世界最高性能のサブミリ波(テラヘルツ)受信機の実現 ―ALMAにおける最高周波数受信機バンド10の開発に成功―

鵜澤佳徳(国立天文台 先端技術センター・ALMA Band10 チームリーダ)が率いる研究チームは、周波数帯787GHzから950GHzの受信機として、世界最高性能の低雑音受信機を開発することに成功しました。同研究チームは、情報通信研究機構未来ICTセンターの協力を得て、化合物超伝導材料NbTiN(窒化ニオブ・チタン)の高品質な膜を作製し、これを用いて超伝導集積回路を設計・作製(図2)しました。
その回路を独自に開発した受信機システムに搭載して性能評価を行い、世界最高性能の低雑音受信機の開発に成功したことを証明しました(図3)。建設中のALMA(図1・注1)に搭載される10種類の受信機の中でも、開発が最も難しいとされてきた最高周波数帯、Band10受信機(注2)に関する研究開発に成功したのです。
この周波数帯には、様々な試薬類や分子ガスに特徴的なスペクトルが見つかっており、これらの試薬やガスの検出に対する応用が見込まれています。そのため、本研究成果はALMAに搭載され天文学の発展に大きく貢献するのはもちろんですが、本研究で確立された周波数1,000GHz付近の信号を受信したり伝送したりする技術は、各種検査装置開発の基盤技術としての寄与も期待されます。

本成果は2009年6月16日~19日に九州福岡で開催される超伝導エレクトロニクス国際会議(ISEC2009)において発表されます。

(図1) ALMA建設地

(図1) ALMA建設地

図2

(図2) 窒化ニオブチタン (NbTiN) を用いたサブミリ波(テラヘルツ)受信機システム(左上)。NbTiNを用いた超伝導集積回路部の電子顕微鏡写真(右下)と断面構造図(右上)。

図3

(図3)750-950 GHz 帯受信機でのこれまでの世界最高性能(動作温度4Kにおいて)はカルフォルニア工科大学やヨーロッパ代表する研究所であるSRON (Netherlands Institute for Space Research) が開発したものであったが、本研究チームが大幅に性能を向上することに成功した。

受信機の超伝導集積回路の開発

(図1)ミキサーブロック
(図1)ミキサーブロック

今回開発した周波数帯787GHzから950GHz(注3)の受信機は、パラボラアンテナの中に配置されます。宇宙から来る微弱な電波はパラボラアンテナで受信され、マイナス269度(注4)に冷却された受信機に入ります。受信機内に入った電波を収束・集中させながら、ミキサーブロック(図1)の超伝導集積回路に入力信号として入ります(図2)。超伝導伝送線路部を通った信号は、その先にある超伝導SISトンネル接合(注5) 回路部で検出されます。
超伝導集積回路では、入力信号にミキサーの雑音が加わり出力されます(図3)。従来のものでは、回路の損失が大きく電波が弱められ、感度が落ちてしまっていました。(回路損失大=S/N比 小)。今回、超伝導集積回路の超伝導伝送線路部とSIS接合の基板上に、高品質なNbTiN(窒化ニオブ・チタン:(Nb1-xTix)Nですが、ここでは表記を簡略化しています)薄膜(注6)を用いた超伝導集積回路(図4)を開発することに成功し、回路損失を極めて低くすること(S/N比 大)で高感度を達成しました。

図2

(図2)ミキサーブロック内部(左)とNbTiNを用いた超伝導集積回路部の電子顕微鏡写真(右)

