EHTとGMVAに参加する望遠鏡。これらをつなぐことで、地球の西半球全体に匹敵する大きさの電波望遠鏡を構成します。
Credit: ESO/O. Furtak

地球サイズの望遠鏡でブラックホール撮影に挑む【6】 超巨大電波望遠鏡の作り方

ブラックホールは強大な重力を持つ天体ですが、地球から見るとその大きさは針でついたほどの大きさにしか見えません。その姿を撮影するには、常識外れともいうべき超高解像度の望遠鏡が必要になります。そんな望遠鏡は、どうすれば実現できるのでしょうか?

前回の記事で解説した通り、望遠鏡は、それが光の望遠鏡であっても電波望遠鏡であっても、口径を大きくすればするほど解像度が上がります。つまり、非常に小さくしか見えないブラックホールを見るためには、非常に巨大な望遠鏡が必要ということになります。

国際協力のもとに南米チリで運用されるアルマ望遠鏡は、150mから16kmの範囲に展開した多数のアンテナを結合することで、最大で直径16kmの望遠鏡と同じ解像度を得ることができます。その解像度は、角度の1度の3600分の1のさらに100分の1にも達し、これは人間の視力の5000倍以上に相当します。しかしそれでも、天の川銀河の中心に潜むブラックホールの姿を捉えるには100倍以上解像度が足りないのです。

アルマ望遠鏡よりさらに100倍大きい望遠鏡を作るには、チリの高地だけでは足りません。南米大陸をも超えて、北米やヨーロッパにまでアンテナを展開し、超長基線電波干渉法(Very Long Baseline Interferometer: VLBI)の技法を使って直径数千kmの望遠鏡を実現することになります。今回観測を行った EHT と GMVAは、それぞれ以下のような多数の望遠鏡で得られるデータを合成し、地球サイズの望遠鏡を構成しているのです。

表を左右にスワイプしてご覧ください

プロジェクト 参加望遠鏡
EHT アルマ望遠鏡、APEX(チリ)、JCMT、SMA(米国ハワイ)、ARO/SMT(米国アリゾナ)、LMT(メキシコ)、IRAM 30m(スペイン)、NOEMA(フランス)、SPT(南極)
GMVA アルマ望遠鏡、VLBA(米国の8カ所)、GBT 100m(米国ウェストバージニア)、IRAM 30m(スペイン)、OAN 40m(スペイン)、マックスプランク電波天文学研究所100m(ドイツ)
「不可能」への挑戦—地球サイズの望遠鏡でブラックホール撮影に挑む
EHTとGMVAに参加する望遠鏡。これらをつなぐことで、地球の西半球全体に匹敵する大きさの電波望遠鏡を構成します。
Credit: ESO/O. Furtak

では、VLBIは実際にはどのような仕組みで動いているのでしょうか。アルマ望遠鏡の場合は、ひとつひとつのアンテナは光ファイバーでつながっていて、観測された信号はリアルタイムに専用スーパーコンピュータに送られます。しかし、何千キロも離れたところにある望遠鏡を光ファイバーでつなぎ、膨大なデータを一カ所に送ることは困難です。このため、VLBIではそれぞれの望遠鏡で取得されたデータを一旦記録装置に保存し、それらを物理的に1カ所に集めて一斉にコンピュータの中で再生させることによって、データを合成します。

VLBIの仕組みを表した模式図

VLBIの仕組みを表した模式図。遠く離れた地点に設置されたアンテナには、それぞれきわめて正確な原子時計が付けられています。アンテナで集められた信号は、原子時計が作りだす時刻信号と一緒に記録装置に記録されます。その記録装置を持ち寄ってデータを処理することで、画像を得ることができます。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO) , J.Pinto & N.Lira.

VLBIで重要な役割を担っているのが、時計です。それも、普通の時計ではありません。各地の望遠鏡は同時に一つの目標天体を観測するわけですが、そのデータを合成するには、各地の望遠鏡の時計を驚くほど正確に合わせておく必要があります。観測天体から各アンテナに届く電波の到着時間のわずかな差を測定するためです。このため、VLBIに参加する各望遠鏡には、きわめて正確に時を刻む原子時計が設置されています。特別に開発された時計の精度は、1億年で1秒もずれないほどです。

Hydrogen maser atomic clock installed at the ALMA Array Operations Site (AOS), along with the technicians who installed it.

アルマ望遠鏡山頂施設に設置された水素メーザー原子時計と、設置にあたった技術者たち
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), C. Padilla.

加えて、データ記録装置も重要な要素です。1960年代に行われた最初のVLBI実験以降、磁気テープにデータを記録するのが主流でしたが、今世紀に入ってハードディスクドライブの大容量化、低価格化が進み、VLBIでも多用されるようになってきました。記録装置で重要なのは、データの記録速度です。データ記録速度が早ければ早いほど、広い周波数帯の信号を一度に記録できるため、観測の感度が向上するのです。EHTで使われるハードディスクは、1秒間に16ギガビットのデータを記録できます。もちろん、データの記録容量も重要です。EHT/GMVAの観測においてアルマ望遠鏡で用いられるハードディスクの容量は、合計で1ペタバイト(100万ギガバイト)を超えます。

こうして記録されたデータを処理するための専用スーパーコンピュータを、相関器と呼びます。EHTの相関器はアメリカのマサチューセッツ工科大学、GMVAの相関器はドイツ・ボンのマックスプランク電波天文学研究所で開発されたものです。各地で得られたデータはハードディスクに記録されて、この2か所に送られます。これらの相関器は、膨大なデータを処理する必要があります。相関器によるデータの読み込み速度は、1秒間に4ギガバイトにもなります。相関器はこの巨大なデータを処理し、画像を合成するのです。

このように最先端技術を駆使して地球サイズの望遠鏡を構成し極めて高い解像度を実現するVLBIですが、ではすべての天体観測にVLBIを採用すれば、どんな天体でもそのくわしい様子を見ることができるでしょうか? 残念ながら、そうではありません。VLBIで観測するのに適した天体と、そうでない天体があるのです。

顕微鏡で小さいものを観察しているとき、倍率を上げると視野が暗くなったという経験はないでしょうか? 望遠鏡でもおなじことが起きます。解像度を上げるということは、天体を細かく分割して見ることになりますので、分割された部分ひとつひとつからやってくる光の量は減ってしまいます。このため、もともと暗い天体は、解像度を上げると見えなくなってしまうのです。つまり、解像度が非常に高いVLBIは、非常に明るい天体の観測に向いているのです。VLBIでよく観測されるのは、若い星や年老いた星のまわりで発生するメーザー(日常生活でも目にするレーザーの電波版)や、超巨大ブラックホールから激しく吹きだす高速のガスジェットなど、非常に強い電波を出す天体です。超巨大ブラックホールを取り巻く高温のガス円盤も強い電波を発すると考えられているため、EHT/GMVAではVLBIの手法を使ってこれを描き出そうとしているのです。

次回は、EHT/GMVAの最優先観測対象である天の川銀河中心の超巨大ブラックホール、いて座A*(エースター)について紹介します。

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