視力6000で見る宇宙【vol.4】「化学」を道具にして星の誕生を探る

星や惑星は、どのようにして生まれたのか。アルマ望遠鏡が挑む大きな謎のひとつに、「化学」をキーワードに挑む研究者がいます。理化学研究所の坂井南美 主任研究員です。ほとんど真空の宇宙空間ですが、実はごく希薄なガスがただよっていて、そこでは驚くほど豊かな化学反応が起きています。宇宙にどんな分子があって、その分子はどのような環境で生まれたのかを調べることは、星がどんな環境で作られるのかを知る手がかりを与えてくれます。アルマ望遠鏡を駆使して宇宙での化学反応を追いかけ、星誕生の謎に迫る研究の面白さについて、坂井さんにインタビューしました。

よその惑星系の「中身」は太陽系と同じ? 違う?

── 坂井さんの研究の特色は、「化学」を道具にして星の誕生のようすを読み解いていくことだと伺いました。化学を道具として使うとは、どういうことですか?

坂井:そもそも私が知りたいのは、「太陽系のような惑星系は、宇宙の中では多数派なの? それとも珍しい存在なの?」ということです。それを知るために、星や惑星がどのような環境の下で生まれてくるものなのかを研究しています。で、従来の天文学では、おもに「物理」を道具として、そうしたことを探ってきました。

 

_DSC4075

理化学研究所 坂井南美 主任研究員
Credit: 国立天文台

 

── 化学ではなく、物理を道具として、ですか?

坂井:ええ。たとえば星の誕生については、宇宙をただようガスが自分の重力によって集まっていき、その真ん中で星が生まれたと考えられています。それから、ガスはもともとさまざまに動いていますが、ガスが集まって生まれた若い星のまわりには回転するガスの円盤ができるだろう、それがきっと惑星系になったのだろうと考えられています。これらは重力による物体の動きに注目していますので、物理学に基づいて、つまり物理を道具として使うことで明らかにされたものです。

── なるほど。

坂井:でも、私が疑問に思ったのは、「物理的に考えると、たしかにそうやって星や惑星ができるでしょう。でもそうしてできたものはみんな、太陽系と同じなのか?」ということだったんです。形やサイズは同じでも、化学的な組成が違うんじゃないかな、と思いました。たとえば太陽系でも、地球の大気には窒素と酸素が多いですが、地球とほぼ同じ大きさの金星の大気は二酸化炭素が主成分で、まったく違います。さらに、巨大惑星である木星の大気は水素が主成分で、地球とも金星とも違います。太陽系が誕生したころから46億年間の化学的な進化の結果として、いま地球にだけ生命が存在しているんです。さらに、太陽系外惑星の化学組成は、太陽系のそれとはまったく違うものかもしれませんね。もしどこかの星のまわりに地球そっくりの惑星があったとしても、そこにある石や大気の組成が地球と同じである保証はありません。もし違う環境だったら、まったく違う形の生命が生まれるか、あるいは生まれないかもしれません。だから、化学組成を考えることが大切なのです。

 

ワインを味わえば、ワインの過去の状態がわかる

── 化学的な組成が同じなのか、違うのかを調べるには、どうすればいいのですか?

坂井:電波望遠鏡で観測して、そこに含まれる分子が出す電波を調べるという方法があります。
星の材料となる「星間分子雲」は、主成分は水素分子ですが、他にもさまざまな種類の分子がごく微量に含まれています。こうした分子は、それぞれに特有の波長の電波を放ちます。これを分子輝線といいます。これを調べれば、星の誕生現場にどんな分子が存在しているのかがわかります。
最初は野辺山の電波望遠鏡を使っていろいろな天体を調べたのですが、同じ生まれたばかりの天体でも化学組成が大きく違っていて、驚きました。

 

ALMAspecial1-4-WCCC

野辺山45m電波望遠鏡で観測した、6つの生まれたばかりの星の電波スペクトル。いずれも炭素鎖分子C4Hが放つ電波をとらえようとした結果ですが、IRAS 15398-3359で特に強くこの電波が検出された一方、他の天体では非常に微弱でした。生まれたばかりの星の周囲でも化学組成が大きく異なることがわかります。
Credit: Sakai et al. 2009, ApJ 697, 769 [1] . Copyright: AAS. Reproduced with permission.

 

── 違う分子が見つかる、つまり化学的な組成が異なるということは、何を意味しているのでしょうか?

坂井:星ができる前の段階で起きたことや星ができるまでの期間の長さの違いといった物理的な要素が、歴史として全部記憶されて、それが化学組成の違いとして出てくるわけです。
よくワインの例で説明するのですが、同じシャトーで同じ年に作られたワインを、片方はワインセラーに、もう片方は炎天下に置いておくとします。そうすると10年後に飲んだときに、見た目は同じだとしても、味は全然違いますよね。味わうことで初めてその違いがわかり、「このまずいワインは炎天下に置いてあったに違いない」と私たちは想像できるわけです。過去の物理状態が、味、つまり化学組成からわかるんです。

 

アルマでは分子の見え方が全然違う!

