超巨大ブラックホール周辺での特異な化学組成の発見—新たなブラックホール探査法の開発に向けて

東京大学大学院理学系研究科の大学院生・泉拓磨氏(修士課程2年)、河野孝太郎教授を中心とする国際研究チームは、南米チリのアルマ望遠鏡を用いて、NGC1097という銀河の中心にある、活動的な超巨大ブラックホール周辺の高密度分子ガスを、過去最高の感度で詳細に観測することに成功しました。その結果、このブラックホール周辺環境ではシアン化水素(HCN)の大量生成に特徴付けられる特異な化学組成が実現しており、その原因はブラックホールの影響で周囲の環境が高温に加熱されていることだと示されました。こうした、ブラックホール周辺環境に特徴的な分子の観測を逆手に取ることで、今後は塵に埋もれて可視光などでは観測できない「埋もれたブラックホールの探査」も可能になると考えられます。

研究背景

近年の観測研究の発展により、多くの銀河の中心部には超巨大ブラックホール(注1)が存在することが明らかにされつつありますが、一体どのようにして、これほど重いブラックホールが形成されるのか、その仕組みを解明することは現代天文学の最重要課題の一つです。こうした超巨大ブラックホールの質量は、その銀河の中心部(「バルジ」という)の質量にほぼ比例することが示されています。すなわち、重い銀河ほど重いブラックホールを持つのです。銀河のバルジは、他の銀河との合体・衝突を通じて成長するとされており、その過程の中で、大量の星間物質(注2)が銀河中心に流れ込み、ブラックホールを成長させると考えられています。したがって、こうした銀河とブラックホールの「共進化」を調べるには、宇宙の古今にわたってブラックホールの質量や、その「エサ」となる周囲の星間物質の様子を調べることが重要です。しかし、そのためにはまず、銀河の中心部にブラックホールが存在するかどうかを観測的に判定しなければなりません。

こうした「ブラックホール探査法」は、これまで可視光や赤外線の分野で数多く提案されてきましたが、これらの波長帯の光は宇宙空間に漂う塵に吸収されてしまうという決定的な難点がありました。困ったことに、ブラックホールや星の形成などは、活発なものほど多くの塵をともなう傾向にあります。すなわち、従来の探査法では、進化の段階において最も活発な時期にあるブラックホールを探し出すことは難しいのです。

そこで、研究グループではミリ波サブミリ波(注3)で観測される、さまざまな分子や原子からの放射を元にして探査法を確立することを目指しています。ミリ波サブミリ波帯は、星間物質、特に低温の高密度ガスを観測する上で最も基本的かつ重要な波長帯であり、塵による吸収を受けないという非常にユニークな性質を持っているので、銀河中心部の観測にうってつけなのです。また、近年の星間化学モデルの発展により、銀河におけるさまざまな活動現象(超巨大ブラックホールや爆発的星形成)は、それぞれ特徴的な影響を星間物質に与えることが予測されています。したがって、こうした影響の違いを逆手に利用することで、個々の現象を特定しようというのが、研究グループのアイディアです。

本研究の手法:アルマ望遠鏡による高感度高空間分解能観測

新手法の開発ならびに検証には、素性のよく分からない遠方銀河を用いるよりも、まずは空間的に分解して性質を詳しく調べられる近傍銀河を研究するべきです。そこで、研究グループは、NGC 1097(距離約5千万光年)という銀河において、シアン化水素(HCN)、ホルミルイオン(HCO+)、硫化水素(CS)といった分子の放つミリ波サブミリ波帯の電波(回転遷移線; 注4)を、南米チリのアタカマ高地に建設されたアルマ望遠鏡で観測しました。NGC 1097は先行研究から中心部に活動的な超巨大ブラックホールが存在すると分かっており、さらに、上記の分子輝線は銀河中心部のような高密度領域を観測するのに適したものとなっています。

研究結果

今回の観測は、総観測時間約2時間程度の比較的短い観測ですが、1.5秒角の高い解像度が達成され、また、雑音の少ない非常に高品質なデータを取得することができました。アルマ望遠鏡で観測したこの銀河中心の半径2100光年の領域の画像と中心地点でのスペクトルを、それぞれ図1と2に示します。

