判別がつかないレベルのデータしか得られておらず、新発見の電波放射であることは明らかでした。慎重を期すため、星間分子のデータベースを調べたところ、水メーザーとほぼ同じ周波数に他の分子(ギ酸メチル、HCOOCH3)が放つ電波も入ってくることが分かりました。
研究グループの代表である廣田氏は、「もし今回の観測がこれまで同様単一の電波望遠鏡によるものであれば、『検出された電波は水分子かギ酸メチルか判別不能』という結論で、新しいことは何も分からなかったはずです。ですが、アルマ望遠鏡では高い解像度を活かして天体のどの位置から電波が強く出ているかを調べることができるため、より詳しい検討が可能になりました。」とアルマ望遠鏡データの優位性を語ります。この検討の結果、水メーザーはギ酸メチルが放つ電波とは異なる場所で強くなっていることが分かりました(図2)。水メーザーの強い場所は電波源I に一致しており、予想通り、この天体の周りにある高温ガスから高エネルギー状態の水メーザーが放射されていることが明らかになりました。このような高エネルギー状態の水メーザーが電波源I のような生まれたばかりの星の周りで見つかったのは、今回が初めてのことです。
図2. アルマ望遠鏡で観測されたオリオンKLの電波写真
a: 周波数232GHzの電波強度分布。水メーザーと、ほぼ同じ周波数にあるギ酸メチル分子が放つ電波が混ざっています。電波源I (赤い十字)付近に明るい成分があります。
b: ギ酸メチルが放つ別の周波数の電波の強度分布。ギ酸メチルは電波源I の周りにはなく、電波源I とは別の分子ガスにあることが分かりました。
c: aの電波写真とbの電波写真の引き算(a-b)の結果。つまり、水メーザーの周波数付近のデータに混ざったギ酸メチルが放つ電波の寄与を差し引いた画像です。電波源I付近にだけ明るい成分が残っており、これが水メーザーの強度分布と推測できます。水メーザーを出す高温ガスの広がりは現時点でのアルマ望遠鏡の解像度(図右下のだ円)と同じかそれよりも小さく、今後のより高い解像度での観測が期待されます。
では、今回新たに見つかった高エネルギー状態の水メーザーは電波源I のどのあたりから出ているのでしょうか。これを考えるヒントになるのは、VERAによってすでに得られていた一酸化ケイ素メーザーとより低いエネルギー状態の水メーザーの観測データです。アルマ望遠鏡のデータと過去に得られたデータを比較すると、これらの電波がほぼ同じ速度で運動するガスから放射されていることが分かりました。
図3. 電波源I付近での高エネルギー状態の水メーザー(今回のアルマ望遠鏡の結果:黒)、センチ波の低エネルギー状態の水メーザー(米国のVLAの観測結果:赤)、一酸化ケイ素メーザー(本研究グループによるVERAの観測結果:青)の比較
全てのデータで、ガスの速度が秒速-2.1km(地球に近づいてくるガスの速度)と+13.3km(地球から遠ざかるガスの速度)周辺で強度が強くなっていることが分かります。
一酸化ケイ素メーザーは電波源I の周囲にあるガス円盤から、低エネルギーの水メーザーは円盤の回転軸にそって噴き出す高速ジェットから放射されていると提唱されています。そのため、今回アルマ望遠鏡で見つかった高エネルギー状態の水メーザーも、電波源I ごく近傍のジェットかガス円盤中の高温ガスから放射されていると予想されます。
図4. 電波源I の想像図
一酸化ケイ素メーザーはガス円盤から、センチ波の低エネルギー状態の水メーザーがジェットから放射されていると考えられています。今回発見された高エネルギーの水メーザーは、円盤の中心にある生まれたばかりの星「電波源I」により近い高温ガスから放射されていると考えられます。アルマ望遠鏡で最高の解像度の観測を行えば、電波源Iの素顔に迫ることができると期待されます。
今後の展望
「高い感度と解像度を持つアルマ望遠鏡で、振動励起という高エネルギー状態にあるミリ波帯水メーザーがオリオンKL電波源I という生まれたばかりの星の周りで初めて検出されました。科学評価観測では、アルマ望遠鏡のアンテナは16台だけ、アンテナの間隔は最大で350mにすぎませんでしたが、たった20分の観測でこれまで検出が不可能だった微弱な水メーザーの撮像に成功しています。アルマ望遠鏡により、私たちは高エネルギー状態の振動励起水メーザーという、高温ガスの新たな観測手段を手に入れたことになります。この新しい手段により、私たちは生まれたばかりの星のより近くにまで迫る研究が可能になるのです。」と、廣田氏は今回の観測の意義を語ります。
