天の川銀河の最奥部には高密度のガスとダストの雲が集まっています。この「中心分子雲帯(CMZ)」は星形成が活発で、さらに生まれた大質量星が超新星爆発を起こすため、天の川銀河の中でも特にエネルギーが高く特殊な環境になっています。
あらゆる銀河にCMZがあるとは言え、銀河中心の超大質量ブラックホール(いて座A*(エースター)」周辺で強い重力的影響を受ける中での星形成活動を詳しく研究できるのは、私たちから最も近く観測しやすい天の川銀河のCMZだけです。「アルマCMZ探査サーベイ(ACES)」は、650光年以上の広がりを持つガスの分布を、過去にない精細なスケールで描き出しました。
「空間構造を高解像度で観測し、物理的・化学的な環境の情報も得られる。いて座A*の活動史や爆発的な星形成活動、それらが星間ガスの循環に影響を与えるフィードバック過程を解き明かすために類例のない好機です」プロジェクトに参加しているHsieh Pei-Ying国立天文台助教はそう語ります。たとえば、ガスの流入が星形成を促進したり、いて座A*を活性化したりする一方で、そこから放出されるエネルギーがアウトフロー(分子流)やバブル(膨張ガス球)を引き起こし、それ以上のガスの降着を止めてしまうのです。
たくさんの視野をつなぎ合わせるモザイク観測で作り出されたのは、天球上の面積が満月3つ分に相当する、アルマ望遠鏡による過去最大の電波画像です。
「このような高分解能でかつ大規模なモザイク観測は、アルマ望遠鏡以外の電波干渉計では、現実的な時間ではほぼ実現不可能なものと言えるでしょう。」他の観測装置では数年間を要するようなサーベイ観測を、アルマ望遠鏡の12mアンテナ配列ではわずかに150時間程度で達成できたのです。
広い周波数帯域を持つアルマ望遠鏡は、数多くのスペクトル線で同時に電波画像を取得できるのも強みです。ACESプロジェクトで観測しているのは、星形成の材料となる低温の分子ガスが放つ電波です。このサーベイにより、CMZ領域には、ごく単純な一酸化ケイ素から、メタノール、アセトン、エタノールなどの複雑な有機分子まで、数十種類の分子が検出されました。天の川銀河中心部の星間物質が複雑な化学組成を持つことを示しています。広視野観測の利点と合わせ、CMZ内の多様な物理環境にわたって、分子ガスの性質や状態を均等に比較することができます。
アルマ望遠鏡の鮮明な画像によって、数十光年にわたってフィラメント状に伸びる大きな構造から、生まれてきた個々の恒星を包むガス雲まで、分子ガスの構造が幅広い空間スケールで写し取られたのは画期的です。「ACESの画像は実に印象的です。これまでは滑らかにぼんやりと広がって見えていた分子雲に、複雑で多層的な構造が見られるようになり、CMZの分子ガスの本当の複雑さが暴かれたのです。」
フィラメント構造に沿って、その中で星が成長してくる分子雲の塊へと低温の分子ガスが流れ込んでいます。このプロセスは、星形成活動が比較的静穏な天の川銀河の外縁部でも見られていますが、活発な星形成や超新星爆発などの強力な現象から影響を受けるCMZのガス雲でも、同じような星形成理論が通用しているのでしょうか。さらに、銀河中心部の激しい環境は、初期宇宙で爆発的に星を生み出していた銀河の極限的な環境にも共通する特徴があると考えられます。CMZでどのように星が誕生しているか、周囲の環境へどのようなフィードバックが起きているかについての知見が深まれば、銀河がどのように成長、進化してきたかについての理解も進むことが期待されるのです。
ACESのデータが公開されると、世界中の天文学者が多くの分子スペクトルと連続波での画像を一度に取得できるようになります。天の川銀河中心の研究に限らず系外銀河の研究でも、将来の観測計画を立てる際に役立つ情報になるはずです。アルマ望遠鏡の広帯域・高感度アップグレード(WSU)の時代に向けた重要な準備となることでしょう。さらに、Pei-Ying助教は期待を語ります。「この潤沢なデータは、観測的研究を発展させるだけではなく、分子ガスに働いている動力学や物理的・化学的な環境、ひいては銀河全体に働いている動力学を理解しようとする理論、シミュレーション研究も後押しするものになると思います。」
本研究成果を含むACESプロジェクトのデータは、英国の論文誌Monthly Notices of the Royal Astronomical Societyから5本の論文として2025年10月15日付で出版されます。
アルマCMZ探査サーベイ(ALMA CMZ Exploration Survey: ACES)は、天の川銀河の最奥部に広がる「中心分子雲帯(Central Molecular Zone: CMZ)」をアルマ望遠鏡で網羅的にサーベイ観測する大規模観測プログラムです。ACESでは、天の川銀河の中心領域で星形成を起こしている可能性のあるすべてのガス雲に対し、全体像(300光年スケール)から原始星コア(0.1光年スケール)までの空間サイズにわたって、ガス中の音速(毎秒約4 km)以下の速度分解能でガスの運動を測定し、その性質を明らかにします。この観測を通して、銀河中心で星形成とその銀河へのフィードバック現象が起きる場所、激しさやタイムスケールがどのようなプロセスで決められているのかを解き明かそうとしています。
ACESは、天の川銀河の研究コミュニティ、特にCMZ研究に携わる研究者の国際的なコンソーシアムです。欧州、北米・南米、アジア、豪州の70以上の研究機関から160名の幅広い研究者が参加し、プロジェクトが進められています。国立天文台からは、アルマ・プロジェクトのPei-Ying Hsieh助教がアルマ望遠鏡データ整理ワーキンググループ(ALMA data reduction working group)のメンバーとしてプロジェクトに参加しています。
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。
アルマ望遠鏡で観測した天の川銀河の「中心分子雲帯(CMZ)」。観測範囲が画像の端まで及んでいないため、データの境界でガス分布がくっきり途切れているように見える。ガスの分布は5種類の分子の分布を合成して表示し、前景の恒星は近赤外線での撮影画像に基づく。 (クレジット:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)/S. Longmore et al. Background: ESO/D. Minniti et al.)
「アルマ望遠鏡CMZ探査サーベイ(ACES)」では数十種類の分子の分布が可視化された。ここではそのうちの5種類、について個別に示している。上から、一酸化硫黄・イソシアン酸・一酸化ケイ素・一硫化炭素・シアノアセチレン。 (クレジット:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)/S. Longmore et al.)
中心分子雲帯(CMZ)の位置。天の川銀河の中心部に、高密度で入り組んだガス雲が広がっている。挿入されたACESの画像の天球上の広がりは満月を横に3つ並べたほどで、アルマ望遠鏡で取得された最大の電波画像。 (クレジット:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO)/S. Longmore et al. Stars in inset: ESO/D. Minniti et al. Milky Way: ESO/S. Guisard)