星の卵の「国勢調査」―アルマ望遠鏡が追う星のヒナ誕生までの10万年

大阪府立大学の徳田一起 客員研究員(兼・国立天文台 特任研究員)と名古屋大学の立原研悟准教授らの研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、おうし座方向にある「星の卵」ともいうべき高密度ガス雲(分子雲コア)32個の観測を行いました。この観測から、分子雲コアが自身の重力によって収縮し、星へと急成長する様子を明らかにすることができました。さらに、電波が検出された分子雲コアのうち1つに、「星のヒナ」である原始星に特有のガス流が潜んでいることも発見しました。ガス流の規模から推定するこの原始星の年齢はわずか数千年であり、誕生後まもない原始星を発見した可能性があります。「星の卵」から「星のヒナ」が生まれるまでにかかる時間はおよそ10万年と考えられ、今回の「星の卵の国勢調査」によって、分子雲コアが自らの重力によって収縮し星の誕生に至るまでの進化過程を描き出すことに成功しました。

夜空に輝く星々は、星々の間にただようガスや塵(星間物質)を材料にして誕生します。星間物質が密集する場所では、水素分子を主成分とする「分子雲」となって存在します。分子雲は多くが天の川に沿って存在しており、そのひとつが「おうし座分子雲」です。おうし座分子雲は、地球からおよそ450光年の距離にあって比較的近いことから、これまで盛んに研究されてきました。おうし座分子雲の中には、特に星間物質の密度が高い「分子雲コア」と呼ばれる領域が約50個存在します。分子雲コアは「星の卵」とも言え、その中でさらに物質が重力によって集まることで、ひとつの星(あるいは一対の連星系)が誕生します。

分子雲コアは、その進化の初期段階では非常になめらかな内部構造をしています。研究チームの一員である法政大学 松本倫明教授らの理論計算(ムービー1)においても示されているように時間が進むにつれ、中心部の物質密度が高まり、やがて原始星が誕生します。おうし座分子雲には多数の分子雲コアがあり、その一部にはすでに原始星を宿しているものも発見されています。しかし、理論計算とは違って、10万年規模の時間進化を人間が観測で直接追うことはできません。さらに、星がまだ生まれていない分子雲コアについては、従来の電波望遠鏡の解像度が不足していたため、中心部分のガス密度が高まって内部の構造が発達し始めているかどうかを特定してその進化の様子を明らかにすることが困難でした。

そこで徳田氏らの研究チームは、アルマ望遠鏡を用いておうし座分子雲にある分子雲コアをほぼすべて観測し、その進化段階を明らかにすることを目指しました。しかし、分子雲コアは個々の原始星に比べるとずっと大きく広がっており、さらに内部構造も乏しいという特徴があります。アルマ望遠鏡のように多数のアンテナを組み合わせて観測する電波干渉計は、一般的にはこのような特徴を持つ天体の観測には不向きとされてきました。そこで研究チームは、アルマ望遠鏡の中でも日本の開発したアタカマ・コンパクト・アレイ(愛称「モリタアレイ」)の口径7mアンテナのみを利用することにしました。

「のっぺりと広がった天体の進化を電波干渉計で観測するには、電波干渉計を構成するアンテナをできるだけ近接させて設置する必要があります。アルマ望遠鏡の場合、口径12mアンテナよりも口径7mアンテナのほうが密集して設置されているので、分子雲コアを観測するには最適だったのです。」と、徳田氏はコメントしています。

研究チームは、モリタアレイの7mアンテナのみを使い、おうし座分子雲にある分子雲コア39天体を観測しました。そのうち7天体は既に内部に原始星があることが知られており、32天体はまだ原始星が作られる前の段階のものでした。観測の結果、原始星を持つ分子雲コアのすべてと、原始星を持たない分子雲コア(星なしコア)のうち12天体で濃いガスに含まれる塵が放つ電波の検出に成功しました。電波が検出されなかった星なしコアは、モリタアレイ7mアンテナでもその姿を捉えることができないほど内部構造が発達していない非常に若い段階にあると考えられます。また、電波が検出された星なしコアとされなかったコアの数の比率から、それぞれの段階にある時間を見積もることができます。研究チームは、水素分子の密度がある値(おおよそ1立方㎝あたり100万個)を超えると、自分自身の重力に支配されて星へと急速に進化することを明らかにしました。分子雲コアには、磁場やガスのランダムな運動による収縮を妨げる力が働いていますが、自分自身の重力がそれらに打ち勝って星へ進化する条件を精度よく突き止めたのです。

 

