アルマ望遠鏡、赤ちゃん星が放つふたつの「産声」の起源を明らかに

九州大学の大学院生 松下祐子氏と町田正博准教授、国立天文台の高橋智子助教、富阪幸治教授の研究チームは、アルマ望遠鏡を使ってオリオン座にある原始星MMS5/OMC-3を観測し、この星から両極方向に噴き出す高速で絞られたガス流と低速で広がりを持つガス流の分布を詳細に明らかにしました。その結果、低速ガス流に比べて高速ガス流が噴き出す向きが17度傾いていることを発見しました。さらにガス流の速度の分析から、低速ガス流が高速ガス流よりも先に放出され始めたことを明らかにしました。2種類のガス流の放出メカニズムについては、高速ガス流が周囲のガスを巻き込むことで低速ガス流が作られるという説と、高速ガス流と低速ガス流がそれぞれ独立に原始星周辺から噴き出すというふたつの説がありましたが、今回の成果は後者のメカニズムが正しいことを示しています。ガス流は原始星の成長にとって大きな影響を与える現象であり、その放出源の解明は宇宙の基本構成要素である星の質量の決定メカニズムを理解するうえで非常に重要な意味を持ちます。

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アルマ望遠鏡で観測した、原始星MMS5/OMC-3から噴き出すガス流の広がり。低速ガス流(アウトフロー)をオレンジ色、高速ガス流(ジェット)を青色で表現しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Matsushita et al.

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アルマ望遠鏡の観測をもとに描いた、原始星MMS5/OMC-3の想像図。中央にある原始星から、細く絞られたものと幅が広いものの2種類のガス流が噴き出しているようすが描かれています。
Credit: 国立天文台

太陽のような星は、宇宙に漂うガス雲がみずからの重力によって収縮することで作られます。収縮するガスの中心には原始星(赤ちゃん星)が生まれ、その重力によってさらに周囲のガスをひきつけることで原始星は成長していきます。一方、原始星に引かれて回転しながら落下してきたガスの一部は、両極方向にガス流として噴き出すことが知られています。つまり星の最終的な質量は、原始星が重力で集めてきた物質と、そこからガス流として流れ出してしまった物質とのバランスで決まるのです。星の寿命はその質量によって決まるため、ガス流として失われる物質の量やガス流が形成される仕組みを明らかにすることは、星の質量の決定メカニズムを理解するうえで欠かせない重要なテーマです。

原始星から噴き出すガス流には、一般に低速のもの(アウトフロー)と高速のもの(ジェット)があることが知られています。アウトフローは原始星から広い角度に広がりながら放出されるのに対して、ジェットは細く絞られていることが特徴です。このふたつのガス流が作られる仕組みとしては、(1)原始星周辺から噴き出す高速のジェットが周囲のガスを巻き込みながら進むため、巻き込まれたガスがアウトフローとして見える、という説(『巻き込み説』)と、(2) 高速のジェットと低速のアウトフローは原始星周辺の別の場所から独立に噴き出す、という説(『独立説』)のふたつが提唱されてきました。従来の観測では、このふたつの説のどちらが正しかを判定することはできていませんでした。

今回、松下氏らの研究チームは、オリオン座にある原始星MMS5/OMC-3をターゲットに、この星から流れ出すガスに含まれる一酸化炭素分子が放つ電波をアルマ望遠鏡で観測しました。その結果、ほぼ原始星から東西方向に噴き出すガス流の構造を詳細に描き出すことに成功しました。さらに一酸化炭素が放つ電波のドップラー効果を利用することでガス流の速度を分析し、低速のアウトフローと高速のジェットが存在することを明らかにしました。電波でひとつの原始星からアウトフローとジェットの両方が出ているようすが観測された例はこれまでに何天体かありますが、MMS5/OMC-3はその中でも特別な天体でした。

何が特別か、松下氏は次のようにコメントしています。「見えているジェットやアウトフローの長さと速度から逆算すると、これらが何年くらい前に噴き出し始めたかを計算することができます。それによると、ジェットはおよそ500年前、アウトフローはおよそ1300年前に出始めたと考えられます。」つまりこれらの年代は、ジェットやアウトフローが非常に若い段階にあることを示しています。

さらに詳細な分析の結果、研究チームはアウトフローとジェットが放出される方向が17度異なっていることを見出しました。同様の例はこれまでもいくつか報告されていましたが、いずれの場合もジェットは大きく成長した後のものでした。このような場合、原始星が歳差運動(止まりかけのコマのように自転軸がふらつくこと)を起こしたことによってジェットが傾いている、という可能性を排除することができません。一方でMMS5/OMC-3の場合はジェットが非常に若いことと、その構造から歳差運動の影響を受けたとは考えにくいのです。

これらふたつの観測結果は、ジェットとアウトフローの成因について重要な示唆を与えてくれます。それは、ジェットとアウトフローはそれぞれ独立に、原始星周辺から噴き出している可能性が高い、ということです。求められたジェットとアウトフローの年齢を見てみると、ジェットのほうが若く、『ジェットが先に出て周囲のガスを巻き込むことでアウトフローが形成される』という『巻き込み説』とは合致しません。また軸の傾きについても『巻き込み説』では説明がつきませんが、『独立説』であればこのふたつのガス流の放出源が原始星周囲の異なる場所から噴き出すことでうまく説明できます。

今回の観測結果は、研究チームの一員である町田氏が国立天文台のスーパーコンピュータVPP5000を使って2008年に発表した、『独立説』に基づくシミュレーション研究の結果ともよく一致しています。

「原始星のまわりには、ガスでできた円盤があります。『独立説』では、アウトフローが円盤の外側から、ジェットが円盤の内側から出ると考えます。円盤の回転は外側ほどゆっくりになるため、外側から出るアウトフローのほうが低速になるのです。さらに、内側と外側で円盤の向きが異なっていれば、ジェットとアウトフローの放出される方向がずれることもあり得ます。」と町田氏は語っています。

「ジェットが噴出した直後の現象を捉えたことで、アウトフローとジェットそれぞれの噴出のメカニズムを考察することが出来ました。今後は、他のアウトフローとジェットが同時に見られている天体との比較や、アルマ望遠鏡でのより高解像度な観測・磁場の観測を取り入れて、より詳細なジェットとアウトフローの内部構造を明らかにしていきたいです。」と松下氏は語っています。

論文・研究成果
この観測成果は、Matsushita et al. “A Very Compact Extremely High Velocity Flow toward MMS 5 / OMC-3 Revealed with ALMA”として、2019年2月1日発行の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
松下祐子(九州大学)、高橋智子(合同アルマ観測所/国立天文台/総合研究大学院大学)、町田正博(九州大学)、富阪幸治(国立天文台/総合研究大学院大学)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 17K05387, 17H06360, 17H02869, 15K05032)、合同アルマ観測所サイエンスビジタープログラムの支援を受けています。

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