── 星の誕生現場での化学組成の違いを調べる上で、アルマ望遠鏡はやはり強力な武器なのですか?

坂井:アルマ以外の電波望遠鏡では、一酸化炭素分子などいくつかの単純な分子、たくさん存在する分子は観測できますが、他の複雑で存在量が少ない分子を観測することは難しかったんです。分子の量が少ないということは出てくる電波も弱いので、まず検出すること自体がたいへん。検出はできたとしても、分布を調べるくらいが関の山でした。

── それが、アルマでは全然違うと。

坂井:違います。これはおうし座の原始星天体をフランスにある電波干渉計で撮影したものです。当時は競争倍率の高かった、かなり良い望遠鏡ですが、ある複雑な分子の輝線を調べようとすると、こんな画像しか撮れなくて、これでもってガスがどんな運動をしているのかをがんばって解釈しようとしていたわけです。

 

ALMAspecial1-4-L1527C3H2_IRAM

プラトー・デ・ビュール干渉計(フランス)で観測した、原始星L1527のまわりのc-C3H2分子の分布。左下の等高線は分子が放つ電波の強度分布を表しており、中央にある原始星のまわりに分子が広がっていることがわかります。上と右下は、分子が放つ電波のドップラー効果をもとに、原始星周囲のガスの運動をあらわした図(位置-速度図)。位置-速度図では等高線が全体に広がっていて、どこのガスがどんな速度を持つのかなど、明確なガスの動きの傾向をつかむことが難しい結果になっています。
Credit: Sakai et al. 2010 ApJ, 722, 1633 [2] . Copyright: AAS. Reproduced with permission.

 

── うーん、これだと何が何だか、さっぱりわからないですね。

坂井:一方、部分的運用を始めてすぐのアルマ望遠鏡を使って、私たちがおうし座の原始星天体を撮影したものが、これです。同じ分子の輝線を見ているのですが、たった30分撮影しただけで、ガスの分布だけでなく、その運動のようすまでが、見事にわかってしまうんです [3] 

 

ALMAspecial1-4-L1527C3H2_Jp

アルマ望遠鏡で観測した、原始星L1527のまわりのc-C3H2分子の分布(左)。プラトー・デ・ビュール干渉計での観測(前図)の中心部をおよそ7倍拡大してみていて、分子が円盤状に広がっているのがわかる。ドップラー効果を利用してc-C3H2分子の移動速度と位置の関係をあらわしたのが右図(位置―速度図)。以前の観測に比べ、原始星から遠い場所では回転速度が遅く、原始星に近づくにつれて回転速度が速くなるようすが格段によくわかる。
Credit: N. Sakai /The University of Tokyo, All rights reserved.

 

── これは全然違いますね! 以前の観測ではぼんやりしていたものが、すっとシャープになって見える。ここまでのものがアルマで見られると、予想されていましたか?

坂井:いろんな複雑な分子の分布が調べられるとは思っていましたが、分子の運動のようすがここまできれいに見えるとは予想していませんでした。従来は理論先行で、シミュレーションによって「星が誕生する時には、こんな円盤ができる」といったことが議論されていたのですが、誰も実際にそこまで詳しく観測したことはありませんでした。それがアルマでは化学的に特徴のある複雑な分子の動きまではっきり見えてしまうというのは、やはり感激でしたね。

 

「ススだらけ」の変わった天体をさらに詳しく調べたら

坂井:それで、この天体がじつは、従来は予想されていなかった、変わった化学組成の天体なのです。メタノールなどの有機分子が少なくて、「炭素鎖分子」という、ススみたいな分子しかない天体です。

── それまでは、有機分子が多い天体しかないと思われていたんですか?

坂井:ええ。炭素鎖分子も厳密にいえば有機分子なのですが、一般に有機分子というと、メタノールとかアルコールなどの地球上によくある安定した分子を指します。一方、炭素鎖分子は炭素ばかりが長くつながった分子で、他の原子や分子と反応してすぐに変化してしまいます。ですが宇宙空間では、他の原子や分子とぶつかることが少ないので、炭素鎖分子でも安定的に存在できるのです。
こういうススだらけの変わった天体が見つかったので、そのススの分布をさらに詳しく調べたら、思いがけない発見がありました。惑星系のもとになるガスと塵の円盤(原始惑星系円盤)の「端」が見つかったのです。

── それが2014年に発表された成果ですか?

