アルマ望遠鏡を支える人々⑥ 「国立天文台サンティアゴオフィス」で働く事務系のシゴト

国立天文台チリ観測所は、チリ共和国の首都サンティアゴにオフィスを構えています。ここでは、アルマ望遠鏡をはじめ、国立天文台がチリで行う研究活動にかかわる「会計」や「庶務」を担うスタッフが活躍しています。たとえば、日本の研究者がチリに赴任するとなれば、ビザの取得、住居の契約、引越荷物の輸入、銀行口座の開設、現地の健康医療保険の手続きなど、さまざまな課題を解決します。スペイン語の壁を越えて、研究者をサポートしてくれる心強い味方なのです。今回は、塚野智美さん、山藤康人さん、一山琴世さんに、それぞれの仕事内容とチリで働くきっかけについて聞きました。
(インタビュー実施:2018年7月。肩書は当時のものです。また、当時の国立天文台チリ観測所は、2019年1月に、東京に本部を置く国立天文台アルマプロジェクトとサンティアゴに本部を置く(新)国立天文台チリ観測所に分割されました。)

チリではたらく、それぞれの進路選択

 

_DSC5838

国立天文台チリ観測所サンティアゴオフィスの談話室にて。左から、一山さん、塚野さん、山藤さん。
Credit:NAOJ


 

── 塚野さんは、チリに来られて何年ですか?

塚野:6年が終わったところです。

── 塚野さんは、以前メキシコにいらっしゃったそうですね?

塚野:はい。日墨政府国費留学制度に応募し、メキシコ国立自治大学(UNAM)に留学しました。国費で留学させてもらった経験、メキシコ現地の方々に沢山助けていただいた経験から、スペイン語が必要な国の機関で働いて、恩返しじゃないですけど、そういうことをしたいなとずっと思っていました。

 

_DSC5693

国立天文台チリ観測所庶務係の塚野さん。
Credit:NAOJ


 

── ということは、チリに来たくて来た?

塚野:はい。最初は信州大学に採用してもらいました。国立天文台がチリに事務所をつくるというウワサを聞いて(笑)それで、国立天文台ならスペイン語でお役に立てることもあるかもしれないと思っていました。その後晴れて異動して国立天文台の本部がある三鷹キャンパス(東京都三鷹市)で3年働いたあと、チリに異動になりました。

── それは、天文ではなく、チリに興味があったということですね?

塚野:はい、チリに行けたらいいなという思いでした。

── 山藤さんは、チリに来られて3カ月?

山藤:はい、この(2018年)4月から。

── もともと天文が好きだったとか?

山藤:ハハハ、まったくないです(笑)あ、でも、科学は結構好きです。国立天文台の事務職員って、「関東甲信越地区国立大学法人等職員採用試験」っていうのを受けて採用されるんです。そこでは一次試験突破した後に二次試験を受ける先を選べる仕組みになってるんですけど、東大とかに並んで国立天文台もあって、どこが一番面白そうかなぁと考えて、国立天文台を受けたっていう感じなんで(笑)

── なるほど。面白そうっていうところから入ったんですね。

山藤:そうですね。

── チリ赴任を希望したんですか?

山藤:チリでお願いします!っていう希望は出してなくて。今後行きたいところがあったら書いてね、っていう「身上調書」っていうのがあるんですけど、水沢、野辺山、ハワイ、チリというふうに書きました(笑)

── そうですか(笑)

山藤:私は基本的に、三鷹以外どこに行ってもいい、ずっと東京にいるのも疲れるな、みたいなとこがあって(笑)

 

_DSC5746

国立天文台チリ観測所会計係の山藤さん。Credit:NAOJ


 

── 新しい環境で、新しいことをやってみたいっていうことですか?

山藤:そうですね。そういう意味では、一回ぐらい海外もいいかなと思ったんですけど。にしても、チリ赴任が決まってから実際の赴任までが少し短くて。私はいま会計の仕事をしているんですけど、事前に会計の経験を積むとかもうちょっと準備をいろいろさせてほしかったっていう想いもありますね(笑)東京にいる間に簿記の資格を取っておいてよかったな、とは思います。スペイン語もほとんどやっていなかったです。

── 一山さんはいつからチリに?

一山:仕事という意味では、2018年2月からこちらで勤務しています。実際、チリにいちばん最初に来たのは2015年の冬ですね。そのとき大学院生だったんですけど、チリの野生動物の研究をしていたので、その関係で1か月こちらに滞在していました。そこから何か月か滞在して、で、チリに移住しようと決めました。

 

_DSC5782_消化器修正

国立天文台チリ観測所会計係の一山さん。Credit:NAOJ


 

── 野生動物といっても色々ありますが、どういう研究をされてたんですか?

