死にゆく星からの恒星風の加速、酸化アルミニウム形成が引き金 ―アルマ望遠鏡が明かすケイ酸塩に乏しい質量放出星の謎―

太陽のようにあまり質量が大きくない恒星は、その晩年に大量のガスや固体微粒子(ダスト)を宇宙空間へ放出します。この漸近巨星分枝星は銀河系における金属元素の主要な供給源として重要な役割を担っています。宇宙の中でケイ素はアルミニウムに比べ10倍近く豊富な元素ですが、漸近巨星分枝星の中には少ないはずの酸化アルミニウムダストが豊富で、多く含まれてしかるべきケイ酸塩ダストが少ないものが数多く観測されています。このような逆転現象が観測される理由は謎に包まれたままでした。

瀧川 晶 京都大学白眉センター 特定助教、上塚貴史 東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター 特任研究員、橘 省吾 北海道大学理学研究院 准教授(現東京大学大学院理学系研究科 教授)、山村一誠 JAXA/ISAS 准教授は、アルマ望遠鏡を用い漸近巨星分枝星うみへび座W星の周りのAlOガス分子とSiOガス分子の分布をこれまでにない高い精度で捉えることに成功しました。AlOガス分子の分布は中心星近傍のダスト分布とよく一致しており、AlOガスから酸化アルミニウムダストが過去の観測通り形成されていることがわかります。一方でSiOガス分子は5恒星半径以遠まで拡がっており、ガスからケイ酸塩ダストが作られる割合が低いことも発見しました。恒星の近くで形成・成長した酸化アルミニウムダストが恒星からの光を受けて質量放出風の加速を助け、結果としてケイ酸塩ダストの形成を妨げたと考えられます。本結果は、酸化アルミニウムダストが豊富でケイ酸塩ダストに乏しい漸近巨星分枝星でのダスト形成の謎を解く鍵となる発見です。

アルマ望遠鏡が観測したうみへび座W星の周囲のガスの広がり

アルマ望遠鏡で観測したうみへび座W星。星とその周囲のSiO分子が放つ電波を赤、AlO分子が放つ電波を黄色で着色。SiO分子が大きく広がっていることがわかる。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Takigawa et al.

背景

 太陽のような低中質量星の一生の末期にあたる漸近巨星分枝星は銀河系の金属元素を供給しており、太陽系を形作る元素の多くもこの過程を経ています。漸近巨星分枝星の周りには、ケイ酸塩や酸化アルミニウムが1μm以下程度の大きさのダストとして豊富に存在することが知られています。漸近巨星分枝星のダストは、恒星からの光を受けて質量放出風を加速させるためにとても重要です。太陽の元素組成に基づくと、酸化アルミニウムダストはケイ酸塩ダストの1/10程度しか存在しないはずですが、約40%の酸化的な漸近巨星分枝星の周りには、酸化アルミニウムダストが豊富に観測されます。酸化アルミニウムが豊富に観測される一方、ケイ酸塩があまり観測されない漸近巨星分枝星が多く存在することは大きな謎とされていました。

研究手法・成果

アルマ望遠鏡は極めて高い空間分解能をもっているため、今まさにガスからダストが作られようとしている恒星近くの現場を観測することが可能です。うみへび座W星は酸化アルミニウムダストに富む漸近巨星分枝星のひとつです。もし本当にこの星がケイ酸塩ダストに乏しく酸化アルミニウムダストに富んでいるならば、AlOガス分子は恒星近傍で酸化アルミニウムダストを形成するのに使われ、SiO分子はケイ酸塩ダストにならずにガスとして残っていると予想されます。これを実証するために、周囲のAlOとSiOガスの空間分布を観測しました。

 その結果AlOガスとSiOガス分子の分布を、30–40 ミリ秒角という高い空間分解能で明らかにしました。AlOガス分子が中心星から3恒星半径以内に分布する一方、SiOガス分子は5恒星半径以遠まで拡がっていることがわかりました。AlO分子の分布は、過去に観測されたダスト分布と非常によく一致しており、3恒星半径以内に酸化アルミニウムダストが濃集している可能性を示します。また、周囲のガスと比べて速い速度で放出されるSiOガスの塊が、ダストが観測される領域もしくはやや外側に複数観測されました。モデル計算との比較をおこなった結果、恒星から放出されるSiOガス分子のうち、30%以下しかダストにならず、残りはガスのまま残っていることがわかりました。

 これらの結果から、うみへび座W星の近くで酸化アルミニウムが形成・成長し、さらにいくらかのケイ酸塩ダストが凝縮することで、質量放出風の加速を引き起こしたと考えられます。加速した恒星風の中ではさらなるケイ酸塩の形成は阻害されるため、結果としてケイ酸塩ダストに乏しい恒星になります。

 うみへび座W星だけでなく、多くの酸化アルミニウムに富む漸近巨星分枝星においても同様のことがおこっていると考えられます。酸化アルミニウムの形成が漸近巨星分枝星の質量放出風の加速やケイ酸塩ダストの形成効率に影響を及ぼすという結果は、銀河系における物質循環を理解するためには、異なるタイプの恒星毎にダスト形成の違いを考えなければならないことを示しています。

うみへび座W星での酸化アルミニウムとケイ酸塩ダストの形成および質量放出風の加速のイメージ図。

中心星の近くで酸化アルミニウムが形成・成長し、さらにケイ酸塩ダストの一部が凝縮することで、質量放出風の加速がおこる。加速した恒星風の中ではさらなるケイ酸塩ダストの形成は阻害される。
Credit: 瀧川晶(京都大学)

波及効果、今後の予定

 本結果により、恒星の周りのダストを調べるために、ダスト自体を調べるだけでなく、ダストを形成するガス分子を観測することも重要であることが示されました。これまで赤外線を使ったダストそのものの観測により進められてきた「宇宙鉱物学」が、ガスを使って星周塵の形成を明らかにしようとする「ガスからの宇宙鉱物学」へ発展していく足がかりになります。恒星の周りでのダスト形成を理解するためには、今後もアルマ望遠鏡を使って、多様なガス分子とそれらの恒星近傍における化学反応を調べることが必要です。

論文・研究チーム
この研究成果は、Takigawa et al. “Dust formation and wind acceleration around the aluminum oxide–rich AGB star W Hydrae”として、2017年11月2日発行の科学誌『サイエンス・アドバンシズ』に掲載されます。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
瀧川晶(京都大学)、上塚貴史(東京大学)、橘省吾(北海道大学、現 東京大学)、山村一誠(宇宙航空研究開発機構)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No.12J02495、15K17787)の支援を受けて行われました。

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