アルマ望遠鏡による中性炭素原子輝線の初観測:500 GHz帯での世界初の電波干渉計画像を取得

2013年4月に行われたアルマ望遠鏡による試験観測で、日本が開発したバンド8受信機を用いた初めての電波画像取得に成功しました。観測対象は惑星状星雲 NGC 6302で、中心の星のまわりに広がる炭素原子が放つ492 GHzの電波を捉えました。電波干渉計によってこの周波数の電波画像が取得されたのは今回が初めてであり、アルマ望遠鏡によって高解像度観測の扉が開かれたといえるでしょう。

アルマ望遠鏡が観測したNGC 6302中心部の中性炭素原子の分布(右側画像、黄色に着色)と、ハッブル宇宙望遠鏡が可視光で観測したNGC6302(右側グレー画像、左上カラー画像)。左上画像の黄色の枠が右側画像の領域に相当する。左下はアルマ望遠鏡観測から得られた中性炭素原子のスペクトル。
右の画像のみ
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), NASA/ESA Hubble Space Telescope

アルマ望遠鏡では観測する周波数帯を10の「バンド」にわけており、それぞれの周波数帯専用の受信機がすべてのアンテナに搭載されています。そのうち日本はミリ波(バンド4、受信周波数 125~163 GHz)、サブミリ波(バンド8、385~500 GHz)、テラヘルツ波(バンド10、787~950 GHz)の3つの周波数帯の受信機開発を分担していて、国立天文台先端技術センターが開発・製造を行いました。

アルマ望遠鏡サブミリ波(バンド8)受信機カートリッジ

アルマ望遠鏡サブミリ波(バンド8)受信機カートリッジ
Credit: 国立天文台

バンド8受信機を使って観測が可能な周波数帯にはさまざまな原子・分子が放つ電波が含まれます。そのなかでも特に多くの天文学者が期待を寄せているのは、炭素原子の観測です。では、炭素原子の観測から何がわかるのでしょうか。

宇宙には、水素を主成分とする大量のガス(星間ガス)が存在しており、水素のおよそ1/3000の比率で炭素も含まれています。星間ガスは、大きく分けると非常に希薄で温度が高い「プラズマ雲」(プラズマ粒子密度0.01個/cm3、温度数百万度)、やや希薄で低温な「原子雲」(原子密度10個/cm3、温度約-160℃)、高密度で極低温な「分子雲」(分子密度1万個/cm3、温度約-260℃)の3種類があります。「原子雲」は密度が上がると「分子雲」になり、「分子雲」の中でさらに密度が高くなったところからは星や惑星が作られます。一方で「分子雲」が強い紫外線に照らされると、分子が壊されて「原子雲」に戻ります。このため、「原子雲」や「分子雲」がどのように分布しているのかを調べることは、宇宙における星間ガスの進化を考えるうえで重要なことです。炭素原子は、このうち「原子雲」の分布や性質を調べるための貴重なツールです。また炭素原子は、水素原子や酸素原子などと反応することで、さまざまな複雑な分子を作ります。このため炭素原子の観測は、宇宙での化学反応を調べるうえでも重要な意味を持ちます。

これまで、炭素原子が出す電波をはじめとする500 GHz帯の電波観測は、東京大学の富士山頂サブミリ波望遠鏡(注1)やカリフォルニア工科大学サブミリ波天文台(CSO、注2)など、単一のパラボラアンテナからなる電波望遠鏡(単一鏡)で行われてきました。このため、その角度分解能はCSOの場合で15秒角(1秒角は角度の1度の3600分の1)と、例えばすばる望遠鏡による可視光観測の角度分解能(約0.1秒角)に比べると大きく劣ります。アルマ望遠鏡は、この周波数帯を観測することができる世界で初めての電波干渉計であり、角度分解能の大幅な向上が可能です。今回の試験観測では、日本が開発した7mアンテナ6台にバンド8受信機が搭載され、約3秒角という高い角度分解能を達成しました。今後バンド8受信機がすべてのアンテナに搭載されることで、角度分解能はさらに最大で400倍程度向上します。このため、世界中の天文学者がアルマ望遠鏡バンド8受信機での観測に大変期待しています。

国立天文台先端技術センターでバンド8受信機開発チームを率いる関本裕太郎准教授は、「多くの関係者の長い年月の努力によって、アルマで炭素原子線の観測は始まったことに、深く感謝します。アルマの今後の観測によって、星間物質の進化過程が明らかになることを期待しています。」と述べています。またバンド8開発チームの佐藤直久 研究技師は「量産中は受信機を組み立てても1度の試験では要求性能を満たさないことが多くあり、そのたびに調整や部品の交換を行って1台ずつ性能を達成して行く必要があって苦労をしました。今回のことは素直にうれしく思います。」と語っています。

今回観測対象に選ばれた NGC 6302は、太陽の数倍の質量をもつ星が一生を終え、ガスを噴き出してできた惑星状星雲と呼ばれる天体です。可視光での観測では、星から蝶の羽のような形に噴き出した高温のガスが輝いているのがわかります。バンド8受信機を用いたアルマ望遠鏡試験観測では、その星雲の中心部に狙いを定めました。その結果、炭素原子が狭い範囲に集中して分布していることがわかりました。過去の観測からは、この星雲の中心部にある星のまわりに、ガスと固体微粒子(ダスト)でできた円盤が取り巻いていることが指摘されており、今回観測された炭素原子の分布もそれによく似ています。今後炭素原子の分布を詳しく調べることで、この星雲内での様々な分子の合成反応を解き明かすヒントが得られるはずです。

注1:東京大学富士山頂サブミリ波望遠鏡は、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻・ビッグバン宇宙国際研究センターが分子科学研究所・国立天文台と協力して1998年に富士山頂に設置した、直径1.2mの電波望遠鏡です。炭素原子が放つ492 GHzの電波観測で活躍し、非常に広範囲にわたる炭素原子の分布を明らかにし、分子雲形成過程の研究に大きな成果を挙げました。

注2:カリフォルニア工科大学サブミリ波天文台は、ハワイ島・マウナケアに設置された口径10.4mの電波望遠鏡。1986年に観測を開始した、サブミリ波天文学のパイオニアの一つです。

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