坂井:そうです。もともとは、円盤の端を見つけようとしていたわけではなく、原始星を広く取り巻くガスの中で、炭素鎖分子がどこまで残っているのかが知りたかったのです。炭素鎖分子は反応性が高いので、外側のほうのガスにはあっても、ガスが中心に向かって落ち込んでいく途中で他の原子や分子と反応して消えてしまい、内側にはやはり有機分子だけがあるのかもしれないわけです。
ところが観測してみると、炭素鎖分子が消えるポイントは、予想よりもずっと内側で、まさに原始惑星系円盤ができる端の部分でした。その端の部分で、円盤の塵にくっついて消えていく様子が、期せずして見たわけです。

 

_DSC4051

Credit: 国立天文台

 

── 円盤の端がどこにあるのかは、以前はわかっていなかったんですか?

坂井:それまでの研究では、構造や運動という「物理」を道具にして円盤が作られるようすを調べていたのですが、円盤とそれより外側を取り巻くガスを区別することが難しかったんですね。ですが、分子の特徴に着目することで、例えば円盤を取り巻くガスだけ、あるいは、取り巻くガスが円盤の端でぶつかって衝撃が起きている場所だけを見ることができるわけです。結果、ガスの動きの物理的解析と合わせることで円盤の「端」がわかったんです。
さらに、円盤中の塵に炭素鎖分子が吸着したわけですから、有機分子が多い天体と炭素鎖分子が多い天体とでは、将来、惑星の化学組成に違いが生じるはずです。ですから、惑星系の組成の多様性を探る上でも、非常に興味深い発見だったわけです。

 

どの分子を観測するか、ヤマをはるのは競馬と同じ!?

── 円盤の構造を調べるのに、炭素鎖分子を観測されたということですが、この分子に注目したらこんなことがわかるんじゃないか、というのはどうやって狙いを定めるのですか?

坂井:最初は本当に偶然です。星が生まれてくる現場で炭素鎖分子という変わった組成の天体を見つけたので、この分子が内部のどこまで残っているのかを知りたいと思って観測したのが最初。すると、ガスの密度が上がると消えるという化学的特徴のために、予想外に円盤の端が見えたわけですよね。この観測では一酸化硫黄の輝線も観測しましたが、これはアルマでは炭素鎖分子と同時に観測できるので、とりあえず両方観測できるように望遠鏡を設定して観測したら新たな発見につながった、ということもありました。これもまた、偶然といえば偶然ですし、あえて異なる特徴の分子も観測したわけですから意識した偶然でもあります。

── 観測する分子が多いほど、いろんなことが偶然わかってくる可能性も高くなるのですね?

坂井:そうですね。分子によって化学的な特徴はすごく違うので、違うタイプの分子を同時に観測できるのであれば、一緒に観測したいわけです。その分子が見つからなくても、その分子が「ない」ということも情報になるわけですから。
アルマで観測提案をする際には「この分子を観測すると、こういうことがわかります。だからこの分子を観測します。」ということを書くのですが、その他の分子の情報もできるだけ手に入れたいというのが、私たちの考えです。

 

_DSC3978

Credit: 国立天文台

 

──「とりあえず観測しておいた」分子からすごい発見ができたら、「やった!」という感じですか?

坂井:ええ。これってきっと、競馬に似ていると思うんです。「強い馬」、「堅い馬」ってあるじゃないですか。レースに勝ちそうな、人気の馬です。その強い馬の馬券ももちろん買うわけですが、その馬が来なかった時のほうが面白いですよね?事前予想通りにならなかった時にどの馬が来るだろうかと、常に考えるわけですよ。
それと同じことで、観測提案も「メインのターゲット」があります。確実に成果が出そうなものは外せないので、それはちゃんと観測しますが、それって「出て当然」の成果なんです。一番面白いのは、それが覆されたり、全然違うものが見えたりすることなんですよね。そういう「穴馬探し」は、常に意識のどこかにあるので、同時に観測できる分子はできる限り全部入れたいと思っています。人によってポリシーやスタンスは違うと思いますが、私はわりとそういう「穴馬」が好きなので。

── なるほど、勝負師でいらっしゃるんですね! 馬券は実際に買われるんですか?

坂井:最近はたまーに、です(笑)。

 

太陽系はありふれた惑星系なのか?

── 坂井さんが今後研究したいことを教えてください。

坂井:最初にも話しましたが、太陽系がありふれた惑星系なのかどうかを知りたいです。これは、さまざまな星の誕生現場で化学組成をどんどん調べていって、どういう系が主流なのかが見えてきて、太陽系がどの系なのかがわかって、初めてわかるわけです。ススが多い天体といわゆる有機分子が多い天体では、どちらが主流なのかわかっていませんし、もしかすると全然違う化学組成のものもあるかもしれませんが、それもまだほとんどわかっていないんです。

── 現時点で、太陽系は「ススが多い系」からできたのか、「有機分子が多い系」なのか、といったこともわからないんですね?

