「これまでは、ブラックホールとジェットを別々の画像で見ていましたが、今回は新たな波長帯を用いることで、ブラックホールとそのジェットを1枚のパノラマ写真に同時に収めることができました。」上海天文台の主任研究員であり、中国科学院のマックス・プランク研究グループのリーダーでもあるルーセン・ルー氏はこのように語っています。ブラックホールを取り巻く物質は、「降着」と呼ばれるプロセスによってブラックホールに落下すると考えられていますが、その様子を直接捉えることはできていません。加えて、ルーセン・ルー氏は、次のように説明しています。「波長3.5 mmで観測したリングは、以前に観測した結果と比べて直径も厚さも増大しています。これは、ブラックホールに落ちた物質が放射を増加させ、それが新たな画像として観測されていることを示しています。これにより、ブラックホール付近で起こっている物理的プロセスの全体像をより的確に把握することができます。」
アルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡がGMVA観測に参加し、その結果としてこの国際望遠鏡ネットワークの解像度と感度が向上したことにより、M87のリング状構造を波長3.5 mmで初めて画像化することが可能になりました。GMVA によって測定されたリングの視直径は 64マイクロ秒角で、これは月面上の宇宙飛行士が地球を振り返って見たときの小さな自撮り用リングライトのサイズ (5 インチ/13 cm) に相当します。この視直径は、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)が波長1.3 mmで観測したものよりも1.5倍ほど大きく、この領域における相対論的プラズマからの放射予測に合致しています。
「GMVA観測にアルマ望遠鏡とグリーンランド望遠鏡が加わり、撮像能力が大幅に向上することによって、新たな知見がもたらされ、初期のVLBI 観測時から存在が知られていた3方向に噴出するジェットを実際に見ることができました。」ドイツのボンにあるマックス プランク研究所のトーマス・クリッヒバーム博士はこのように語っています。「それだけにとどまらず、ジェットが中央の超大質量ブラックホールを取り巻く放射リングからどのように噴出しているのかを見ることができ、別の(より長い)波長でもリングの直径を測定することができるようになりました。」
「アルマ望遠鏡はミリ波VLBI観測において重要な役割を果たすことがあらためて実証されました。その大きさと地理的位置の優位性を発揮して、世界中のGMVAステーションと協力して、M87のジェットと降着流を初めて単一の画像として提供することを可能にしました。」 アルマ望遠鏡のVLBI 観測主任天文学者であり、本研究の共著者であるヒューゴ・メシアス氏はこのように説明しています。「これは私たちの知識に多大な影響を及ぼします。得られた情報は単なる画像ではありません。この成果によって、ブラックホールの成長速度やジェットがどこから噴出しているのかを推測することも可能になります。一方で、ブラックホールとジェットに関して統計的に主たる結論を導き出すためには、これと並行して他のケースについても観測と研究を進めていかなければなりません。したがって、毎年のVLBI観測にアルマ望遠鏡が参加していくことが必要になります。」
M87 からの光は、高エネルギーの電子と磁場の相互作用によって生成されており、この現象はシンクロトロン放射と呼ばれています。 波長 3.5 mm での新たな観測により、これらの電子の位置とエネルギーについての詳細が明らかになり、ブラックホール自体の性質についても新たな知見が得られました。すなわち、ブラックホールはあまりエネルギーを必要としていないということです。ブラックホールは物質をゆっくりと消費し、そのほんの一部だけを放射へと変換しています。
台湾中央研究院天文及天文物理研究所の浅田圭一副研究員は、次のように説明しています。「より大きく厚くなったリングの物理的起源を理解するには、コンピューターシミュレーションを使用してさまざまなシナリオをテストする必要がありました。その結果、リングの範囲が広がっているのは降着流と関係があるという結論に達しました。」
国立天文台の秦和弘助教は、次のように付け加えています。「我々のデータには驚くべき発見がありました。ブラックホールに近接した内部領域からの放射は我々が予想していたよりも広範囲に及んでいるということです。これは、単にガスの降着だけによるものではないことを示唆しているかもしれません。風が吹くことによってブラックホールの周囲に乱流やカオスが生じている可能性もあります。」
M87を解明する探求はまだ終わっていません。さらなる観測と強力な望遠鏡群がその秘密を解き明かし続けています。韓国天文研究院のパク・ジョンホ主任研究員は、次のように述べています。「ミリ波での将来の観測では、M87ブラックホールの時間変化が研究され、電波を複数の色で画像化したブラックホールの多色画像が提供されるでしょう。」
アルマ望遠鏡は、M87 やその他の天体のさらなる研究を目的として、2023 年 4 月 12 日から 5 月 10 日までの新たなVLBI 観測キャンペーンに参加しています。
追加情報
この研究成果は、“A ring-like accretion structure in M87 connecting its black hole and jet” として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年4月26日付で掲載されました。
(doi: 10.1038/s41586-023-05843-w).
本研究では、グローバルミリ波VLBI 観測網 (GMVA)で得られたデータを利用しています。GMVAは、ドイツのマックス・プランク電波天文学研究所(MPIfR)、フランスのミリ波電波天文学研究所(IRAM)、スウェーデンのオンサラ天文台(OSO)、フィンランドのメツァホビ電波天文台 (MRO)、スペインのイエベス、韓国 VLBI ネットワーク (KVN)、米国のグリーンバンク望遠鏡 (GBT)および超長基線電波干渉計群 (VLBA)が運営する望遠鏡で構成されています。
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。
アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。
グリーンランド望遠鏡 (GLT) の改修、再建、運用は、台湾中央研究院天文及天文物理研究所(ASIAA)およびスミソニアン天体物理観測所(SAO) によって主導されています。
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