アルマ望遠鏡が完成すれば、アンテナ数66台、アンテナの最大展開範囲は18.5kmとなり、解像度は今回の観測データの50倍に達します。今回検出された高エネルギー状態の水メーザーは、画像上では点源にしか見えず、その空間的構造を調べることができませんが、すでにVERAによって得られている一酸化ケイ素メーザーのデータとアルマ望遠鏡によって得られるミリ波・サブミリ波帯の高解像度データを組み合わせることで、オリオンKLの電波源I に付随するガス円盤、あるいは高速ジェットの姿が初めて解明されると期待されます。オリオンKLは、1967年の発見以来、未だ十分な解像度での観測が得られていない謎の天体です。アルマ望遠鏡による高解像度観測によりオリオンKLの正体が解明され、ひいてはオリオンKLのような重い星がどのようにして生まれるのか、明らかにすることができるでしょう。
[1] VERAとは、VLBI Exploration of Radio Astrometry(天文広域精測望遠鏡)の略で、岩手県奥州市、東京都小笠原村、鹿児島県薩摩川内市、沖縄県石垣市に設置された4台の直径20m電波望遠鏡を使って銀河系内のさまざまな天体までの距離を精密に測定する国立天文台のプロジェクトです。この距離の測定のために、様々な天体が出すメーザーをこれまで数多く観測してきています。オリオンKLの観測については、VERA:成果報告:Orion KL -銀河系でもっとも重要な天体について世界最高の距離精度を達成 をご覧ください。
[2] 科学評価観測とは、動き始めたばかりのアルマ望遠鏡がきちんと動作しているか、データにおかしなところがないかを確かめるための観測です。これまで他の望遠鏡でよく観測されている天体を対象とし、すでに得られている結果とアルマ望遠鏡の観測結果を比較することでその機能を確認します。この観測とデータ処理はアルマ観測所のスタッフによって行われ、解析が終了した科学評価データは広く一般に公開されており、誰でもこのデータを使って研究を行うことができます。
謝辞
本研究は、科学研究費助成事業(若手研究(A))「ALMAとVERAによるサブミリ波水メーザー源の高空間分解能観測」(代表 廣田朋也、課題番号 24684011)の補助を受けて行われています。
論文・研究メンバー
本研究は、アルマ望遠鏡による初期観測成果としては国内2番目の査読論文”The First Detection of the 232 GHz Vibrationally Excited H2O Maser in Orion KL with ALMA”としてThe Astrophysical Journal Letters 757号、L1(2012年8月28日発行)に出版されました。
今回の研究を行ったチームのメンバーは、以下の通りです。
・ 廣田朋也(国立天文台水沢VLBI観測所 助教)
・ 金美京 (国立天文台水沢VLBI観測所 研究員)
・ 本間希樹(国立天文台水沢VLBI観測所 准教授)
アルマ望遠鏡
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)は、ヨーロッパ、東アジア、北米がチリ共和国と協力して建設する国際天文施設である。ALMAの建設費は、ヨーロッパではヨーロッパ南天天文台(ESO)によって、東アジアでは日本自然科学研究機構(NINS)およびその協力機関である台湾中央研究院(AS)によって、北米では米国国立科学財団(NSF)ならびにその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)によって分担される。ALMAの建設と運用は、ヨーロッパを代表するESO、東アジアを代表する日本国立天文台(NAOJ)、北米を代表する米国国立電波天文台(NRAO)が実施する(NRAOは米国北東部大学連合(AUI)によって管理される)。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とする。