(図3)出力信号の回路損失の変化

(図3)出力信号の回路損失の変化

(図4)開発した高品質なNbTiN薄膜を用いた超伝導集積回路
(図4)開発した高品質なNbTiN薄膜を用いた超伝導集積回路

開発の経緯

表1は、今回超伝導集積回路使用したNbTiNと従来用いられてきたNb(ニオブ)の比較を示しています。Nbは単一元素超伝導材料(注7) で作製が容易なため、国内外のほとんどの超伝導SIS受信機で使われています。
超伝導状態では、「電気抵抗が0」となるため、損失がほとんどありません。しかし、その動作周波数には限界があり、Nbの場合は約700GHzとなっています。それ以上の周波数では材料の性質上、超伝導状態が破壊されるため、電気抵抗が生まれ損失が非常に大きくなってしまいます。また、今回band10受信機では787GHzから950GHzの受信機を目指しているので、700GHzより更に高い動作周波数が必要でした。これまでも、高動作周波数を持つNbTiNなどの化合物超伝導材料(注8)が期待されてきましたが、高品質な薄膜作製が困難なためにこれまで高性能な受信機はありませんでした。今回、薄膜作製に実績のある情報通信研究機構未来ICTセンターの協力を得て、良質なNbTiNを開発することができました。

超伝導材料 NbTiN Nb
分類 化合物 単一元素
超伝導転移温度 15K(-258℃) 9K(-264℃)
動作周波数限界 1.2THz 0.7THz
作製難易度

(表1)超伝導材料NbTiN(今回)とNb(従来)との違い

独自の技術開発

NbTiN薄膜は、スパッタリング法(注8)により作製されました。薄膜の特性は、薄膜作製時における沢山のパラメータにより変化するため、開発した高品質な薄膜も、最適な条件を見つけるのは非常に難しいことでした。我々は、これまでの薄膜作製の経験と予備的実験から、薄膜の膜質は高い再現性をもって制御可能であるということを見いだしました。この結果、NbTiの窒化過程と成膜速度を適切に制御することによって、良好な超伝導特性を有するNbTiN薄膜を作製することに成功しました。
今回得られたNbTiN薄膜の特性を設計過程に取り入れ、SIS接合が持つ超低雑音特性を最大限に引き出すための超伝導集積回路を注意深く設計しました。超伝導の効果を取り入れた独自の高周波回路設計手法を導入することによって、受信した電波を広い帯域で効率良くSIS接合に入力するように超伝導集積回路を最適化しました。しかしながら、Band10で用いる回路は非常に小さいので、設計通りの性能を実現するためには、高い作製精度が要求されます。
我々は、量産用半導体プロセスに使われている最高解像度0.35ミクロンを持つ紫外線露光装置(注10)(i 線ステッパー)(図5)などを駆使することによって、設計通りの素子を再現性良く作製することを可能にしました。作製した素子を独自に開発した受信機システムに搭載して、性能評価を行ってきました。理論と実験が合致するのを確認しながら、試作を繰り返すことによって段階的に性能を追い込んだ結果、世界最高性能の低雑音受信機の開発に成功しました(図6)。

(図5)i線ステッパー(左)と国立天文台のクリーンルーム(右)
(図5)i線ステッパー(左)と国立天文台のクリーンルーム(右)
(図6)本研究チームが開発した受信機の雑音
(図6)本研究チームが開発した受信機の雑音

本成果の位置づけ

当周波数帯でのこれまでの世界最高性能を持つ受信機は、カリフォルニア工科大学が2000年に報告した導波管(注11)を用いない方式のものや、特に最近ではオランダ宇宙研究機構(SRON)が2006年に報告したもの(今回と同じ導波管方式)などがありますが、いずれの性能をも凌駕しています(図6)。建設中のALMAに搭載される 10種類の受信機(図7)の中でも、開発が最も難しいとされてきた最高周波数帯、バンド10 受信機に関する研究開発に成功したのです。この世界最高性能の実証は、我々の開発した設計・作製技術が非常に良く確立されていることを示唆しており、大量の受信機を製造する ALMAプロジェクトで非常に重要なことです。