画像1

図1:(左)今回観測したNGC 1097の光学写真。(右)NGC 1097の中心領域(半径2100光年)をアルマ望遠鏡を用いてサブミリ波で観測した結果(疑似カラー表示)。リング状に存在する爆発的星形成領域と、中心のブラックホール近傍に存在する塵の放射が描き出されている。中心の星印は近赤外線放射(主に星形成活動を反映)のピーク位置を、十字は波長6cmの電波放射(活動的な巨大ブラックホール領域からの放射)のピーク位置を示す。アルマ望遠鏡で観測したサブミリ波放射のピークと、6cm電波放射のピークはよく一致しており、正確にブラックホール周辺領域からの放射を観測できていると分かる。
Credit:ESO, ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi

図2:アルマ望遠鏡で得たサブミリ波放射のピーク地点で採取したスペクトル。横軸が周波数、縦軸が電波強度を示す。シアン化水素(HCN)やホルミルイオン(HCO+)、一酸化炭素分子(CO)からの強い放射が検出されたが、硫化炭素分子(CS)から期待される周波数には信号が検出されなかった。
Credit: T. Izumi
図2の高解像度版 (JPEG/ 697KB)

広い周波数範囲のスペクトルをとると、色々な分子輝線の強度の比をとることができます。このスペクトルの場合、研究グループはHCNの強度がHCO+やCSに比べて大きいことに注目しました。これは、より低い周波数(ミリ波帯)における巨大ブラックホール周辺環境の観測研究でも報告されている現象です。ミリ波帯の輝線に比べて、サブミリ波帯の輝線はより高温高密度の領域を観測できる、すなわち、よりブラックホール周辺の環境を観測できると考えられているので、今回の研究でも先行研究と同様の結果が得られたことは研究グループのアイディアの妥当性を裏付けるものとなっています。

次に、この傾向が他の銀河でも見られるか、研究グループは文献を調査しました。その結果をまとめたのが図3です。まだまだ天体数は少ないものの、この図から、やはり活動的な巨大ブラックホールの影響が強い銀河ほど、HCN/HCO+比とHCN/CS比は大きくなる(図中では右上にくる)ことが分かりました。したがって、この図を用いて銀河中心の活動現象の種類を判定できると期待されます。

図3:観測された分子輝線を用いて作成した銀河のエネルギー源診断図。観測サンプルは、赤が活動銀河(巨大ブラックホールがエネルギー源)、青が爆発的星形成銀河、緑が高光度赤外線銀河を示す。ブラックホールの活動の影響の強い銀河(赤)が、図中では右上に位置している。NGC 4418はさまざまな波長で非常に特異な性質を示す銀河で、今後さらなる詳細観測が必要である。
Credit: T. Izumi
図3の高解像度版 (JPEG/ 692KB)

この新判定法にはサブミリ波帯の分子輝線を用いていますが、輝線の周波数は、天体が遠くになればなるほど赤方偏移の効果で低くなります。しかし、アルマ望遠鏡は、今回の観測(サブミリ波帯)よりも低い周波数帯(ミリ波帯)も充分観測可能なので、この判定手法は、約100億光年彼方の天体まで適用可能であり、遠方銀河の探査が飛躍的に進むであろう今後のアルマ時代にうってつけの観測手法です。

また、観測された様々な分子輝線を用いた詳細な解析を行なうことで、単なる輝線強度の議論からさらに踏み込んで、輝線を出す領域の温度や密度、化学組成といった物理化学的な量がどうなっているのかを調べました。その結果、これらの分子輝線は高温(数百度)高密度(1立方センチメートルあたりに水素分子が1万個から百万個程度存在)の領域から放たれており、そこではHCN分子が活発に生成されていることが分かりました。ここで示されたような高温状態を銀河中心の数百光年の領域にわたって達成することは、一般的な星形成活動では難しく、巨大ブラックホールの影響を反映しているものと考えられます。特に、今回観測したNGC 1097においては、ブラックホールから吹き出るジェットによる衝撃波加熱の影響が強く示唆されました。こうした高温環境でHCN分子が大量生成されることは、近年の星間化学モデルとも良く合致する結果です。このように、アルマ望遠鏡の高い性能のおかげで、理論と観測の結果の直接比較も可能となりつつあることも、今回の研究で示すことができました。

