おうし座にある濃いガス雲MC27には、過去の観測から生まれたばかりの星があることが知られていました。星の形成過程を調べるため、徳田一起氏と大西利和教授(大阪府立大学)を中心とする研究チームはアルマ望遠鏡でMC27を観測しました。観測の結果、以前から知られていた生まれたばかりの星のすぐ隣で、星を持たない非常に濃いガス塊を発見しました。このガスの塊は星が誕生する直前の段階にあると考えられます。また、付近には長く伸びたガス雲も見つかりました。2つ以上のガス塊がお互いに重力を及ぼしながら激しく移動した結果と考えられます。こうしたダイナミックな星の形成の様子が観測でとらえられたのは、これが初めてです。本研究成果は、ガス雲から星形成の過程を明らかにするための重要なヒントを我々にもたらしてくれます。
アルマ望遠鏡による観測
星は、宇宙に漂うガスや塵が集まり、約0.1光年の範囲に太陽数個分の質量をもつガスが含まれているガスと塵の集合体、「分子雲コア」のなかで誕生します。こうした分子雲コアの中心部でさらにガスや塵が濃く集まると、星の赤ちゃんである「原始星」が誕生します。しかし、原始星の周囲でどのようにガスや塵が分布しているか、あるいは原始星が生まれる瞬間にガスや塵がどのように分布し、どのような動きをしているかは、これまでよくわかっていませんでした。
こうした謎に迫るには、できるだけ誕生直後の原始星の周囲を詳しく探ったり、まさに原始星誕生の直前である高密度の分子雲コアを観測したりする必要があります。大阪府立大学大学院生の徳田一起氏と大西利和教授らの研究チームは、誕生直後の原始星が含まれる分子雲コアMC27(地球からの距離は約450光年)を、アルマ望遠鏡を用いて観測しました。過去に行われた国立天文台野辺山宇宙電波観測所45m電波望遠鏡による観測からMC27は非常に密度の高い分子雲コアであることがわかっています。またNASAのスピッツァー赤外線宇宙望遠鏡によって高密度分子雲コアの内部に深く埋もれた暗い原始星が発見されています。研究チームは、高い感度と解像度を持つアルマ望遠鏡を用いてMC27の中心部に含まれる塵が放つ電波と高密度ガス中のHCO+分子が放つ電波を詳しく観測し、原始星誕生直後のガスや塵の様子を調べることにしました。
この領域の観測結果は研究チームの予想を裏切り、驚くべき結果でした。MC27の中心部には、原始星を取り巻くガスの他に、2つの濃いガスの集合体が潜んでいたのです(画像1)。原始星から200天文単位(注1)離れたところにあるガスのかたまり「MMS-2」は、これまで小質量星形成領域で発見された分子雲コアとしては最も密度が高い(1立方センチメートルに含まれるガス分子が数千万個)ものでした。研究チームは、MMS2は原始星が形成される直前の段階にあると考えています。
生まれたばかりの原始星の周囲にはガスや塵が大量に残されており、原始星はこれらの物質を重力で引き寄せながら成長していきます。原始星誕生後わずか数十万年(注2)の間に、原始星周囲の物質は原始星に取り込まれたり吹き飛ばされたりしてしまうため、原始星が誕生した瞬間のガスや塵の様子を調べることは容易ではありません。徳田一起氏は、「星形成直前のガスのかたまりが、原始星のすぐ隣に隠れていたのを見つけたときはとても興奮しました。星の誕生の瞬間のガスの様子を見ていると言っても良く、詳細に調べることにより、星形成のメカニズムをより詳しく明らかにしていきたいと思います。」と語っています。
また、原始星自体からは、噴き出すガス流が発見されました。このガス流は他の原始星のまわりで見つかっているものよりも小さなもので、その広がりと速度から、このガス流はわずか数十年から200年前に原始星から噴き出したものであることがわかりました。これは、この原始星が非常に若いことを示しています。同じ領域に、本当に生まれたばかりの原始星と星のたまごが同居していたのです。
さらに研究者を驚かせたのは、MMS-2の位置から尾のように長く伸びたガス雲の存在でした。このガス雲の長さは2000天文単位にもなり、また分子雲コアとは少し異なる速度を持っていました。「こうした細長い弓型の構造は、高速で移動する2つ以上の分子ガス塊がそれらの間に働く重力により強く相互作用することによってできると考えられます。」と、共同研究者である犬塚修一郎 名古屋大学大学院教授は語ります。ガスが無秩序に動き回っている状態を、「乱流」と呼びます。乱流が渦巻くガス雲は分裂し、より小さなガス雲となって収縮します。こうした小さなガス雲は互いに重力を及ぼしあいながら動き回り、その影響がガスの中を波紋のように広がって弓の形をした細長い構造を作ります。研究チームは、MC27で発見された長く伸びたガス雲は、こうした激しいガス運動の結果なのではないかと考えています。研究チームの一員である松本倫明 法政大学教授は、こうした激しい乱流が起きているガス雲の様子をコンピュータシミュレーションで調べました。その結果、小さなガス雲が互いにまわりあいながらそれぞれの中で星が生まれ、最終的に複数の星が互いを回りあう多重星系が作られることがある、ということがわかりました。今回のアルマ望遠鏡の観測結果は、そうした多重星が形成される現場を見ている可能性があります。
