重水素で探る系外惑星系と太陽系の成り立ち ~アルマ望遠鏡による惑星誕生現場の大規模観測

東京大学/国立天文台のジャンニ・カタルディ特任研究員と東京大学の大学院生大和義英氏、相川祐理教授らの国際研究チームは、5つの若い星を取り巻く原始惑星系円盤を対象としたアルマ望遠鏡による大規模観測計画を実行し、惑星形成現場において重水素を含む分子とイオン化率の分布をこれまでになく高解像度に描き出すことに成功しました。特に重水素を含む分子は地球に存在する水の起源を探る鍵になる物質であり、惑星が生まれる現場での分布を普遍的に明らかにすることは、太陽系の天体と太陽系外惑星の誕生過程を理解するうえで欠かせないステップといえます。
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アルマ望遠鏡で撮影した、若い星AS 209とHD 163296の周囲の原始惑星系円盤。円盤内の分布が分子によって異なることがわかります。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Cataldi et al./Aikawa et al.

 

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アルマ望遠鏡で観測した、若い星HD 163296の周囲の原始惑星系円盤。この画像ではHCNの分布を淡い部分まで強調して表現しています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)/D. Berry (NRAO), K. Öberg et al (MAPS)

 

 

太陽系の天体たちは、さまざまな化学組成を持っています。これは、原始太陽を取り巻くガスと塵の円盤(原始惑星系円盤)の中で、それぞれの天体が作られた場所の化学組成や物理状態がさまざまに異なっていたからだと考えられます。このため、原始惑星系円盤の中での化学組成や物理状態を明らかにすることは、惑星形成研究の基礎となります。

原始惑星系円盤には多様な分子が含まれており、それぞれの分子は特定の波長の電波を放出します。この電波の多くは数ミリメートル程度の波長をもち、アルマ望遠鏡で観測することができます。

今回、原始惑星系円盤に含まれる分子が放つ電波を高解像度にとらえることを目指して、アルマ望遠鏡の大規模観測計画「Molecules with ALMA at Planet-forming Scales(アルマ望遠鏡による惑星形成スケールでの分子研究:MAPS)」が実行されました。この計画では、5つの若い星(おおかみ座IM星、ぎょしゃ座GM星、AS 209、HD 163296、MWC 480)の周囲にある原始惑星系円盤を観測し、およそ20種の分子の円盤内での分布を約15天文単位 [1] の解像度で描き出すことを目標としています。MAPSのリーダーであるハーバード・スミソニアン天体物理学センターのカリン・オーベル氏は、「アルマ望遠鏡を使うことで、惑星がまさに作られつつある現場で分子がどのように分布しているかを見ることができました。特に、地球上の生命の起源にも関連する窒素有機化合物の分布を調べられることが、このプロジェクトの非常にワクワクするポイントです」と語っています。

これまでにも原始惑星系円盤内での分子の分布を調べる研究は行われてきましたが、これほどの高解像度・高感度で多様な分子の分布を明らかにするのは今回が初めてです。MAPSでは、HC3N、CH3CN、c-C3H2などの複雑な有機分子の原始惑星系円盤における分布も明らかにしました。イギリス・リーズ大学のジョン・イリー氏は、「私たちが想像していたよりも10倍から100倍も多くの大型有機分子を、原始惑星系円盤の内側の領域で発見することができました。その科学的特徴は、太陽系の彗星に似ています。大型有機分子は、宇宙に豊富にある一酸化炭素などの単純な炭素含有分子と生命の素になるより複雑な分子の間をつなぐ存在として、とても重要です。」とコメントしています。MAPSの観測結果は20本の論文にまとめられ米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメント・シリーズ」のMAPS特集号として出版されます。

 

Planetary Disk

若い星を取り巻く原始惑星系円盤の想像図。この円盤内でガスと塵が集積して惑星が形成されます。MAPSでは、この円盤内における様々な分子の分布を明らかにしました。
Credit: M.Weiss/Center for Astrophysics | Harvard & Smithsonian

 

 

この大規模観測計画の中で、カタルディ氏、大和氏、相川氏を中心とする日本の研究チームは、主に重水素を含む分子(DCN、N2D+)とHCO+というイオン分子の解析を担当しました。重水素(D)は水素の同位体で、元素としての存在量は水素(H)の10万分の1しかありません。しかし地球の海水には重水素を含む水分子(HDO)が普通の水(H2O)の1万分の1存在します。このように分子内での重水素の存在比が元素の比よりも高くなる現象を「重水素濃縮」と呼びます。彗星など太陽系天体では、水以外の分子でも重水素濃縮が見つかっています。原始惑星系円盤での分子の重水素比は、地球の海水の起源だけでなく、太陽系の物質科学的起源を探る鍵となると考えられています。