Taurus_ALMA_Herschel3

欧州宇宙機関のハーシェル宇宙天文台が遠赤外線で観測したおうし座分子雲(背景)に、アルマ望遠鏡で観測した星のない分子雲コア12天体(ファーストコア候補1天体を含む)を合成した画像。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tokuda et al. ESA/Herschel

 
さらに、原始星を持たないと思われていた分子雲コアのうちのひとつ「MC35」で、中心部から両側に向かって移動するガスの流れが発見されました。これは、原始星に特有のアウトフロー(双極分子流)と考えられます。アウトフローの広がりはおよそ2000天文単位(1天文単位は太陽と地球の間の平均距離、約1億5000万kmに相当)と、一般的な原始星のアウトフローに比べると規模の小さいものでした。広がりとガスの移動速度からアウトフローの年齢を求めると、数千年という非常に若い値が導出されました。

原始星は一般に赤外線で輝きますが、誕生直後の「ファーストコア」と呼ばれる段階(ムービー2の中心部分に相当)は温度も低く、発する赤外線は大変弱いと考えられています。これまでの観測ではMC35に赤外線源は確認されておらず、今回発見されたアウトフローの性質は理論的に予想されるものと矛盾がないことから、ファーストコアが中心に存在することを示唆しています。「理論的研究ではファーストコアは数千年から数万年でより明るく輝く原始星に成長すると考えられていますが、これは分子雲コアの成長に必要な時間と比べると短時間であるため、ファーストコアを実際に観測できる確率は非常に低くなります。これまでも他の領域でいくつかの候補天体が報告されていますが数が限られており、より詳しく観測可能な地球から最も近い星形成領域の1つであるおうし座分子雲で見つかったのはこれが初めてのことです。」と、研究チームの藤城翔氏(名古屋大学)はコメントしています。

 
ムービー1:

コンピュータシミュレーションが描き出した分子雲コアからファーストコアが誕生するまでの進化過程。モリタアレイの観測では、中心のガス密度が徐々に高くなり赤く表示された部分(1立方cmあたり約100万個)を捉えていると考えられます。シミュレーションには、国立天文台の天文学専用スーパーコンピュータ「アテルイ II」が使用されました。
提供: 松本倫明 (法政大学)
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ムービー2:

ムービー1 をファーストコアが形成されている中心部分までズームインし、その後ズームアウトした様子を表しています。
提供: 松本倫明(法政大学)
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立原准教授は、「おうし座における星の卵と星のヒナの研究は、日本の研究者たちが名古屋大学4m電波望遠鏡や国立天文台野辺山45m望遠鏡等を使って1990年代から継続して研究してきたテーマです。今回の研究も、日本が開発したモリタアレイを使っておうし座分子雲の『国勢調査』を行ったものです。星なしコアの進化のようすを追うことができたのも、ファーストコアと思われる天体を見つけたのも、モリタアレイで多数の分子雲コアを観測したからこその成果と言えます。」と語っています。

「今回の研究で星の卵から『ヒナ』が誕生するまでの成長録を描き出すことに成功し、またその手法を確立することができたと考えています。今後は、より解像度の高いアルマ望遠鏡の口径12mアンテナ群を用いてファーストコア候補天体など成長した分子雲コアのより詳しい観測や、環境の異なる星形成領域をモリタアレイで広く観測を行い、星の多様性の起源に迫りたいと思っています。」と徳田氏はコメントしています。

 
論文・研究チーム
この観測成果は、K. Tokuda et al. “FRagmentation and Evolution of Dense Cores Judged by ALMA (FREJA). I (Overview). Inner ~1000 au Structures of Prestellar/Protostellar Cores in Taurus” として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に、K. Fujishiro et al. “A Low-velocity Bipolar Outflow from a Deeply Embedded Object in Taurus Revealed by the Atacama Compact Array”として、米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に、2020年8月7日付で掲載されます。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
徳田一起(大阪府立大学/国立天文台)、藤城翔(名古屋大学)、立原研悟(名古屋大学)、高嶋辰幸(大阪府立大学)、福井康雄(名古屋大学)、Sarolta Zahorecz(大阪府立大学/国立天文台)、西合一矢(国立天文台)、松本倫明(法政大学)、富田賢吾(東北大学)、町田正博(九州大学)、犬塚修一郎(名古屋大学)、Philippe André(CEAサクレ―研究所)、河村晶子(国立天文台)、大西利和(大阪府立大学)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 18K13582, 18H05440)と、国立天文台ALMA共同科学研究事業(2016-03B)の支援を受けて行われました。

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