2020.04.07
クエーサー3C279の中心で輝くジェットをEHTが高解像度で観測
3C 279は、おとめ座の方向に地球からおよそ50億光年の距離に存在する銀河です。3C 279の中心には、太陽のおよそ10億倍の質量を持つ超巨大ブラックホールがあります。これは、私たちが住む天の川銀河の中心部にあるブラックホールの200倍以上の質量に相当します。超巨大ブラックホールに大量のガスが落下することで巨大なエネルギーが解き放たれ、極めて強い光を出しています。しかし地球からは非常に遠くにあるため、ほとんど点にしか見ることができません。このような天体を、一般に「クエーサー」と呼びます。超巨大ブラックホールの重力に引きつけられたガスはブラックホールの周囲に円盤を作り、その一部が細く絞られたガス流(ジェット)として光速に近い速度で円盤の両側に噴き上げられています。
EHTによる3C 279の観測は、2017年4月に実施されました。アルマ望遠鏡を含む、世界の望遠鏡を仮想的に結合することで、3C 279においてわずか0.4光年のサイズを分解することができる超高解像度(解像度20マイクロ秒角。1マイクロ秒角は角度の1度の36億分の1)が実現されたのです。この解像度は、月面に置かれたオレンジが地球から見える視力に相当します。EHTの観測に参加した各望遠鏡で記録されたデータは、ドイツのマックスプランク電波天文学研究所とアメリカのマサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所に集められ、専用の高性能コンピュータで合成されました。その後、研究チームが注意深くこのデータを処理・解析し、地上観測としては史上最も高い解像度の天体観測画像が得られたのです。
EHTの高い解像度により、超巨大ブラックホール近傍から噴出するジェットの根元をこれまでになく詳しく見ることが可能になりました。今回の新たに解析されたデータからは、通常はまっすぐ伸びているジェットがすこしねじれた形状をしていること、ジェットに垂直な構造があることが明らかになりました。ジェットに垂直な構造が見えたのは今回が初めてのことで、これはジェットが吹き出す降着円盤の極の部分を見ている可能性があると研究チームは考えています。また、4日間の観測の間にその形状は細かく変化しており、降着円盤の回転とガスの降着、ジェットの放出のようすを知る手がかりになると考えられます。このような変動は、従来は理論シミュレーションでしか見られていないものでした。
解析をリードしたキム氏は、「宇宙への新しい窓を開けた時には、必ず新しい発見があることを私たちは知っています。可能な限り高解像度な観測をすることでジェットが形作られる領域を見ることができると期待していたところで、私たちはジェットに垂直な構造を見つけたのです。マトリョーシカを順に開けていって、最後にまったく違う形の人形が出てきたようなものです。」と語っています。
アルマ望遠鏡のVLBI観測をリードしたビオレッテ・インペリツェッリ氏は「今回の結果は、ブラックホールからのジェット形成を研究しているすべての人にとって、夢がかなったともいえる成果です。私は、15年前からジェットの根元を解像するために努力してきました。アルマ望遠鏡と他の望遠鏡が協力することで、今回の成果がもたらされたのです。」
研究チームの一員である秦和弘 国立天文台水沢VLBI観測所助教は、「今回観測されたクエーサーは、宇宙で最も強力なジェットを噴出する巨大ブラックホールとして長年知られています。その一方でクエーサーはブラックホール・シャドウが撮影されたM87よりも地球から遥かに遠くに位置するため、ジェットの根元の構造を詳しく撮影するにはこれまで以上に高い視力が必要でした。今回の成果は、EHTがブラックホール撮影のみならず、強力なジェットの生成メカニズムの解明にも極めて有効であることを示しています。」と語っています。
ペリメーター研究所とウォータールー大学に所属する天文学者のエイブリー・ブロデリック氏は「3C 279の中心部で電波を強く出していた『コア』が、EHTの観測ではふたつの部分に分解してみることができました。しかも、これらは動いていました。3C 279のジェットは、私たちに向かって光速の99.5%もの速度で移動しているのです!」とコメントしています。
これほどの高速で移動しているため、3C 279のジェットは光速の20倍もの「見かけの速度」を持っています [1] 。ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのドム・ペセ研究員は「ジェットを構成する物質は非常に速い速度で移動しているので、その物質が放った光とまるで競争しながら私たちに向かってきています。このために、物質が光速を超えた速度で動くように見える『幻覚』が起きるのです。」と語っています。観測結果に現れた予想外のジェットの構造は、回転し折れ曲がったジェットの内部に衝撃波や不安定性が存在することを示しています。もしかしたら、これが3C 279で観測される高エネルギーのガンマ線の起源かもしれません。
