分子の多様性から見る銀河進化-超巨大ブラックホールが抑制する新たな星の誕生

国立天文台の斉藤俊貴特任助教と名古屋大学の中島拓助教らの国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、くじら座方向にある活動銀河核「NGC 1068(M77)」の中心領域に対し、波長3 mm帯で星間分子ガスの二次元分布を網羅的に観測する「イメージング・ラインサーベイ」を実施しました。活動銀河核の化学特性を調べ、それがどのような物理状態を反映したものであるのかを機械学習を利用して解析した結果、超巨大ブラックホールから双極に噴き出すジェットに起因すると思われる分子ガスのアウトフローを発見しました。これは、ジェットが銀河円盤に衝突したことによって衝撃波領域を生じ、周囲の物質が高温に加熱されている現場を見ていることが分かりました。この銀河の中心付近では、激しいジェットの作用により星の素となる分子の破壊や組成の変化が起きており、新たな星の誕生が抑制されている可能性があると考えられます。
13CO-H13CN-13

図1 アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測した渦巻銀河NGC 1068の中心部。アルマ望遠鏡で検出されたシアン化水素の同位体(H13CN)の分布を黄色、シアンラジカル(CN)の分布を赤色、一酸化炭素の同位体(13CO)の分布を青色で示し、背景のハッブル宇宙望遠鏡による画像と重ねています。H13CNが活動銀河核の中心部のみに集中して存在しているのに対し、13COは主に周辺を取りまくリング状のガス雲に分布しています。また、CNは中心部とリング状のガス雲の両方に分布しているだけでなく、中心から北東(左上)方向と南西(右下)方向に向かって伸びた構造をしており、これは超巨大ブラックホールからのジェットに起因する構造と考えられます。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope, T. Nakajima et al.

様々なタイプの銀河の中には、その中心に存在する超巨大ブラックホールをエンジンとして、周囲に莫大なエネルギーを放射しているものがあり、それは活動銀河核(active galactic nucleus; AGN)と呼ばれます。銀河中心核にあるブラックホールの活動が周囲の星間物質に及ぼす影響(特に新しい星々の誕生を加速するのか、抑制するのか)を知ることは、銀河の進化の過程を理解するうえで重要です。しかし多くの場合、AGNの中心部は濃いガスや星間ダストに埋もれて隠されてしまっているため、可視光や赤外線の波長帯では大型望遠鏡をもってしても、「そこはどのような構造になっているのか?」「そこでは物理的・化学的に何が起こっているのか?」ということを直接的に観測して調べることが困難です。アルマ望遠鏡の観測波長であるミリ波・サブミリ波は、電磁波の中でも波長が長いためにダストによる電磁波の吸収を受けにくく、このような銀河核領域の内部まで見通すことができるという大きな特徴があります。
この特徴に着目し、地球から比較的近傍(距離約5,140万光年)に位置するAGNの一つであるくじら座のNGC 1068(M77)の中心核付近をターゲットに、これまでもミリ波・サブミリ波による観測が行われてきました。例えば2007年から2012年にかけて行われた国立天文台野辺山45m電波望遠鏡を使った観測では、銀河中心方向の一点に対して、波長3 mm(84-116 GHz)の帯域を周波数方向に無バイアスに観測し、そこに含まれる分子輝線を網羅的に探す「ラインサーベイ」が行われました。その結果、25本の分子輝線を検出することに成功しましたが、45m電波望遠鏡では空間分解能が低いことと、銀河中心方向一点のみの観測であったため、様々な分子が存在することは確認できたものの、それらの分子ガスの分布や、中心核付近の構造までは分かりませんでした。
そこで今回、国立天文台アルマプロジェクトの斉藤俊貴特任助教(論文執筆時は日本大学工学部客員研究員兼国立天文台特任研究員)と名古屋大学の中島拓助教を中心とする国際研究チームは、より高い空間分解能を持つアルマ望遠鏡によって、NGC 1068の中心核付近に対し、同様に波長3 mm帯(85-114 GHz)でのラインサーベイ観測を実施しました。アルマ望遠鏡は電波干渉計であるため、一方向の観測でもある領域(視野)内の高分解能イメージングが可能で、分子ガスの二次元分布図を描き出すことができます。この観測の結果、銀河中心にある差し渡し650光年ほどのサイズの核周円盤(circumnuclear disk)と呼ばれる構造(図1で黄色に輝いて見える中心部分)と、その外側の半径3,300光年ほどにある爆発的に星が生まれているリング状のガス雲(図1で青色に見える部分)を明瞭に分解でき、特に核周円盤については、その内部構造まではっきりと捉えることができました。これまでAGNの中心領域では、電波強度が特に強くて観測しやすい分子輝線に限って、干渉計による高分解能の観測が行われた例はありますが、本研究のように周波数方向に無バイアスに観測し、検出された全ての分子ごとにその分布を描き出す「イメージング・ラインサーベイ」というのは初めてであり、本研究の結果はAGNの化学状態を理解するための重要な分子輝線カタログを提供します。
今回のラインサーベイでは、23の分子輝線が有意に検出されました。そのスペクトルデータを詳細に解析した結果、中心にある超巨大ブラックホールの影響を直接的に受けていると考えられる核周円盤では外側のリング状のガス雲の領域と比べて、シアン化水素(HCN・H13CN)分子や一酸化ケイ素(SiO)分子などの存在量が特に多いことが確認されました。一方で、45m望遠鏡の観測では存在量が多いと思われていたシアンラジカル(CN)分子は、アルマ望遠鏡による高分解能観測の結果、核周円盤での存在度はそれほど高くないことが分かりました。
CN分子は強力なX線や紫外線の照射、SiO分子は強い衝撃波を受けたガス雲で観測されやすいことがこれまでの観測から知られています。また、HCNやH13CN分子は高い温度の分子雲で生成反応が活発になることが化学反応計算から示されています。これらを合わせて考えると、核周円盤への超巨大ブラックホールの影響として、衝撃波を伴うような力学的な機構によって分子ガスが高温に加熱されている様子が見えていることを示唆しています。
さらに、研究チームは、この影響のメカニズムをより詳しく調査するために、核周円盤とリング状のガス雲の間の領域に注目しました。この領域には、核周円盤から向かって北東(図1の左上)と南西(同右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造が見られます。この特徴的な形態を分子ごとに分類するため、研究グループでは教師なし機械学習の一つである主成分分析(principal component analysis; PCA)を利用しました。人の目によって分布形態を分類しようとすると、見る人の主観によって結果が変わってしまうこともありますが、機械学習を用いることで客観的な結果を得ることが出来ます。この解析の結果、核周円盤とその外側に伸びた領域は、分子ガスの分布の構造として全く別の領域として分類されるということが分かりました(図2・左)。
この中心から向かって外側に伸びている領域は、先行研究で明らかにされている超巨大ブラックホールから噴き出す双極のジェットと見かけの方向が一致しているため、双極の分子流(アウトフローと呼ばれる)を捉えたと考えられます。ジェットやそれに起因して放出されると考えられているアウトフローは銀河円盤に対して角度を持っているため、その一部が銀河円盤をかすめることになり、そこでの相互作用によって衝撃波加熱が起きていると考えられます(図3のピンク色で示される領域;これを地球方向から見ると図2・右のように見える)。アウトフローの領域では、一般的な銀河でよく見つかる基本的な分子種(一酸化炭素やメタノールなど)は破壊されて少なく、逆にラジカルのような特殊な分子(シアンラジカル、エチニルラジカル、シアン化水素の異性体など)が増えていることが分かりました。このことから、中心にある核周円盤は超巨大ブラックホールから噴き出すジェットやアウトフローの強い影響下にあること、そしてその影響は核周円盤からずっと外側の領域まで広がっていることが明らかになりました。
このようなジェットやアウトフローの領域は、激しい衝撃波や紫外線・X線などの強い輻射を伴うことが知られており、一般的な星間分子が存在するには過酷な環境であることも分かりました。星間分子は、銀河の主成分である星を形成する素となります。この銀河の中心付近では、星の素になるような分子の破壊が起きているため、新たな星の誕生は抑制されてしまうと考えられます。本研究は、銀河中心にある超巨大ブラックホールが、その母体となる銀河の成長を遅らせている可能性があることを化学的な観点から示した初の観測例となりました。