画像4

図4: NGC1097中心核近傍の想像図。超巨大ブラックホールから吹き出るジェットによる衝撃波で加熱された周囲の分子ガス雲の中で、シアン化水素分子の大量生成が促進されている様子が描かれている。

Credit: 東京大学
図4の高解像度版 (JPEG/ 4.5 MB)

今後の展望

本研究により、NGC 1097という銀河の中心部では、超巨大ブラックホールの影響を反映して、ガスが高温に加熱されており、その結果HCN分子の生成が促進されていることが分かりました。また、その現象を利用して、サブミリ波帯での分子輝線観測にもとづく超巨大ブラックホール探査法を提示することができました。今後は観測天体数を増やしてこの手法の確立を目指すとともに、アルマ望遠鏡によるさらに詳細な高密度ガスの観測を行なうことで、可視光や赤外線観測では全貌を解き明かせない、塵に覆われた真のブラックホール成長史を明らかにしていきたいと考えています。


注1:太陽の数百万倍から十億倍程度の質量をもつ。

注2:宇宙空間は完全な真空ではなく、ガスや塵が漂っている。これらを総称して星間物質と呼ぶ。星間物質は、ブラックホールや星形成活動の「燃料」となる、宇宙の重要な構成要素である。

注3:ミリ波は波長数ミリメートル程度、サブミリ波は波長0.1~1mm程度の電波のこと。

注4:分子の回転は量子力学により記述され、とびとびのエネルギー準位を持つ。ある回転状態が別の回転状態に遷移するときに、その準位差に相当するエネルギーの電磁波を放出または吸収する。回転遷移はおもに電波領域で観測され、その周波数は分子ごとに異なる。逆に、観測されたスペクトルの周波数から分子を同定することもできる。

論文・研究チーム

今回の研究は、Izumi et al. “Submillimeter ALMA Observation of the Dense Gas in the Low-Luminosity Type-1 Active Nucleus of NGC 1097” として、2013年10月25日発行の天文学専門誌「日本天文学会欧文研究報告(Publication of the Astronomical Society of Japan)」に掲載されます。

研究チームのメンバーは、以下の通りです。泉拓磨, 河野孝太郎 (東京大学), Sergio Martín (European Southern Observatory), Daniel Espada (国立天文台; Joint ALMA Observatory[JAO]), Nanase Harada (Max Planck Institute for Radio Astronomy), Satoki Matsushita (Academia Sinica Institute of Astronomy & Astrophysics), Pei-Ying Hsieh (Academia Sinica Institute of Astronomy & Astrophysics; National central University), Jean L. Turner (University of California, Los Angeles), David S. Meier (New Mexico Institute of Mining and Technology; National Radio Astronomy Observatory [NRAO]), Eva Schinnerer (Max Planck Institute for Astronomy), 今西昌俊 (国立天文台), 田村陽一 (東京大学), Max T. Curran (国立天文台), 土居明広 (JAXA宇宙科学研究所), Kambiz Fathi (Stockholm University), Melanie Krips (Institute for Radio-Astronomy at Millimeter Wavelengths), Andreas A. Lundgren (JAO), 中井直正 (筑波大学), 中島拓 (名古屋大学), Michael W. Regan (Space Telescope Science Institute), Kartik Sheth (NRAO), 高野秀路 (国立天文台; 総合研究大学院大学), 谷口暁星(東京大学), 寺島雄一 (愛媛大学), 濤崎智佳 (上越教育大学), Tommy Wiklind (JAO)

アルマ望遠鏡

アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮
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アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮
Credit: Clem & Adri Bacri-Normier (wingsforscience.com)/ESO
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(ALMA)は、ヨーロッパ、東アジア、北米がチリ共和国と協力して建設する国際天文施設である。ALMAの建設費は、ヨーロッパではヨーロッパ南天天文台(ESO)によって、東アジアでは日本自然科学研究機構(NINS)およびその協力機関である台湾中央研究院(AS)によって、北米では米国国立科学財団(NSF)ならびにその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)によって分担される。ALMAの建設と運用は、ヨーロッパを代表するESO、東アジアを代表する日本国立天文台(NAOJ)、北米を代表する米国国立電波天文台(NRAO)が実施する(NRAOは米国北東部大学連合(AUI)によって管理される)。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とする。

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