銀河系の果てに多様な有機分子を発見! - アルマ望遠鏡が捉えた銀河系最外縁部の赤ちゃん星

銀河系の果てで、生まれたばかりの星とそれを包む有機分子の雲が初めて発見されました。
新潟大学研究推進機構超域学術院の下西隆研究准教授、国立天文台の古家健次特任助教、安井千香子助教、台湾中央研究院天文及天文物理研究所の泉奈都子博士後研究員の研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、私たちの住む銀河系の最外縁部を観測し、これまで知られていなかった新たな原始星(赤ちゃん星)を発見しました。さらに、この星には水や複雑な有機分子を含む化学的に豊かな分子ガスが付随していることを明らかにしました。銀河系の最外縁部は、銀河系が作られ始めた頃の原始的な環境を今に残していると考えられています。今回の発見は、宇宙史を通した星・惑星材料物質の化学的多様性の理解に大きく貢献すると期待されます。
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銀河系の最外縁部に発見された原始星とそれを取り巻く有機分子の雲の想像図
Credit: 新潟大学

 

 

星や惑星は、分子雲と呼ばれるガスや塵(ちり)のかたまりの中で誕生することが知られています。通常、分子雲の大部分は極めて低温(マイナス260度以下)であるため、炭素・窒素・酸素などを含む分子の多くは氷 [1] の状態で存在しています。しかし、星が誕生し、周囲の物質が温められはじめると、これらの氷は解け、ガスの状態で放出されます。また、この過程において、塵の表面やガス中での化学反応により複雑な有機分子が生成されると考えられています。星形成天体の雪解けともいえるこのような現象は、惑星系の材料物質の化学進化にも大きな影響を与えます。

原始星周囲の多様な有機分子を含むガス雲はホットコア [2] と呼ばれ、一酸化炭素や水のような単純な分子から、生命関連物質の材料となり得る複雑な有機分子まで、化学的に豊かで多様な分子が天文観測により検出されることが知られています。よって、これらの化学組成を調べることは、宇宙における星・惑星・生命の材料物質の多様性を理解する上で重要です。

銀河系最外縁部とは、私たちの住む銀河系の果ての領域のことです [3] 。この領域は、炭素や酸素、窒素といった重元素が太陽系近傍よりも少ないことが知られています。また、銀河系の星形成の主要な場となっている銀河の腕(渦状腕)も最外縁部には見つかっていません。これらの特徴は、銀河系の形成初期に存在していた原始的な環境と共通しています。このため、太陽系が誕生した46億年前、またはそれ以前の宇宙において、現在の太陽系に見られるような有機物に富んだ姿は普遍的だったのか、それとも特殊だったのか、また有機物に富んだ惑星系へと進化するための条件は何だったのか、といった問いに答える上で銀河系の最外縁部は重要な研究対象です。

近年の研究により、銀河系最外縁部には分子雲や原始星候補天体がいくつか見つかっていましたが、太陽系近傍の星形成領域に比べて研究が進んでおらず、星・惑星材料物質の化学組成の研究に至ってはほとんど未開拓の領域でした。

今回、研究チームは南米チリのアタカマ砂漠にあるアルマ望遠鏡を用いて、銀河系最外縁部にある星形成領域 WB89-789を観測しました。この天体は、銀河系の中心から約6万2千光年と遠く離れています。ガスや塵の大部分が分布している銀河系の円盤部の半径が5万から6万5千光年程度ですので、まさに銀河の最外縁に位置しています。

観測の結果、研究チームはこの領域に生まれたばかりの星を発見しました。さらに、検出された分子輝線を解析し、この天体には水や複雑な有機分子などを含む非常に化学的に豊かな分子ガスが付随していることを明らかにしました。銀河系最外縁部において、原始星やそれを取り囲む有機分子の雲が検出されたのは今回が初めてです。検出された30種類以上の分子の中には、エタノール(C2H5OH)、ギ酸メチル(HCOOCH3)、ジメチルエーテル(CH3OCH3)、アセトアルデヒド(CH3CHO)などの星間空間では比較的大きな有機分子や、アセトニトリル(CH3CN)やプロピオニトリル(C2H5CN)などの窒素を含む有機分子など、多種多様なものが含まれていました。

 

