アルマ望遠鏡、巨大ブラックホール周囲に驚くほどマイルドな環境を発見

国立天文台の高野秀路氏と名古屋大学の中島拓氏を中心とする研究グループは、アルマ望遠鏡を用いて渦巻銀河M77の観測を行い、その中心部に存在する巨大ブラックホールのまわりに有機分子が集中して存在することを初めて明らかにしました。こうした分子はブラックホール周囲では強烈なエックス線や紫外線放射によって壊されると考えられていますが、今回の観測成果は大量の塵とガスによってエックス線や紫外線がさえぎられている領域があることを示唆しています。この成果は、高い感度と幅広い周波数帯の電波を一度に観測できる能力を兼ね備えたアルマ望遠鏡ならではの成果であり、謎に包まれた巨大ブラックホール周辺の環境を理解するうえで非常に重要な発見と言えます。

研究の背景

宇宙空間にただようガスには、さまざまな種類の分子が含まれています。そして、こうしたガスの化学組成はその環境によって大きく異なると考えられています。例えば星が活発に生まれている場所では周囲よりも温度が高くなるため、低温領域では起きにくい化学反応が進んで特定の分子が多く存在することになります。逆に、ある領域に存在する分子の化学組成を調べることで、その場所の環境(温度や密度)を知ることができます。さまざまな分子はそれぞれ固有の周波数で電波を放つため、電波望遠鏡を使えば遠く離れた天体の化学組成と環境を調べることができるのです。

こうした観点で盛んに研究されているのが、銀河における爆発的星形成領域(スターバースト、注1)や銀河中心に存在する活動的なブラックホール(活動銀河核、注2)の周辺です。爆発的星形成や活動銀河核は銀河の進化を考えるうえで非常に重要な対象であり、そのメカニズムや環境を理解するためには分子が放つ電波の観測は欠かせません(注3)。しかし分子が放つ電波は微弱であるため、これまでの望遠鏡では検出するだけで何日もかかることがしばしばでした。

アルマ望遠鏡による観測

国立天文台の高野秀路氏と名古屋大学の中島拓氏を中心とする研究グループは、くじら座の方向4700万光年の場所にある渦巻銀河M77をアルマ望遠鏡で観測しました。M77の中心には活動銀河核があり、その周囲を爆発的星形成領域が半径3500光年のリング状に取り囲んでいることが知られています(スターバースト・リング)。研究チームは国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を用いて、既にこの銀河で各種の分子が放つ電波の観測を行っており、アルマ望遠鏡を用いることでその研究をさらに発展させ、活動銀河核と爆発的星形成領域での化学組成の違いを明らかにすることを狙っていました。アルマ望遠鏡は、1) 弱い電波も検出できる高い感度、2) 実際のガスの分布を忠実に描き出すことのできる高いイメージング性能、3) 幅広い周波数帯を一度に観測できる能力を併せ持つため、銀河における分子の分析に適した望遠鏡と言えます。

アルマ望遠鏡による観測で、M77の活動銀河核のまわりとスターバースト・リングにおける9種類の分子の分布が鮮やかに描き出されました。「今回の観測ではアルマ望遠鏡完成時のアンテナ数の約1/4にあたる16台程度しか使っていませんが、わずか2時間足らずでこれほど多くの分子の分布図を得られたことにたいへん驚きました。これほど多くの分子の分布を一度に得られたのは、今回が初めてのことです。」と研究チームを率いる高野氏は結果を得た時の感想を述べています。

アルマ望遠鏡、巨大ブラックホール周囲に驚くほどマイルドな環境を発見

アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で観測した、渦巻銀河M77の中心部。アルマ望遠鏡で検出されたシアノアセチレン(HC3N)の分布を黄色、硫化炭素(CS)の分布を赤、一酸化炭素の分布を青で示しています。シアノアセチレンが活動銀河核のまわりに多く存在しているのに対し、一酸化炭素は主にスターバースト・リングに分布していることがわかります。また、硫化炭素は活動銀河核のまわりとスターバースト・リングの両方に分布しています。
Credit: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), S. Takano et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope

アルマ望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡の撮影結果を並べた画像
Credit: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO), S. Takano et al., NASA/ESA Hubble Space Telescope and A. van der Hoeven