マックスプランク電波天文学研究所の所長でEHTコラボレーション評議会の議長を務めるアントン・ゼンサス氏は、これはグローバルな協力の結果得られた成果であることを強調しています。「昨年、私たちはブラックホール・シャドウの初めての画像を発表することができました。今回は、クエーサー3C279のジェットの形状が予想外に変化していることを発見しました。しかしこれで終わりではありません。まだ始まりにすぎないのです。」
EHTの初代ディレクターであるシェップ・ドールマン氏は「EHTは常に進化しています。クエーサーの新しい観測成果は、EHTが持つ比類なき性能が幅広い科学の謎を解き明かすことができることを示しています。そしてこの能力は、望遠鏡をさらに加えていくことで向上します。私たちは、ブラックホール画像をより鮮明に撮影し、さらに初めての動画を撮影するために、次世代のEHTを実現すべく努力しています。」とコメントしています。
EHTの観測は、毎年北半球の春の季節に行われますが、2020年3月から4月に予定されていたEHTの観測は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のためにキャンセルされました。EHT副プロジェクトディレクターを務めるMITヘイスタック観測所のマイケル・ヘクト氏は「私たちは、2017年に得たデータの論文化するための活動と、新しい望遠鏡を加えて2018年に取得したデータの解析に集中しています。2021年春に、11台の望遠鏡でEHT観測を行うことを楽しみにしています。」と語っています。
論文情報
この観測成果は、J. Y. Kim et al. “Event Horizon Telescope imaging of the archetypal blazar 3C 279 at an extreme 20 microarcsecond resolution”として、ヨーロッパの天文学専門誌「アストロノミー・アンド・アストロフィジクス」誌に2020年4月に掲載されます。
参考情報
今回の成果に貢献した望遠鏡は、アルマ望遠鏡、APEX(以上、チリ)、IRAM 30m望遠鏡(スペイン)、ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡、サブミリ波干渉計(以上、米国ハワイ州)、サブミリ波望遠鏡(米国アリゾナ州)、大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、および南極点望遠鏡です。これらの望遠鏡で同時に同じ天体を観測し、そのデータを後から結合して一つの巨大な仮想望遠鏡を構成する「超長基線電波干渉法(Very Long Baseline Interferometry)」という技術を用いています。これにより、EHTは20マイクロ秒角(1マイクロ秒角は角度の1度の36億分の1)という高い解像度を実現しました。データの合成は、マックスプランク電波天文学研究所とマサチューセッツ工科大学(MIT)ヘイスタック観測所で行われました。EHTの観測には上記の8台に加え、グリーンランド望遠鏡が2018年に参加し、IRAM NOEMA干渉計とキットピーク電波望遠鏡が20201年から参加する予定です。
EHTコンソーシアムは、以下の13の機関が参加しています。中央研究院天文及天文物理研究所(台湾)、アリゾナ大学(米国)、シカゴ大学(米国)、東アジア天文台、ゲーテ(フランクフルト)大学(ドイツ)、マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所(米国)、ミリ波電波天文学研究所(フランス、スペイン)、アルフォンソ・セラノ大型ミリ波望遠鏡(メキシコ)、マックスプランク電波天文学研究所(ドイツ)、自然科学研究機構国立天文台(日本)、ペリメーター研究所(カナダ)、ラドバウド大学(オランダ)、スミソニアン天体物理学観測所(米国)
1 | この宇宙では、光より早く進む物体は存在しません。しかし、クエーサーのジェットでは、見かけ上、光速を超えた速度で運動しているように見える現象が知られています。「超光速運動」とも呼ばれます。物体が、光速に近い速度で私たちに対して斜め方向に近づきながら電磁波を放射している場合に起きる現象です。詳しくは、天文学辞典「超光速運動」をご覧ください。 |
---|