一山:もともとは、アンデスに住むネコ科の肉食動物の研究がしたいなと思って大学院に入ったんです。でも、そういう生き物は見つけることも難しいんですね。どうしようかと思っていたところで、絶滅危惧種のアンデスネコの主食が「ヤマビスカッチャ」っていう齧歯類(げっしるい)だということを知って、結局このヤマビスカッチャの研究をすることにしました。ちょっと想像できないと思うんですけど(笑)

※げっ歯類:哺乳綱齧歯目に属する動物の総称。物をかじるのに適した歯と顎を特徴とし,
多くは草食性であるが,雑食性のものもある。ビーバー,リス,ハツカネズミ,レミング,
トビネズミ,ヤマアラシ,チンチラなどが含まれる。ウサギ目とは異なる。

── ウサギみたいな動物ですよね?

一山:そうそう、そうです。一見ウサギのような齧歯類(げっしるい)がいて、その生態と鳴き声の研究をしていました。

── ほー。

一山:そもそもヤマビスカッチャは、人前に姿をあらわすことがほとんどないんです。見たことあるっていうチリ人がたまーにいるんですけど、チリ国内ではなかなかその生態について調べられていなかったので、ほとんど「謎の生きもの」って感じだったんです(笑)。それで、面白いと思って研究を始めることにしました。

 

Vizcacha_Mountain_KI.m

Credit: 2016 Kotoyo Ichiyama, All rights reserved.


 

Vizcacha_Espejo_KI_m

Credit: 2016 Kotoyo Ichiyama, All rights reserved.


 

── 大きい声で鳴くんですか?

一山:そうなんです。鳥とかチンパンジーとか、そういう生き物は、鳴き声に文法があると言われています。齧歯類も研究されていて、何かしら文脈とか意味があるんじゃないかって言われていたので、「じゃぁ、ヤマビスカッチャしかない!」と思って(笑)

── それで、最初は、チリに調査に来た?

一山:そうですね。

── そして、チリが気に入ったというわけですね。

一山:はい、そうですね(笑)

 

国立天文台チリ観測所の事務系のシゴト

 

── 皆さんは、チリでどんなお仕事を担当されていますか?

山藤:自分は、会計を担当しています。まだこっちに来て3か月なので、そんなにアルマプロジェクト独特の仕事はやっていなくて…。基本的には、チリでの支払いや伝票関係のチェックをメインにやっています。

── 国立天文台の本部がある三鷹キャンパスの会計担当と同じ仕事ですか?

山藤:三鷹でやっていることとだいたい一緒なんですけど、違うことと言えば、チリの通貨、ペソとしてのお金の管理をきちっとやっておかないといけないですね。チリではペソ口座でお金を管理していますが、三鷹の財務会計システム上では全部日本円で管理しています。為替差の考えとか、やっぱり三鷹とはちょっと違うところかなという気はしています。

── アルマ望遠鏡を共同運用している国立天文台以外の機関の事務の皆さんと一緒に仕事をすることはありますか? 合同アルマ観測所のほかに、欧州南天天文台、米国北東部大学連合もサンティアゴに事務所がありますが。

山藤:今のところはまだないですね。でもこれからは、物品購入の分担なんかで一緒に仕事する機会が増えるのかな、と思っています。

── ありがとうございます。一山さんのお仕事は?

一山:山藤さんも会計ですが、わたしは会計補佐をしています。基本的には、受け取った請求書に対する支払い業務とか、伝票の整理や作成などを行っています。

── チリならではの仕事ってありますか?

一山:そうですね。特別なことはないんですけど、強いて言うなら、チリでは請求書が届いてないとか、届いたけど住所も金額も全部違うとかいうことがあるんですね。そのたびに請求書を作り直してもらうっていうのも、ひとつ大事な仕事です。それでかなり時間を割かれるっていうこともしばしばあるんですけど(笑)もう何か月も何か月もそのやり取りをしているっていう状態もありました。

── なるほど(苦笑)

一山:あとは、チリ赴任者の方々の宿舎の支払いであるとか、事務所の共益費などの管理も毎月行っています。

── ありがとうございます。塚野さんのお仕事は?

塚野:はい。わたしは、庶務を担当しています。旅費の計算も庶務で担当しています。チリ国内の出張はチリ事務所で作業が完結するんですけど、チリ国外の出張は三鷹の経理係で計算してもらって、その計算書にもとづいてチリで支払いを進めます。他に定常的にあるのは、チリ事務所の皆さんの勤務時間の確認と、手当の確認、ほかに海外旅行保険とか、いろいろありますね。あと、新しい人がチリに着任されるときや日本に帰任されるときのお手伝いなどもしています。

── 着任・帰任する人も多そうですね。引っ越しとか、大変だと思うんですけど。

塚野:日本からチリに来られる場合は、ご本人が引っ越し業者さんと打ち合わせをして、その後、チリ事務所のほうでとやり取りを引き継ぎます。チリに来られる方は引っ越し道具が免税になるので、その手続きはチリ外務省とします。チリ側の作業は現地職員の方に担当いただいています。

── いろんな業務がありますね。

 

サンティアゴのくらし ~通勤、食事、休日の過ごし方~

 

── みなさん、チリに暮らしてみてどうですか?