坂井:まったくわからないです。

── 化学組成が違う、第3・第4の系みたいなものもありうるんですか?

坂井:今探している真っ最中です。アルマができるまでは、円盤サイズの領域の中にどんな分子があるのかを観測できなかったわけですから、当然ですよね。アルマができてようやく観測できるようになったんです。今はアルマが本格運用され、様々な大型観測プロジェクトも動き始めたので、今後、さまざまな成果がどんどん出てくることと思います。

── 太陽系がありふれているのか、そうでないのかを突き止めたいということですが、さらに踏み込んで、地球のような惑星がありふれているかどうかまで、将来わかるのでしょうか?

坂井:地球のような惑星が成り立つために必要な条件として、物理的な条件はいろんなものが言われています。たとえば、液体の水が存在できる温度である、といったことです。でもそこに「化学組成」という観点は、あまりないんですよね。
でも、当然のことですが、小さな単純な分子から大きな複雑な分子になっていって、最終的に大きな分子の集合体である生命になるわけです。ですから、化学組成という観点を入れないと、絶対にわからないですよね。なので、夢ではありますが、そういうところにつながる仕事ができたらいいなと思います。

── その道のりは、まだ遠いのですか?

坂井:今はようやく、惑星系ができる現場を分解して、分子を見ている状態です。でも、惑星系というのは100天文単位(地球と太陽の間の距離の約100倍)くらいのサイズがあるので、太陽系全体をひとくくりで見ているようなイメージですよね。惑星1個1個を見ているわけじゃありません。
だから、地球科学・惑星科学の研究者たちと話をしても、なかなかかみ合わない部分は、そこなんですね。私たちはまだ地球軌道サイズを分解して、いろんな分子を見ているわけではないですし、「惑星系」全体ができるところは見ていますけど、個々の「惑星」ができるところにある分子を見ているわけではないんです。

── アルマ望遠鏡で、個々の惑星ができるようすを見ることは難しいんですか?

坂井:太陽からとても近い距離にあるごく限られた数の若い星を除けば、現状のアルマでは、おそらくしんどいでしょうね。今アルマ望遠鏡の解像度を上げる検討が進められているように、おそらくもう1歩進まないと、個々の惑星ができる様子を見るところまでは行かないと思います。夢としては、本当はそこまで行きたいなと思いますが。
でも、惑星系の中での化学的多様性がわからないうちに、そんなことやっても、もっとわからなくなるだけなので、まずは惑星系がどのぐらいバリエーションを持っているのかを調べたいです。形の上でもバリエーションはあるでしょうし、化学組成の上でも多くのバリエーションがあるはずなので、それらを調べつつ、なぜそのバリエーションが生まれたのかを明らかにしないと、どのような惑星がどの程度の割合で誕生するのかわからないので、その両方を調べていきたいと思っています。


1 N. Sakai et al. “Discovery of the Second Warm Carbon-Chain-Chemistry Source, IRAS15398−3359 in LUPUS”, The Astrophysical Journal, Vol. 697, Number 1, published in May 2009.
2 N. Sakai et al. “Distributions of Carbon-Chain Molecules in L1527”, The Astrophysical Journal, Vol. 722, pp.1633-1643, published in October 2010.
3 N. Sakai et al. “Change in the chemical composition of infalling gas forming a disk around a protostar”, Nature, Vol. 507, pp. 78-80, published in March 2014
坂井南美(理化学研究所 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員)

坂井南美(理化学研究所 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員)

2008年、東京大学にて早期修業年限特例で博士号(理学)を取得。様々な分子の電波スペクトル線を国内外の電波望遠鏡を用いて観測し、星間分子の生成過程を探求するとともに、原始星天体の化学組成の多様性を明らかにした。学位取得後は、同機関助教として、化学的多様性の全貌、起源、原始惑星系円盤への伝搬を探るべく、主にアルマ望遠鏡を用いた観測的研究を推進している。2015年より、理化学研究所において新たに研究室を立ち上げ、星間化学、星・惑星形成の研究推進に加え、観測に必要なスペクトル線周波数の精密測定のため、アルマ型の受信機を用いた室内分子分光実験装置の開発もすすめている(国立天文台との共同研究)。2009年井上研究奨励賞、2013年日本天文学会研究奨励賞を受賞。2018年度文部科学省 科学技術・学術政策研究所科学技術への顕著な貢献(ナイスステップな研究者)選出。国際アルマ科学諮問委員会や日本の電波天文学コミュニティ(宇宙電波懇談会)の委員なども務めている。

NEW ARTICLES