今回の観測で、分子によってその分布はさまざまであることがわかりました。一酸化炭素は主にスターバースト・リングに分布している一方で、シアノアセチレン(HC3N)やアセトニトリル(CH3CN)など5種類の分子は活動銀河核のまわりに集中していました。また硫化炭素(CS)やメタノール(CH3OH)はスターバースト・リングと活動銀河核のまわりの両方に存在していることがわかりました。活動銀河核のまわりに集中していた5種類の分子がM77においてこれほど高い解像度で観測された例はこれまでになかったため、アルマ望遠鏡による今回の観測で初めてその分布が明らかになりました。

「原子の数が多いアセトニトリルやシアノアセチレンが活動銀河核のまわりに豊富に存在していることは、まったく予想外の結果でした。」と、中島氏は語ります。活動銀河核にある巨大ブラックホールは強大な重力で周囲の物質を引き寄せ、集まってきた物質はブラックホールのまわりに円盤を作ります。この円盤は非常に高温になるため、強烈なエックス線や紫外線を放射します。原子が多く結合した有機分子が強いエックス線や紫外線にさらされると、原子間の結合が切れ、分子は破壊されてしまいます。このため、活動銀河核のまわりは有機分子にとっては存在が難しい環境だと考えられていました。しかし今回のアルマ望遠鏡による観測では、その予想に反して、有機分子が活動銀河核のまわりに豊富に存在していたのです。

研究チームは、活動銀河核のまわりではガスが非常に濃くなっているため、中心部からのエックス線や紫外線がさえぎられることで有機分子が壊されずに残っているのではないかと考えています。一方、爆発的星形成領域でも強い紫外線は存在していますが、活動銀河核のまわりに比べてガスの密度が低いため、爆発的星形成領域では有機分子は壊されてしまっていると考えられます。

これまで活動銀河核の観測研究や理論モデル構築は盛んに行われていましたが、今回明らかになったような分子に対する遮蔽効果は具体的な研究が始まったばかりです。今回の成果は、活動銀河核を取り囲むガスの構造やその温度・密度を理解する重要な一歩となりました。高野氏は「さらに広い周波数範囲での観測や、より高い解像度での観測によるデータが来る予定ですので、詳しく全貌を明らかにすることができ、驚きの結果もさらに出てくると期待しています。」と今後の展望を語っています。


[1] 私たちが住む天の川銀河では、平均して1年に太陽1個程度の星が作られています。一方で1年に太陽数百個という猛烈な勢いで星が作られている場所もあり、爆発的星形成(スターバースト)領域と呼ばれます。
[2] 多くの銀河の中心部には、太陽の数百万倍から数億倍の質量をもつ巨大なブラックホールがあると考えられています。こうした巨大ブラックホールの中でも、周囲からガスを活発に吸い込み、その一部を高速のガス流(ジェット)として放出しているものを、活動銀河核と呼びます。
[3] 例えば、今回の研究チームの一員である東京大学の泉拓磨氏と河野孝太郎氏をはじめとする研究チームは、棒渦巻銀河NGC1097巨大ブラックホールのまわりでシアン化水素(HCN)が大量に生成されることをアルマ望遠鏡の観測から指摘しています。
参照:2013年10月24日 プレスリリース 『超巨大ブラックホール周辺での特異な化学組成の発見—新たなブラックホール探査法の開発に向けて』

論文・研究チーム

この観測結果は、Takano et al. “Distributions of molecules in the circumnuclear disk and surrounding starburst ring in the Seyfert galaxy NGC 1068 observed with ALMA”(2014年8月発行の天文学専門誌「日本天文学会欧文研究報告」)、およびNakajima et al. “A Multi-Transition Study of Molecules toward NGC 1068 based on High-Resolution Imaging Observations with ALMA” (2015年2月発行の天文学専門誌「日本天文学会欧文研究報告」)に掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。

  • 高野秀路(国立天文台野辺山宇宙電波観測所/総合研究大学院大学)
  • 中島拓(名古屋大学太陽地球環境研究所)
  • 河野孝太郎(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター/ビッグバン宇宙国際研究センター)
  • 原田ななせ(台湾中央研究院天文及天文物理研究所[論文執筆時:マックスプランク電波天文学研究所])
  • エリック・ハーブスト(バージニア大学)
  • 田村陽一(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター)
  • 泉拓磨(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター)
  • 谷口暁星(東京大学大学院理学系研究科附属天文学教育研究センター)
  • 濤崎智佳(上越教育大学)

アルマ望遠鏡について

アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮

アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮
Credit: Clem & Adri Bacri-Normier (wingsforscience.com)/ESO
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA, “アルマ望遠鏡”)は、ヨーロッパ南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。
アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

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