山藤:まぁ、あれですね、想像していたよりは…マシかな(笑)安全面ではいろいろ気を使わなきゃいけないことはありますけど、思ったよりも日本食の材料とかも手に入るんで、ほどほどには生活していけるかなと思ってます。まぁ、でも、日本が一番よかったなーとは思いますね(笑)

── 塚野さんは、チリはどうですか?

塚野:わたしはメキシコに1年間住んでいたので、ラテンアメリカはこんな感じかなと多少予想はできてました(笑)。でも、日本と違って、いつどこに来てくださいっていう約束、たとえばアパートでのケーブルテレビとかインターネットの設定を依頼すると、その時間に来てくれることはなくて(笑)今日はだめだよってドタキャンの電話がかかってきたり、1回目の約束で来てくれないのが普通なので、この6年間で、あ、それはよくあることなんだなと。慣れました。

── チリのサンティアゴの気候はどうですか?

一山:夏場は雨が全然降らないですね。カラッとしていて、洗濯物も出して1時間くらいですぐ乾いちゃうんで。

── いいですね。

一山:便利ですね(笑)とにかく乾燥していて、日本の夏とは対照的ですね。

 

santiago_city

チリの首都サンティアゴの街並み Credit:NAOJ


 

── みなさん、自宅からここ(サンティアゴオフィス)まで何で通勤していますか?

塚野:自転車で20分ぐらいです。

山藤:自分はすぐ近くに住んでるんで、徒歩10分ぐらいで着きますね。

一山:わたしは、市内バスを乗り継いで来ていて、早ければ40分くらい。だいたい片道1時間ちょっとかかってますね。

── 渋滞もひどいですよね?

一山:そうですね。やっぱり通勤ラッシュの時間帯だと、もう全然前に進まない(笑)

── 食事はどうしていますか?さっき、日本食の材料が手に入るっていうお話がありましたが。

山藤:そうですね。「パトロナート」っていう地区があって、そこが外国人街みたいになっているんです。アジア系のスーパーもあります。そこに、日本食もいろいろ置いてあって、だしとか、めんつゆとか、鰹節とか、豆板醤とか、日本で使ってたような調味料はだいたい揃いますね。食べるラー油とかも置いてありました。

── そうなんですね。皆さん自炊して、和食を作る感じですか?

塚野:はい、自炊して、お弁当も持ってきてますね。

山藤:自分は、お弁当は面倒くさいんで、ずっとカップラーメン。

── 健康、大丈夫ですか?(笑)

山藤:夕飯は自炊してるんで。まぁぼちぼちやってます。

── チリのおいしいものってありますか?

一山:基本的には、何でもおいしいと思います。でも、これが絶対おすすめっていうものはそんなにないですね(笑)

塚野:「パステル・デ・チョクロ」は、チリならではかもしれません。

※パステル・デ・チョクロ:チリならではの伝統料理のひとつ。肉、ゆでたまご、オリーブ、
玉ねぎなどの具に、トウモロコシのペーストをかけてオーブンで焼いたもの。

一山:そのほかにも、チリの家庭料理みたいのは本当にたくさんあります。

── 食事には困らないですね。食べものが合わないと海外で暮らすのは大変と聞きますが、ときには「日本に早く帰りたい」と思うこともありますか?

一山:いやぁ・・・全く思わないですね。

── 全く思わない(笑)

一山:むしろ帰りたくないぐらいです(笑)

── ここに定住するつもりなんですか?

一山:いやぁ、そんなこともなくて。とりあえず今、すごくチリに興味があって、チリの動物だけじゃなくて、自然とか、文化とか、あと街とか、本当にいろんなことに興味があるので、その好奇心が冷めたらどこかに移ろうかな(笑)みたいな気持ちです。

── 塚野さんはチリはいかがですか?

塚野:6年終わって、十分満喫させていただいたところです。

── 山藤さんは?

山藤:いや、メリットデメリットがあって…。いい面もあるので、チリにいる分には構わないんですけど、個人的には日本で行われるイベント関係に参加できないのがデメリットですかね。

── 日本人のコミュニティもあるんですか?

一山:そうですね、天然資源関係や商社で働いている方がたくさんいらっしゃいます。日智商工会議所をはじめとしていくつか会があって、定期的に集まって会食したり、山登りやいろんなイベントに参加したりしています。

── チリ国内だと、よく出かけるところはありますか?