MAPSデータの解析により、研究チームは原始惑星系円盤内での重水素存在比(DCN/HCN、N2D+/N2H+)の空間分布を初めて定量的に測ることに成功しました。その結果、重水素存在比はひとつの円盤の中でも場所によって100倍ほど異なっており、特に中心星に近いほどその存在比は小さくなっていました。カタルディ氏は、「重水素濃縮については、極低温領域で活発な化学反応と比較的温かい領域でも有効な2つの化学反応があると推定されていますが、今回の観測でその両方ともが円盤内で重要な役割を果たしていることがわかりました。」と語っています。

原始惑星系円盤で求められた重水素存在比と太陽系天体の重水素存在比を比較すると、太陽系天体の起源に関する情報が得られます。例えば、1997年頃に太陽に近づき地球からも明るく観測されたヘール・ボップ彗星でも、HCN分子の重水素存在比が測定されています。その値は、原始惑星系円盤で測定された値よりも小さなものでした。大和氏は、「これは、ヘール・ボップ彗星が原始太陽系円盤のごく内側(30天文単位以内)で形成された可能性を示唆しているかもしれません。別の可能性としては、彗星に含まれるHCN分子は原始太陽系円盤ができるさらに前の段階のガス雲に含まれていた氷を起源とするものであり、原始太陽系円盤における重水素濃縮の影響を受けていない、という可能性もあります。」と説明しています。

また、原始惑星系円盤におけるイオン分子の分布も明らかになりました。今回のHCO+分子の観測によると、原始惑星系円盤の半径100天文単位より外側のイオン化率は、中心星表面の磁気活動で生じたエックス線が円盤上空のガスを電離させていると考えるとよく説明できました。一方で半径100天文単位より内側ではイオン化率は低くなっていました。これは、原始惑星系円盤の内側ほどガスの密度が高くなっているためと考えられます。原始惑星系円盤のガス中にイオン分子が多いと、磁場の影響で円盤からガスが流れ出したり、円盤の回転の勢いが弱められてガスが中心星に向かって落下しやすくなったりと、円盤内での惑星形成にも大きな影響が及びます。今回、N2D+の観測からは、円盤の中心面付近のイオン化率は天体によって異なる可能性も示唆されており、今後より多くの円盤の観測も待たれます。

相川氏は、「大学院生の頃に野辺山宇宙電波観測所で行われた原始惑星系円盤の観測結果に刺激を受けて、私はこの研究を始めました。私が専門とする理論的な研究による予測と、高い感度と解像度を持つアルマ望遠鏡を使った原始惑星系円盤の観測結果、さらに彗星など太陽系物質の分析・観測結果を比較することで、私たちが住む太陽系の形成過程の謎に迫っていけると考えています。」とコメントしています。

論文情報
本研究成果は、Gianni Cataldi et al. “Molecules with ALMA at Planet-forming Scales (MAPS) X: Studying deuteration at high angular resolution towards protoplanetary disks”、Yuri Aikawa et al. “Molecules with ALMA at Planet-forming Scales (MAPS) XIII: HCO+ and disk ionization structure”など全20篇の査読論文として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメント・シリーズ」のMAPS特集号に掲載されます。

この研究は、以下の支援を受けて行われました。
日本学術振興会科学研究補助金(No. 18H05222, 20H05844 , 20H05847, 18H05441, JP17K14244 and JP20K04017)、国立天文台ALMA共同科学研究事業(2019-13B、2018-10B)、東京大学国際卓越大学院教育プログラム(WINGS)、NASA Hubble Fellowship grant (HST-HF2-51401.001, HST-HF2-51419.001, HST-HF2-51427.001-A, HST-HF2-51429.001-A, HST-HF2-51405.001-A, HST-HF2-51460.001-A)、NASA Grant (No. 17-XRP17 2-0012)、NSF AAG Grant (#1907653,)、FONDECYT Iniciación 11180904 and ANID project Basal AFB-170002, NSF Graduate Research Fellowship under Grant No. DGE1745303、Natural Science Foundation of China grant No.11973090, David and Lucille Packard Foundation and Johnson & Johnson’s WiSTEM2D Program, Science and Technology Facilities Council of the United Kingdom (ST/T000287/1, ST/R000549/1, MR/T040726/1)、CNES fellowship grant、ANR of France under contracts ANR-16-CE31-0013, and ANR-15-IDEX-02), Simons Foundation (SCOL #321183), Wisconsin Alumni Research Foundation, Smithsonian Institution


1 天文単位は約1億5000万キロメートルで、地球と太陽の間の平均距離に相当します。太陽系では、天王星の軌道半径が約20天文単位です。

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