ついに解明!超巨大ブラックホールの成長メカニズムと銀河中心の物質循環

国立天文台の泉拓磨助教を中心とする国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、近傍宇宙にあるコンパス座銀河を約1光年という非常に高い解像度で観測し、超巨大ブラックホール周辺わずか数光年の空間スケールでのガス流とその構造を、プラズマ・原子・分子の全ての相において定量的に測定することに世界で初めて成功しました。その結果、超巨大ブラックホールへ向かう降着流を明確にとらえ、降着流が「重力不安定」と呼ばれる物理機構により生じていることをも明らかにしました。さらに、降着流の大半はブラックホールの成長には使われず、原子ガスか分子ガスとして一度ブラックホール付近から噴き出た後に、ガス円盤に舞い戻って再びブラックホールへの降着流と化す、あたかも噴水のようなガスの循環が起きていることも分かりました。超巨大ブラックホールの成長メカニズムの包括的な理解に向けた重要な成果です。
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図1. アルマ望遠鏡で観測したコンパス座銀河の中心部。中密度分子ガスを反映する一酸化炭素(CO)の分布を赤色、原子ガスを反映する炭素原子(C)の分布を青色、高密度分子ガスを反映するシアン化水素(HCN)の分布を緑色、プラズマガスを反映する水素再結合線(H36α)の分布をピンク色で示しています。図の中央には活動銀河核が存在します。この銀河は外側から内側にいくにつれて傾いた構造を持つことが知られており、中心部では高密度分子ガス円盤を横から見る形に近づきます。この高密度分子ガス円盤(図の中心部の緑色領域:右上のズームも参照)の大きさは直径約6光年程度で、アルマ望遠鏡の高い解像度で初めて明確に捉えることができました。プラズマ噴出流は、この高密度分子ガス円盤とほぼ直交する方角に出ています。Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al. オリジナルサイズの画像はこちら

多くの大質量銀河の中心には、その質量が太陽の100万倍以上に達する「超巨大ブラックホール」が存在します。この超巨大ブラックホールはどのようにして作られるのでしょうか?これまでの研究から提案されている重要な成長機構は、ブラックホールへの「ガス降着」です。これは、銀河に存在するガスが、銀河中心のブラックホールへ落ちていくことを指します。

超巨大ブラックホールのごく近傍に集まったガスは、ブラックホール重力により高速で運動し、ガス同士の激しい摩擦で数百万度まで高温化して輝きます。これは活動銀河核と呼ばれる天体現象で、その光は時に銀河の星の光の総量を凌駕するにまで至ります。興味深いことに、ブラックホールめがけて落ち込んでいったガス(降着流)の一部は、この活動銀河核の膨大なエネルギーをあびて吹き飛んでしまう(噴出流)とも考えられているのです。

さて、これまでの理論・観測研究の双方から、10万光年におよぶ銀河スケールから中心の数百光年程度までのガス降着機構については詳しく理解されています。しかし、そのさらに内側、特に銀河中心数十光年以内でのガス降着に関しては、領域のあまりの小ささから詳細は謎に包まれていました。たとえば、ブラックホールの成長を定量的に理解するためには、降着流の流量(どれくらいの量のガスが流入しているのか)を測定すること、また、噴出流としてどういうタイプのガス(プラズマガス・原子ガス・分子ガス)がどれだけの量で流出しているかを測定することが必要ですが、その観測的理解は進んでいませんでした。

国立天文台の泉拓磨助教(本研究実施時は国立天文台と東京都立大学に所属)を中心とする国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて、超巨大ブラックホール周辺わずか数光年という非常に小さな空間スケールでのガス流とその構造を、プラズマ・原子・分子の全ての相において定量的に測定することに世界で初めて成功しました。多相ガスを観測することで、ブラックホール周りの物質の分布や運動に関する、より包括的で正確な理解を得ることができるのです。観測したのはコンパス座銀河という、近傍宇宙の代表的な活動銀河核天体です。達成した解像度は約1光年。これは活動銀河核に対する多相ガス観測として、これまでで最高の解像度です。

本研究ではまず、銀河中心から数光年にわたって存在する高密度分子ガス円盤(図1の緑)において、超巨大ブラックホールへ向かう降着流を初めてとらえることに成功しました。実は領域の小ささに加えて、銀河中心部はガスの運動が複雑なため、降着流を特定することは長らく困難でした。しかし今回、研究チームは、明るく輝く活動銀河核の光を手前の分子ガスが吸収して影になっている現場を、アルマ望遠鏡の高解像度観測で特定したのです。詳しい解析から、この吸収体は私たちから「遠ざかる方向」に動いていることが分かりました。吸収体は、必ず活動銀河核と私たちの間に存在するので、これはつまり活動銀河核めがけて落ちていく降着流をとらえたことを意味します。