今回の発見に至った経緯を、国立天文台の斉藤俊貴特任助教は、「そもそも、このようなジェットの周辺では多くの星間分子が破壊されてしまうため、分子の観測自体が難しいと考えられますが、アルマ望遠鏡の高感度かつ高分解能な性能とPCAという手法により、今回のジェットに起因する分子ガスアウトフローの検出とその化学的性質の解明に至りました。銀河中心の超巨大ブラックホールの活動が銀河の成長を抑制している描像が明らかになったことは大きな発見です」と振り返ります。名古屋大学の中島拓助教は、「星間化学的手法によって天体の状態を調べるというアプローチは日本の研究グループの得意とするところですが、今回はAGNに対する初めてのイメージング・ラインサーベイによって、この銀河の中心部の極端な環境が理解できました。アルマ望遠鏡によるラインサーベイ観測と、機械学習による解析を組み合わせることが、活動的な銀河の物理・化学特性の解明にも非常に有用であることを示しました。」と、一連の論文成果を総括しています。

図2左

図2 (左)機械学習を用いて行った分子の分布形態の分類の図。核周円盤(おおよそ中心の白色の点に相当)から向かって北東(左上)と南西(右下)の2方向に向かって、ある種の分子ガスの分布が伸びたような構造(青色)が見出された。(右)機械学習により核周円盤とは別の領域として分類された双極の分子ガス分布構造を説明する模式図(図3を地球方向から見た図に相当する)。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.

説明図1-4

図3 銀河中心の超巨大ブラックホールからの双極ジェットおよび銀河円盤の位置関係と、それに起因する分子ガスのアウトフローの模式図。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Saito et al.

<論文情報>
これらの観測結果は、Saito et al. “AGN-driven Cold Gas Outflow of NGC 1068 Characterized by Dissociation-sensitive Molecules”として米国学術雑誌The Astrophysical Journalに2022年8月23日付で掲載(DOI: 10.3847/1538-4357/ac80ff)されるとともに、Nakajima et al. “Molecular Abundance of the Circumnuclear Region Surrounding an Active Galactic Nucleus in NGC 1068 based on Imaging Line Survey in the 3-mm Band with ALMA”として米国学術雑誌The Astrophysical Journalに2023年9月14日付でオンライン掲載されました(DOI: 10.3847/1538-4357/ace4c7)。

本研究は、国立天文台 ALMA Scientific Research Grant No. 2017-06B, 2018-09B, 2020-15A, 2021-18A、および日本学術振興会科学研究費補助金(JP15K05031, JP17H06130, JP18K13577, JP20H00172, JP20H01951, JP21K03632, JP21K03634, JP21K03547, JP22H04939)の支援を受けて行われました。

アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

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