貧弱な矮小銀河の内部で起きていたパワフルな星形成

大きな銀河と比べて塵やガスが豊富とはいえない矮小銀河が、なぜきらびやかに輝く星団を形成することができるのかは、非常に魅力的な問題です。その答えは、これまで認識されていなかった、矮小銀河全体に散らばった高密度な星の材料にあると、天文学者たちは信じています。

天文学者の国際チーム[1] は、アルマ望遠鏡を使用して、天の川銀河に近い矮小不規則銀河[2] 「ウォルフ・ルントマルク・メロッテ(通称WLM)」の内部に、予想外のコンパクトな星間分子雲の群れを発見しました。

星間物質の厚い毛布に包まれたこれらの分子雲は、私たちの天の川銀河より数千倍小さく希薄な銀河の中でどのようにして密集した星団[3] が形成できるのかを説明するものです。

今回ネイチャー誌に掲載された論文の筆頭著者である、チリ大学の天文学者モニカ・ルビオ氏は「さまざまな原因により、WLMのような矮小不規則銀河では、星団を形成するために十分な環境が整っていません」と、指摘します。「これらの銀河はふわふわとした、非常に低い密度の状態です。そこには星形成に必要な重い元素が不足していて、密集した星団ではなく、星がばらばらに分散して形成されると考えられますが、実際にはそうではありません。」

アルマ望遠鏡でこの銀河を研究することによって、天文学者は初めて、大きな銀河で星が形成される環境と同等の星形成能力を持つ小さな領域を発見することが出来ました。

こうした領域は、一般的に星形成を行う星間分子雲でよくみられる一酸化炭素(CO)分子が放出する電波を検出することで発見されたものです。

この観測以前に、ローウェル天文台のデイドラ・ハンター氏率いる天文学者のチームが、単一鏡であるAPEX望遠鏡[4] を用いて、WLMの中からCO分子が放つ電波を検出していました。この観測は解像度が低かったため分子が存在する場所自体を特定することはできませんでしたが、WLMに含まれるCO分子の量が、これまでにどの銀河で検出されたものよりも低いことがわかりました。ハンター氏のチームは、このCO分子および他の重い元素の不足が、星の形成を著しく阻害するだろうと考えていました。

「星間分子、特に一酸化炭素(CO)は、星形成に重要な役割を果たします」とルビオ氏はいいます。「ガス雲が収縮し始めると、内部の温度と密度が上昇し、重力に逆らってガスを押し戻す力が働きます。そこで星間分子や塵の粒子が衝突によって熱の一部を吸収し、赤外線やサブミリ波の形で外部へと放射するのです。」この冷却効果によって重力によるガス雲の収縮が継続され、星が形成されるのです。

これまで問題だったのは、WLMや同様の銀河において重い元素が非常に少ないことでした。銀河の中に観測される新しい星団の量に比べて、材料となる物質は十分に観測されていなかったのです。

今回の観測により、COを観測することが難しかった理由が明らかになりました。WLMでは通常の銀河とは異なり、比較的密度の高いCOの雲がその周囲を取り囲む原子・分子の薄い雲に比べて非常に小さかった為でした。

濃縮されたCOの雲が星形成の工場として稼働するためには、その周りにある巨大で希薄なガスから圧力を受けている必要があります。これによってCOの雲の中心部分の密度が十分に高くなり、通常の星団を形成できるようになるのです。

「深海へ潜るダイバーが高圧にさらされるのと同様、星間ガスの海に浮かぶ星形成ガスの集合体にはとても大きな圧力がかかります」と、今回の論文の共著者であり、IBM T・J・ワトソン研究センターの研究者であるブルース・エルメグリーン氏は語ります。「今回、希薄なガスが広範に分布する中で高度に濃縮された領域に一酸化炭素が限定されて存在することを発見したことで、こんにち銀河の中に見られる印象的な星々が誕生するメカニズムを最終的に理解することができました。」

アルマ望遠鏡を用いてさらに観測を進めることは、天の川銀河の周縁部(ハロー)に分布する球状星団の形成条件を解明することにも役立つでしょう。天文学者達は、こうしたさらに大規模な星団が最初は矮小銀河において形成され、母体となる矮小銀河が分散してしまった後に、ハローへと移動した可能性があると考えています。