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アルマ望遠鏡により発見された銀河系最外縁部の赤ちゃん星の電波スペクトル(上側)と分子輝線分布(下側)の一例。星を包む塵(ダスト)、ホルムアルデヒド(H2CO)、エチニルラジカル(CCH)、一硫化炭素(CS)、一酸化硫黄(SO)、一酸化ケイ素(SiO)、アセトニトリル(CH3CN)、ホルムアミド(NH2CHO)、プロパンニトリル(C2H5CN)、ギ酸メチル(HCOOCH3)、エタノール(C2H5OH)、アセトアルデヒド(CH3CHO)、重水素化した水(HDO)、メタノール(CH3OH)などの画像が示されています。右下には観測した領域の赤外線2色合成画像(赤が2.16μm、青が1.25μm、2MASSデータベースより)を示しており、今回の原始星は緑色の四角で囲まれた領域に位置します。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), 下西隆/新潟大学

 

新潟大学の下西隆研究准教授は、「私たちの住む銀河系には、星・惑星形成や星間物質の研究が及んでいない未知の領域がまだまだたくさんあります。太陽系近傍とは大きく環境の異なる銀河系最外縁部のような原始的な領域で、今まさに星が生まれ、そしてそこでは化学的に豊かな物質進化が起きていることは驚きでした。複雑な有機分子が作られる環境は、宇宙史の比較的初期の段階から存在していた可能性があります。」とコメントしています。

研究チームは、今回発見された天体の化学組成を、銀河系の内側にある同様の天体のものと比較しました。その結果、複雑な有機分子の存在割合が、非常に類似していることが明らかになりました(ここではメタノール分子に対する割合を比較しています)。これは、銀河系最外縁部のように重元素量が少ない原始的な環境においても、複雑な有機分子が銀河系の内側と同じような効率で生成されることを示唆しています。

私たちの住む太陽系に見られるような有機物に富んだ姿は、宇宙史を通じてありふれていたのでしょうか?今回発見された天体については、様々な有機分子が検出されましたが、このような化学的に豊かな姿が銀河系の最外縁部にある他の原始星にも存在するかどうかは未だ不明です。また、どのような条件が揃えば、生命関連物質の材料ともなり得る複雑な有機分子に富んだガスをまとう原始星へと進化していくのかもまだよく分かっていません。今後、アルマ望遠鏡などを用いて、同様の天体の探査観測が進めば、銀河系の原始的な環境下における星形成・物質進化の詳細な様子が、より多くの天体について明らかになることが期待されます。

国立天文台の古家健次特任助教は、「銀河系最外縁部のような重元素が少ない環境下でも、複雑な有機分子が効率的に作られることが今回の観測で明らかになりました。宇宙において有機分子がどのように作られるかについては未解明な部分も多いですが、異なる星形成環境における有機分子の観測と理論研究からの予測を比較することで、その謎に迫ることができると考えています。」と語っています。

 

論文情報
この研究成果は、Takashi Shimonishi et al. “The detection of a hot molecular core in the extreme outer Galaxy”として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に2021年12月1日(米国東部時間)付で掲載されます(doi: 10.3847/1538-4357/ac289b)。

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 19H05067, 21H00037, 21H01145)の支援を受けて行われました。


1 宇宙には塵(ちり)またはダストと呼ばれる固体微粒子が存在します。分子雲内部の極低温かつ密度の高い領域では、このダストの表面に気体の原子・分子が吸着し、氷が生成されます。これらは星間氷と呼ばれています。ダスト表面での化学反応は、星や惑星が誕生する領域における分子生成のメカニズムの一つとして重要であると考えられています。
2 原始星の周りには、分子雲段階で生成された氷が溶けることで、暖かい分子ガスが大量に存在する領域が作られます。このような生まれたばかりの星を繭のように包む暖かい分子の雲は、ホットコアと呼ばれています。暖かいといっても、マイナス150度前後からせいぜい室温程度です。星形成初期の分子雲の状態に比べれば十分に暖かいので、ホットという表現が使われます。
3 私たちの住む銀河系の中では、ガスや塵の大部分は銀河円盤と呼ばれる領域に分布しています。銀河円盤の大きさは半径5万から6万5千光年程度です。太陽系は、銀河の中心から約2万6千光年離れた場所に位置しています。銀河系外縁部とは、一般に銀河中心から約4万4千光年以上離れた領域のことを指します。銀河中心から約6万光年以上と特に離れた領域は、銀河系”最”外縁部と呼ばれます。これが今回の研究対象です。

 

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