天の川銀河の中心部に「赤ちゃん星の巣」を発見

国立天文台のシン・ルー特任研究員らの研究チームは、アルマ望遠鏡による観測から、天の川銀河の中心部「銀河中心分子雲帯」に隠れた多数の赤ちゃん星(原始星)を発見しました。従来の研究では、この領域は潮汐力や磁場、高エネルギー粒子、頻繁な超新星爆発などの影響を強く受けるために星の誕生には適さない環境だと考えられてきました。今回多数の原始星が発見されたことは、星の形成の基本的物理過程は研究者がこれまで考えていたよりも周囲の環境に影響されにくいことを示しています。今回の成果は、高密度な分子ガス雲の奥深くに隠れた星形成活動がありふれたものであることを示しており、天の川銀河の中心領域で今後激しい星形成活動が起きる可能性を示唆しています。
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アルマ望遠鏡が観測した、銀河中心分子雲帯の3領域における多数の原始星とそこから噴き出す高速ガス流(アウトフロー)。地球に近づく方向に動くアウトフローを青色、遠ざかる方向に動くアウトフローを赤色、原始星周辺に分布する塵の分布を黄色で合成しています。細長く伸びる赤色や青色のアウトフローの根元に、個々の原始星が位置しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Lu et al

 

ルー氏は「これは、不毛だと思っていた場所で赤ちゃんの泣き声が聞こえてきたようなものです。周囲が騒がしすぎたり不安定だったりする場所では、赤ちゃんが生まれたり健康に育ったりすることが難しくなります。しかし私たちの観測から、天の川銀河中心の非常にかき乱された領域でも星がたくましく生まれてくるということがわかりました。」とコメントしています。

星は、宇宙に浮かぶガス雲が重力で収縮することによって誕生します。重力によるこの過程がもし何らかの理由で妨げられると、星の形成が抑制されると考えられます。天の川銀河の中心から1000光年ほどの範囲に広がる「銀河中心分子雲帯」では、重力に対抗する効果がいくつも存在します。例えば、ガスが激しい乱流状態になっていてガスが重力で集まりにくくなっていたり、強い磁場がガス雲を支えるので重力による収縮が妨げられたりしています。実際に銀河中心分子雲帯では、例外的に活発な星形成を起こしている「いて座B2」領域を除いて、銀河の一般的な領域に比べて星形成の効率がずっと低いことが知られていました。

研究チームは、この銀河中心分子雲帯の抑制された星形成活動の実態を探るために、アルマ望遠鏡を使った観測を行いました。観測した領域には大量のガスが含まれていますが、これまでの研究からは星形成活動が起きていないと考えられていました。しかし、アルマ望遠鏡の観測から、800を超える高密度ガス塊が発見されました。その結果、この高密度ガス塊が実際に「星の卵」に相当するのかどうかという疑問が生まれました。高密度ガス塊が星形成の母体となる天体かどうかを探るひとつの方法は、その中に実際に星が誕生している証拠を見つけることです。このため、研究チームは再びアルマ望遠鏡を用いて、原始星から噴き出すガス流(アウトフロー)を探すことにしました。アウトフローは、赤ちゃん星の産声のようなものです。

アルマ望遠鏡の高い感度と解像度のおかげで、研究チームは銀河中心分子雲帯に小さく暗いアウトフローを43天体検出しました。この結果は、星の誕生に適さないと考えられた領域に、まさに生まれたての星がたくさん隠れていたことを表しています。

アウトフローが検出されたことは大きな成果でしたが、800個もの高密度分子ガス塊がある領域でアウトフローが43個しか見つからなかったことは、新たな謎となりました。そのひとつの理由として、銀河中心分子雲帯での星形成活動が非常に初期の段階であるということが考えられます。ルー氏は、「未発見のアウトフローがまだたくさん隠れている可能性がありますが、もしかしたら私たちは次の大きな『星のベビーブーム』の始まりを見ているのかもしれません。」と語っています。

研究チームの一員である犬塚修一郎 名古屋大学教授は「従来の観測では、銀河中心領域の巨大分子雲での星形成率は10パーセント程度に抑えられていると考えられてきましたが、今回の観測結果は、高密度分子ガス雲に隠れた星形成の基礎プロセスは太陽近傍での星形成プロセスと大きく異なるものではない、ということを示しています。すでに星が生まれているガス塊とまだ星のないガス塊の数の比率は、太陽近傍での比率の数分の一にすぎません。この違いは、それぞれの段階を過ごす滞在時間の長さの比率だと考えられます。つまり、銀河中心領域では『星のないガス塊』として過ごす時間が太陽近傍よりやや長いことが想定されます。なぜそのようになっているのか、というのは今後の研究課題です。」とコメントしています。

研究チームは、より高解像度の銀河中心分子雲帯の観測をアルマ望遠鏡で行い、そのデータを解析しています。これによって、アウトフローを駆動する原始星を取り巻くガス円盤の性質を調べることを目指しています。他の星形成領域の観測結果と比較することで、銀河中心分子雲帯における分子ガス雲から原始星に至るまでの進化過程や、化学状態から磁場に至るまで様々な環境をよりよく理解したいと考えています。

 

論文情報
この観測結果は、Xing Lu et al. “ALMA Observations of Massive Clouds in the Central Molecular Zone: Ubiquitous Protostellar Outflows”として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に2021年3月16日付で掲載されました。

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 (No. 18K13589 & 20K14528)、the Deutsche Forschungsgemeinschaft (DFG, German Research Foundation) through an Emmy Noether Research Group (grant number KR4801/1-1)、the DFG Sachbeihilfe (grant number KR4801/2-1)、the SFB 881 “The Milky Way System” (subproject B2)、the European Union’s Horizon 2020 research and innovation programme via the ERC Starting Grant MUSTANG (grant agreement number 714907)、the National Science Foundation under Award No. 1816715の支援を受けて行われました。

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