塚野:そう言われてみると…、温泉によく行きますね。

── 温泉ですか。

塚野:はい。チリの南のほうには有名な建築家が建てた温泉とか、アンデスの山の中から流れてくる温泉とか、穴が掘ってあってそこに入るような温泉とか。

──へー。

塚野:サンティアゴの北にある「コラソン温泉」は、ちゃんと施設が整備されています。あとは、ハンバーストーンっていう硝石(しょうせき)工場跡が世界遺産になっているんですが、そこから少し行ったところには「ピカ温泉」があって、それも、岩がごつごつしている中で入る野性味あふれる温泉です。

── あんまり温泉っていうイメージはなかったですけど、火山はそれなりにあるから温泉もあるんですね。

塚野:そうですね。

── 山藤さんは、よく行かれる場所はありますか?

山藤:まだ、これから(笑)。スキーしたり、山登したりっていうのはまわりで聞きますね。

── なるほど。アルマ望遠鏡のある山麓施設・山頂施設には行ったことありますか?

一山:まだないんです。

── 一山さん、まだないんですね。

一山:そうなんです。来月、七夕イベントで行く予定なので、楽しみにしています。

── 七夕イベントとは?

一山:アルマ望遠鏡のある山麓施設近くの町、サンペドロ・デ・アタカマで、「伝統的七夕」っていうイベントを毎年やっています。旧暦の七夕なので、日本より1カ月くらい遅れて。

── 笹に短冊を?

一山:あれは笹だったかな…?地域住民や訪れた方々に、短冊に願いごとを書いて飾ってもらうイベントをサンペドロの町の中心広場でやってます。

 

IMG_0874

サンペドロ・デ・アタカマの中心広場にある教会 Credit:NAOJ

 

それぞれのよさを知り、日本とチリの架け橋に

 

── さいごに、チリでの仕事のやりがいや大変さについて教えてください。

塚野:そうですね。日本とチリのやり方の違いをわかってもらうのが大変かな、というときがありました。たとえば、公費で買ってよいものとそうでないものの境目とか。ここはチリだけど、国立天文台は日本の機関だから、日本のルールに従いましょうね、というのを現地職員の方に説明してわかってもらうとか。

 

_DSC5702

Credit:NAOJ


 

── それは、お互いの文化というか、考え方の違い?

一山:そうですね。こっちに来てしまえば、「郷に入っては郷に従え」みたいな感じで、日本人はだいたい慣れるんじゃないかなぁと思います(笑)。チリのやり方をわかった上で日本のやり方に合わせていこうとする作業が大変なのかな、と個人的には思ってます。

── なるほど。

一山:私は日本でちゃんと働いた経験がないままこっちに来ちゃったので、わりとこっちが基準になっちゃって、日本に帰ったときにどうなるかな…って感じですけど(笑)。でも、今いろんなリスクを考えて仕事ができるから、それはそれでいいことなんじゃないかなと思います。

一山:たいへんなこともありますけど、こちらの事務所は平和にのびのびやってる感じですね。

山藤:そうですね、なので、みんなこっちで働いてみてもいいんじゃないかな、と思います(笑) もちろん、その人の休日の過ごし方なんかで向き不向きはあるとは思いますが。

── それぞれのよさや文化を知り、日本とチリの架け橋となりながら天文学研究を支える大切なお仕事と感じました。今日はありがとうございました。

塚野・山藤・一山:ありがとうございました。

 

_DSC5854

国立天文台サンティアゴオフィスのロビーにて。 Credit:NAOJ


 
塚野智美(国立天文台事務部財務課専門職員)

塚野智美(国立天文台事務部財務課専門職員)

インタビュー当時、国立天文台チリ観測所事務部庶務係長。 チリでは新潟県人会、勤労女子会に参加して日本人の方々と交流していました。長年会っていなかった友人がブラジル・ペルー・メキシコ・コロンビアにいるので、中南米で再会を果たすことができました。
山藤康人(国立天文台チリ観測所事務部会計係)

山藤康人(国立天文台チリ観測所事務部会計係)

チリに来ても外出してすることがそこまでないので基本的に家でゴロゴロしています。地球の裏に来ても変わることなく日本にいた頃と同じ生活を繰り返すことができているので技術の発展に感謝です。チリに来てからねこを飼い始めました。チリにもねこはいました。よろしくおねがいします。
一山琴世(国立天文台チリ観測所チリ採用職員)

一山琴世(国立天文台チリ観測所チリ採用職員)

2015年~2017年 京都大学野生動物研究センター所属。南米アンデス高地の生態系全般に関する研究、とりわけ、ヤマビスカッチャの種間コミュニケーション・対捕食者戦略における音声レパートリー研究と警戒音の文脈解析を行っていました。 岩場をみつけると凝視してしまうへんな癖がついたのはヤマビスカッチャのせいです。

NEW ARTICLES