イベント・ホライズン・テレスコープが描き出した最も近い電波銀河の心臓部

楕円銀河M87のブラックホールの最初の画像を撮影したことで知られる、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)の国際共同研究チームは、電波銀河と呼ばれる大規模ジェットをもつ銀河の中で最も地球に近いケンタウルス座Aの中心部をこれまでにない解像度で撮影しました。研究チームは中心の巨大ブラックホールの位置を正確に特定し、大規模ジェットがどのように生まれているかを明らかにしました。最も注目すべきことは、ジェットのふちの部分だけが電波を放射しているように見えたことで、これはジェットの理論モデルに影響を与えます。本成果はドイツのマックスプランク電波天文学研究所とオランダのラドバウド大学に所属するミヒャエル・ヤンセン氏が率いる研究チームが中心となって行われ、2021年7月19日に天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に掲載されました。
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様々な望遠鏡で撮影した電波銀河ケンタウルス座A。左上はオーストラリアの電波望遠鏡ATCAとパークス天文台で撮影された、ケンタウルス座Aのジェットの全体像です。月の見かけの大きさよりもずっと大きくジェットが広がっています。右上は可視光望遠鏡(MPG/ESO 2.2m)とエックス線y通望遠鏡チャンドラ、電波望遠鏡APEXで撮影したケンタウルス座Aで、最初の画像と比較した倍率は40倍です。その下は、南半球の電波望遠鏡群を結合したTANAMIによるジェットのクローズアップ画像で、左上画像と比較した倍率は16万5000倍になります。画像のもっとも下部にあるのが、今回EHTで観測したケンタウルス座Aのジェットの根元の最高解像度画像です。左上画像に比べて6000万倍という強拡大画像になっています。
画像内には、光年・光日単位での距離スケールを入れています。1光年は光が1年間かけて進む距離で、約9兆kmに相当します。太陽から最も近い恒星までの距離は、約4光年です。1光日は光が1日かけて進む距離で、約260億kmです。これは、太陽から海王星までの距離の約6倍に相当します。
Credit: R. Bors; CSIRO/ATNF/I. Feain et al., R. Morganti et al., N. Junkes et al.; ESO/WFI; MPIfR/ESO/APEX/A. Weiß et al.; NASA/CXC/CfA/R. Kraft et al.; TANAMI/C. Müller et al.; EHT/M. Janßen et al.

 

可視光線よりも波長の長い電波が見える目で空を見上げると、ケンタウルス座Aは最も大きく、そして最も明るい天体のひとつとして見つけることができます。この天体は1949年に初めて発見された銀河系外電波源のひとつであり、これまで電波から赤外線、可視光線、X線、そしてガンマ線にいたる幅広い波長帯の望遠鏡によって観測されてきました。ケンタウルス座Aの中心には、太陽の5500万倍の質量を持つブラックホールがあります。これは、M87の巨大ブラックホール(太陽の65億倍)と銀河系の中心にある巨大ブラックホール(太陽の400万倍)のちょうど中間にあたります。

ネイチャー・アストロノミーに掲載された論文では、EHTが2017年に観測したケンタウルス座Aのデータから、その電波ジェットの姿をこれまでになく詳細に描き出しました。 「これにより初めて、光が1日で移動する距離よりも小さいスケールで銀河系外の電波ジェットを研究することができます。巨大ブラックホールから噴出するとても巨大なジェットがどのように生まれているかを間近で直接見ることができます。」天文学者のミヒャエル・ヤンセン氏は言います。

「ケンタウルス座Aの巨大ブラックホールは地球から最も大きく見えるブラックホールのひとつで、次世代の観測網によってM87のようにブラックホールを撮影できる可能性があります。」と、マサチューセッツ工科大学ヘイスタック観測所の秋山和徳氏は話しています。「今回のEHTの観測により、ブラックホールから噴き出しているジェットの根元の詳細な姿が初めて捉えられたことは大きな前進です。」

EHTで撮影したケンタウルス座Aのジェットは、これまでの高解像度観測と比較して、10倍高い周波数、16倍高い解像度で画像化されました。これにより、見かけの大きさが満月16個分に渡って広がる巨大なジェットの全体像から、地球から見ると月面のりんごと同じくらいのサイズしかないジェットの根元までをつなげることができました。これは、拡大率にして10億倍にもなります。

ケンタウルス座Aのような銀河の中心にある巨大ブラックホールは、その非常に強い重力によって引き寄せられるガスや塵をエネルギー源としています。ガスや塵が引き寄せられる時に大量のエネルギーを放出するので、銀河が「活動的」であると言い表されます。ブラックホールのすぐそばにあるほとんどの物質はブラックホールに落下します。しかし、一部の周辺物質は、ブラックホールに捕らえられる直前に逃れ、宇宙空間に吹き飛ばされます。こうして、銀河が持つ最も神秘的かつエネルギーに満ち溢れた特徴の一つであるジェットが生まれます。

天文学者はこのプロセスをよりよく理解するために、さまざまなモデルを使ってブラックホール近くの物質がどのように振る舞うのかを検証してきました。しかし、ジェットが中心部からどのように噴出して光の速さ近くまで加速されるのか、そしてそれらが拡散することなく銀河を通り抜けてどうやって伸びていくのかは、まだあまり理解されていません。 EHTは、この謎を解決することを目指しています。

新しい画像は、ケンタウルス座Aのジェットの中央部より端の方が明るいことを示しています。この現象は他のジェットでも知られていますが、これほど明るさの差が顕著に見られたことはありません。 「今回の画像のおかげで、ジェットの端が明るくなる現象を再現できない理論モデルを除外することができます。これは、ブラックホールによって生成されたジェットをよりよく理解するのに役立つ重要な特徴です」と、ドイツのヴュルツブルク大学のTANAMIリーダー兼天体物理学教授であるマチアス・カドラー氏は述べています。

HTでケンタウルス座Aのジェットを新たに観測したことで、ジェットが噴出する根元の領域にブラックホールが存在することが特定されました。将来、この領域をさらに短い波長帯かつより高い解像度で観測すれば、ケンタウルス座Aの中心ブラックホールを撮影できることが期待されます。これを実現するためには、人工衛星に搭載した望遠鏡が必要になります。

「これらのデータは、M87ブラックホールの有名な画像を提供したのと同じ観測キャンペーンで得られたものです。この新しい結果は、EHTが提供する様々なブラックホールのデータが宝の山であること、そしてお宝はまだまだ存在することを示しています」と、EHTの理事会メンバーでラドバウド大学の宇宙物理学教授であるハイノー・ファルケ氏は述べています。

ケンタウルス座Aを波長1.3mmでこれまでになく高い解像度で観測するために、EHTプロジェクトでは、M87のブラックホールの有名な画像を作成したのと同じ手法である超長基線干渉法(VLBI)を使用しました。世界中の8つの望遠鏡が協力して、仮想的な地球サイズの望遠鏡 (イベント・ホライズン・テレスコープ) を構築しました。その中で、アルマ望遠鏡は最も高い感度を持つ望遠鏡として中心的な役割を果たしました。EHTのコラボレーションには、アフリカ、アジア、ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカから300人以上の研究者が参加しています。EHTプロジェクトは、13の理事機関(EHT理事機関)で構成されています。

この記事は、イベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーションの2021年7月19日付のプレスリリース”EHT pinpoints dark heart of the nearest radio galaxy”をもとに作成しました。

○論文情報
この観測成果は、M. Janssen. et al. “Event Horizon Telescope observations of the jet launching and collimation zone in Centaurus A”として、天文学専門誌「ネイチャー・アストロノミー」に2021年7月19日付で掲載されました。

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