さらに、この銀河中心部でのガス降着を引き起こす物理機構をも解明しました。観測されたガス円盤自身の重力は、ガス円盤の運動から計算された圧力では支えきれないほど大きかったのです。この状態に陥ると、ガス円盤は自重で潰れて複雑な構造を形成し、銀河中心部で安定して運動することができなくなります。そうすると、ガスは一気に中心のブラックホールめがけて落ちていくのです。この「重力不安定」と呼ばれる物理現象が起きていることを、アルマ望遠鏡は明らかにしたのです。

また、本研究で活動銀河核まわりのガス流の定量的な理解も大きく進みました。観測されたガスの密度と降着流の速度から、ブラックホールへ供給されるガスの流量が分かります。その量は、この活動銀河核の活動性を支えるのに必要な量より、なんと30倍も大きな値でした。つまり、銀河中心1光年スケールでのブラックホール降着流のほとんど全ては、ブラックホールの成長に寄与していなかったのです。では、その余ったガスはどこに行ったのでしょうか?本研究はこの謎をも解明しました。アルマ望遠鏡の高感度観測により、中密度分子ガス・原子ガス・プラズマガスの全てのガス相(それぞれ図1の赤色、青色、ピンク色の分布に相当)において、活動銀河核からの噴出流が検出されたのです。定量的な解析の結果、ブラックホールへ流入したガスの大半は分子か原子として噴出するものの、速度が遅いためにブラックホールの重力圏から脱出できずにガス円盤に舞い戻り、再度ブラックホールへの降着流と化す、あたかも噴水のようなガスの循環が起きていることも分かりました(図2)。

今回の成果について、研究をリードした国立天文台の泉拓磨助教は「活動的、すなわちまさしく現在成長中の超巨大ブラックホール周辺のわずか数光年スケールの領域で、ブラックホール降着流や噴出流を多相ガスで検出し、さらにはブラックホールへの降着機構をも解明することができたことは、超巨大ブラックホール研究の歴史における一つの記念碑的な成果であると考えています。」と、その重要性を述べています。さらに、今後を見据え、「宇宙史における超巨大ブラックホール成長を包括的に理解することを目指すには、より遠くにある、様々な性質をもった超巨大ブラックホールを多角的に調べる必要があります。それには高解像度・高感度の観測が必須であり、アルマ望遠鏡を駆使するとともに、次世代の大型電波干渉計計画にも強く期待しています。」と述べています。

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図2. 今回の観測結果に基づく活動銀河核の星間物質分布の想像図。銀河から高密度分子ガスが円盤面を伝ってブラックホール方向へと流入します。ブラックホール周りに集積した物質が高温化することで生じたエネルギーで、分子ガスが破壊されて原子やプラズマへと変化します。これらの多相星間物質の多くは銀河中心部から外部へと向かう噴出流(円盤直上方向へは主にプラズマ噴出流が、斜め方向へは主に原子や分子の噴出流が発生する)と化すものの、大半は噴水のように再び円盤に舞い戻ることが分かりました。Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), T. Izumi et al. オリジナルサイズの画像はこちら

これらの観測成果は、Izumi et al. “Supermassive black hole feeding and feedback observed on sub-parsec scales”として米国学術雑誌Scienceに2023年11月3日付で掲載 (DOI: 10.1126/science.adf0569) されました。

本研究は、国立天文台ALMA Scientific Research Grant No. 2020-14A、2022-21A、ALMA Japan Research Grant for the NAOJ ALMA Project Code NAOJ-ALMA-271、および日本学術振興会科学研究費補助金 (JP20K14531、JP21H04496、JP17H06130、JP21K03632、JP19K03937、JP20K14529、JP20H00181、JP22H00158、JP22H01268) の支援を受けて行なわれました。

アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾国家科学及技術委員会(NSTC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宇宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

【発表者】
泉 拓磨(国立天文台 アルマプロジェクト 助教)
和田桂一(鹿児島大学大学院 理工学研究科 教授)
河野孝太郎(東京大学大学院理学系研究科 教授)
藤田裕(東京都立大学大学院理学研究科 教授)
川室太希(理化学研究所 開拓研究本部 基礎科学特別研究員)
松本尚輝(東北大学大学院理学研究科 博士課程前期在学中)
【共同発表機関】
自然科学研究機構 国立天文台
鹿児島大学
東京都立大学
東京大学
理化学研究所
東北大学

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