WLMは地球からおよそ約300万光年離れた矮小銀河で、局部銀河群(天の川銀河、大小マゼラン雲、アンドロメダ銀河、M33、および数十個のより小さな銀河を含む銀河の集団)の外縁に比較的孤立して存在しています。

この研究成果は、Rubio et al. “Dense cloud cores revealed by CO in the low metallicity dwarf galaxy WLM” として、科学誌「ネイチャー」2015年9月10日号に掲載されました。

注:
[1] 本研究における共同研究者は下記のとおりです。
モニカ・ルビオ(チリ大学)、ブルース・G・エルメグリーン(IBM T・J・ワトソン研究センター)、デイドラ・A・ハンター(ローウェル天文台)、エリアス・ブリンクス(ハートフォードシャー大学)、フアン・R・コルテス(合同アルマ観測所・米国国立電波天文台)、フィル・シーガン(ニューメキシコ工科大学)

[2] 不規則銀河は渦巻銀河や楕円銀河のような特徴的な形状を持たない銀河です。WLMのような矮小不規則銀河は数百億個の星々を含む通常の銀河の数百倍小さく、数億個の星々しか含んでいません。小さいといっても、それらの中には中心部に巨大ブラックホールを保有するものがあることが現在では知られています。

[3] 私たちの天の川銀河で見られるすばる(プレアデス)のような星団は、数百個の星々から構成されています。いっぽう球状星団のような、数百万から数十万個の星々の含むものもあります。天の川銀河の多くの星々はもともと星団として形成されますが、いくつかの星は私達の太陽のように、誕生した星々のゆりかごから漂い出て、銀河の中を自由に移動します。一方、WLMの内部で観測されたような、大きくかつ高密度な星団内の星々は、比較的近い距離を保ち続けます。

[4] APEXチームはエリアス・ブリンクス(ハートフォードシャー大学)およびデイドラ・ハンター(ローウェル天文台)によって主導されました。他のメンバーは下記の通りです。
モニカ・ルビオ、ブルース・エルメグリーン、アンドレアス・シュルバ(カリフォルニア工科大学)、セリア・ヴェルデューゴ(チリ大学)

WLM Fly-in Animation from NRAO Outreach on Vimeo.

WLM銀河の中で誕生する星団のアーティストによるイメージ動画。WLM銀河の可視光による画像はブランコ4メートル望遠鏡により撮影されました。アルマ望遠鏡の観測データは、星を形成する塵とガスからなる、高密度の雲の存在を明らかにしました。ズームインしていく映像は、こうした雲の中で星の集まりが誕生する様子を説明しています。
Credit: Animation by B. Saxton (NRAO/AUI/NSF); Optical data: P. Massey/Lowell Observatory and K. Olsen (NOAO/AURA/NSF); ALMA data: M. Rubio et al., Universidad de Chile, ALMA (NRAO/ESO/NAOJ)

アルマ望遠鏡は、矮小不規則銀河WLMの内部に、予想外のコンパクトな星間分子雲の群れを発見しました。これらの星形成を行う分子雲は、星団が形成される為に必要な環境を提供します。下の画像は、ブランコ4メートル望遠鏡で撮影された可視光画像です。左上部の囲み画像では、全体を覆う水素ガス(赤色・米国国立電波天文台のVLA望遠鏡で観測されたもの)の毛布によって、一酸化炭素分子(黄色・アルマ望遠鏡で観測されたもの)を濃縮するために必要な圧力がもたらされています。これらの領域は、天の川銀河やその他の大きな銀河の内部に見られる星団を形成する元となる、高密度なコアに対応するものです。
Credit: B. Saxton (NRAO/AUI/NSF); M. Rubio et al., Universidad de Chile, ALMA (NRAO/ESO/NAOJ); D. Hunter and A. Schruba, VLA (NRAO/AUI/NSF); P. Massey/Lowell Observatory and K. Olsen (NOAO/AURA/NSF)

Tags : 観測成果

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