宇宙には、さまざまな姿を見せる天体があります。生まれたばかりの原始星HH212もそのひとつです。星を取り巻く塵の円盤を真横から見る形になっていて、しかもその中心面に暗い筋が入っているため、まるでハンバーガーのように見えるのです [1] 。HH212は、オリオン座の方向に約1300光年のところにあり、年齢はわずか4万歳(太陽の年齢の10万分の1)というきわめて若い星です。
台湾 中央研究院天文及天文物理研究所のチンフェイ・リー氏をはじめとする研究チームは、この「ハンバーガー原始星」をアルマ望遠鏡で観測し、ふたつの大きな発見をしました。
ひとつめの発見は、原始星を取り囲む円盤の上空部分に、複雑な有機分子を発見したことです。この観測で発見された有機分子は、メタノール(CH3OH)とその水素の一部が重水素(D)に置き換わったCH2DOH、メタンチオール(CH3SH)、ホルムアミド(NH2CHO)です。複雑な有機分子は、生命の起源にも関連するかもしれないアミノ酸の材料にもなりうる物質です。これまでに原始星の周囲に複雑な有機分子が検出された例はアルマ望遠鏡による観測でも何度かありましたが [2] 、原始星のまわりのどのあたりに分布しているのか、画像としてとらえられたのは今回が初めてのことでした。
チンフェイ・リー氏は、「ある程度進化が進んだ原始星の周囲に複雑な有機分子が見つかった時、もっと若い星のまわりにもあるのだろうか、という疑問を私たちは持ったのです。アルマ望遠鏡の高い解像度と感度のおかげで、より若い原始星の周囲に複雑な有機分子を見つけただけでなく、その分布まで描き出すことができました。」と語っています。また、共同研究者のジーユン・リー氏(バージニア大学)は、「こうした分子は、氷に覆われた塵の表面で合成されたのち、原始星からの光や衝撃波で温められて気化したものと考えられます」と語っています。
この発見は、星や惑星が作られていく過程において、生命の材料になりうる分子がどこでどのような化学反応を経て作られるのか、という謎に迫る上で重要な意味を持っています。
もうひとつの発見は、この原始星から噴き出すガスのジェットが回転していることを明らかにしたことです。これは、星の誕生に関する長年の謎である「ガスがどのように原始星に降り積もるのか」という問題を解く手がかりになるものです。
星は、ガスや塵が集まって生まれます。母体となるガス雲はわずかに回転していて、ガスや塵が中心部に集まるにつれてその回転は速くなります。速く回転すると遠心力も強くなってしまうため、ガスや塵がそれより内側に落下できなくなります。これでは星が成長することができませんので、実際の宇宙では何らかのメカニズムによって回転の勢いが抜き取られていると考えられてきました。その有力な候補が、赤ちゃん星が産声のように噴き出すガス流(ジェット)だったのですが、これまでのその回転ははっきりとは捉えられていませんでした [3] 。
HH212は、非常に細く絞られた高速のジェットを噴き出していることで有名です。今回、アルマ望遠鏡の高い解像度のおかげで、HH212から噴き出すジェットの根元を詳しく観測することができました。その解像度は、1300光年離れたHH212のまわりで8天文単位(地球と太陽の間の距離の約8倍)のものが見分けられるほどでした。これまで原始星ジェットはさまざまな望遠鏡で観測されてきましたが、これほど高い解像度で観測されたのは今回が初めてでした。その結果、ジェットが回転していることがわかりました。チンフェイ・リー氏は、「原始星が塵のハンバーガーを一口食べるごとに、弾丸のようなガスのかたまりが回転しながら飛び出しているのです」と語っています。
論文・研究チーム
原始星ジェットの回転に関する研究成果は、Lee et al. “A rotating protostellar jet launched from the innermost disk of HH 212”として、イギリスの天文学専門誌『ネイチャー・アストロノミー』オンライン版に2017年6月13日(日本時間)に掲載されました。
また、複雑な有機分子に関する研究成果は、Lee et al. “Formation and Atmosphere of Complex Organic Molecules of the HH 212 Protostellar Disk”として、アメリカの天文学専門誌『アストロフィジカル・ジャーナル』に2017年7月1日に掲載されました。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Chin-Fei Lee (ASIAA) Zhi-Yun Li (University of Virginia), Paul T. P. Ho (East Asia Observatory/ASIAA), 平野尚美 (ASIAA), Qizhou Zhanb (Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics), Hsien Shang (ASIAA)
1 | HH212は以前からよく知られた原始星でしたが、ハンバーガーのような形が明らかになったのは、同じくチンフェイ・リー氏らが行ったアルマ望遠鏡での観測によるものでした。詳しくは、2017年4月20日の最新情報「惑星誕生現場の横顔 ―塵のハンバーガーで育つ赤ちゃん星」をご覧ください。 |
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2 | アルマ望遠鏡による原始星IRAS16293-2422の観測で、単純な糖類分子のひとつであるグリコールアルデヒドや、アミノ酸の材料であるイソシアン酸メチルが発見されています。詳しくは、2012年8月29日のプレスリリース「アルマ望遠鏡、赤ちゃん星のまわりに生命の構成要素を発見」、2017年6月15日の最新情報「太陽に似た若い星のまわりに、アミノ酸の材料を発見」をご覧ください。 |
3 | 国立天文台の廣田朋也氏らがアルマ望遠鏡を用いて大質量原始星オリオンKL電波源Iを観測した結果、大きく広がりながら噴き出すガスが回転していることが明らかになりました。HH212はその質量が太陽の2割ほどしかない小質量星であるため、これらの観測成果を合わせると、小質量原始星でも大質量原始星でも、噴き出すガスが回転することによって回転の勢いを持ち去っていることが明らかになったといえます。これらの観測成果は、『ネイチャー・アストロノミー』の同じ号に並んで掲載されました。詳しくは、2017年6月13日のプレスリリース「産声から探る巨大赤ちゃん星の成長」をご覧ください。 |