(図7)観測周波数帯をカバーするALMAの10種類の受信機

(図7)観測周波数帯をカバーするALMAの10種類の受信機

ALMA における Band 10 の重要性

電波干渉計観測での空間分解能(注12)は、観測波長/最長アンテナ間距離で決まります。ALMA では18.5 km にアンテナが展開することから、最長アンテナ間距離は 18.5kmになります。
つまり、ALMA において最高分解能を実現するのは、観測波長が最も短い、言いかえれば最高観測周波数で受信できる、Band 10 受信機となります。ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡を越える 0.01 秒角の分解能(大阪にある1円玉を東京から見分けられます)を実現する上で、Band 10 受信機が重要であることは言うまでもありません。

(図8)Band10のメンバー

(図8)Band10のメンバー
左より、Band10リーダー・鵜澤佳徳、金子慶子、宮地晃平、小嶋崇文、武田正典、クロッグ・マティアス、藤井泰範

(注1)
ALMA (Atacama Large millimeter/submillimeter Array) は日米欧の国際協力で建設中の究極の地上電波望遠鏡です。南米のチリ共和国の北部にあるアタカマ砂漠の標高約5000mの高原(図1)に建設され、ハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡の10倍の分解能(0.01秒角:大阪にある1円玉を東京から見分けられます)で宇宙の謎を探ります。このアタカマ砂漠の上空にはいつも雲がなく、年間降水量は100mm以下で水蒸気による電波吸収の影響を受けにくい場所です。そのため、標高の低い場所に比べ高い周波数(短い波長)の電磁波の観測が可能で、ALMAの波長域となるサブミリ波もとらえることができます。

(注2)
ALMA で観測する周波数帯域は、ミリ波からサブミリ波(周波数では31.3 GHz から 950 GHz )と広範囲です。これらをカバーするため、観測周波数帯域を10個に区分し、10種類の受信機を日米欧で製作します。それぞれの周波数帯域は、周波数が小さいものから順にバンド1からバンド10と名付けられています。

(注3)
周波数30GHz-300GHzのものを「ミリ波」と呼び、周波数300GHz-3THzのものを「サブミリ波」と呼ぶ。ALMAで観測できる波長は域は31GHz-950GHzであり、Band10受信機はこのうち最も赤外線よりの787GHzから 950GHzを担当する。

(注4)
物質を極低温にすると超伝導状態となる。ALMAの受信機で用いる超伝導物質が最適に動作する温度まで冷却する必要があり、その温度がマイナス269度である。

(注5)
SISは超伝導体(Superconductor)-絶縁体(Insulator)-超伝導体の頭文字を取ったもので、二つの超伝導電極の間に非常に薄い絶縁体(厚さ約1nm)を挟んだサンドイッチ構造をしている。この接合に電圧を印加すると半導体ダイオードでは実現不可能な強い非線形性を持つトンネル電流が流れる。

(注6)
試料基板上に蒸着やスパッタリング等の手法を使って作られる原子・分子の層で、厚さは数百ナノメートル程度。

(注7)
元素1種類で超伝導になる物質のこと。

(注8)
単一の元素ではなく、化合物で超伝導になる物質のこと。

(注9)
蒸着方法の1つである。この方法は、イオンに電荷をかけ加速しながらターゲットに衝突させ、その衝撃でターゲットから成膜物質が基盤に向かって勢いよくはじき出され、それが付着し薄膜が形成される。(水たまりに石を投げると石は水たまりに落ち、勢いよく水しぶきが飛び跳ねて基板につくイメージ)スパッタは「叩きつける」という意味。

(注10)
集積回路など、ナノメートル単位の微細な電子回路を作る場合に用いる装置。基盤(感光性の皮膜が上に塗られている)上に、電子回路のパターンが描かれた原画に紫外線を照射して転写する。光で像を焼き付けるフィルム写真と同じ原理。

(注11)
導波管は、導体損失の原因となっている中心導体を取り除いたもので中空の金属管の構造となっている。損失も少ないため、通常の受信機で使われている。

(注12)
解像度のこと。通常、解像度はは望遠鏡の口径(大きさ)に比例する。遠く離れたパラボラ・アンテナ群の電波を合成できるALMAでは、アンテナの間隔が口径となるため、高い解像度を得ることができます。

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