研究チームの大西利和氏は、「MMS2や長く伸びたガス雲、極めて若いガス流はアルマ望遠鏡によってはじめて見つけることができました。多重星形成理論に大きな影響を与える観測データがようやく得られるようになってきたのです。MC27のさらに詳細な観測や、その他の分子雲コアをアルマ望遠鏡で観測することによって、星形成のメカニズムや過程への理解が急速に進むと期待できます。」と語っています。
「乱流分子雲コアにおける多重星形成のシミュレーション」(45秒)
乱流の中で進む多重星形成のコンピュータシミュレーション。生まれたばかりの複数の星が複雑に運動し、その影響が波紋のように広がって弓状の構造を作ります。このシミュレーションでは、約27,000年間のガスの運動を計算しています。また映像の横幅が約3000天文単位に相当します。
Credit: 松本倫明(法政大学)
[1] 天文単位は太陽と地球の間の平均距離を基準にした距離の単位で、1天文単位は約1億5000万kmに相当します。太陽系で最も外側の惑星である海王星の軌道の半径は、約30天文単位です。
[2] 太陽程度の質量をもつ星の寿命は、およそ100億年です。原始星でいられる数十万年というのは寿命全体の数万分の1に相当し、これは人間の寿命が100年としたときの1日に相当します。原始星を観測しているときは、まさに生まれたばかりの赤ちゃんを見ているということになるのです。
論文・研究チーム
この観測結果は、Tokuda et al. “ALMA Observations of a High-density Core in Taurus: Dynamical Gas Interaction at the Possible Site of a Multiple Star Formation”として、2014年6月11日発行の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に掲載されました。
- この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
- 徳田一起(大阪府立大学大学院 理学系研究科 博士後期課程1年)
- 大西利和(大阪府立大学大学院 理学系研究科 教授)
- 西合一矢(国立天文台チリ観測所 特任助教)
- 河村晶子(国立天文台チリ観測所 特任准教授)
- 福井康雄(名古屋大学大学院 理学研究科 教授)
- 松本倫明(法政大学 人間環境科学部 教授)
- 犬塚修一郎(名古屋大学大学院 理学研究科 教授)
- 町田正博(九州大学理学研究院 准教授)
- 富田賢吾(プリンストン大学/東京大学 日本学術振興会特別研究員)
- 立原研吾(名古屋大学大学院 理学研究科 准教授)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金22244014, 23403001, 23540270による支援を受けています。
アルマ望遠鏡について
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)は、ヨーロッパ、東アジア、北米がチリ共和国と協力して建設する国際天文施設である。ALMAの建設費は、ヨーロッパではヨーロッパ南天天文台(ESO)によって、東アジアでは日本自然科学研究機構(NINS)およびその協力機関である台湾中央研究院(AS)によって、北米では米国国立科学財団(NSF)ならびにその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)によって分担される。ALMAの建設と運用は、ヨーロッパを代表するESO、東アジアを代表する日本国立天文台(NAOJ)、北米を代表する米国国立電波天文台(NRAO)が実施する(NRAOは米国北東部大学連合(AUI)によって管理される)。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とする。