新たなデータ解析手法で見えてきた、ガス円盤に刻まれた惑星形成の確かな証拠

台湾中央研究院天文及天文物理研究所のイェン・シーウェイ氏と鹿児島大学の高桑繁久教授らの研究グループは、アルマ望遠鏡による観測から、若い星おうし座HL星の周囲のガスの円盤に二重の溝が存在していることを発見しました。おうし座HL星を取り巻く円盤に含まれる塵の分布はアルマ望遠鏡の超高解像度観測から詳細に明らかになっていましたが、ガスの分布がこれほど高解像度で明らかになったのは今回の研究が初めてのことです。塵とガスの両方で同じ場所に溝が見られたことは、その場所で惑星が形成されている強い証拠であり、100万歳という若い星の周囲ですでに惑星が作られている可能性が高まったことで、惑星形成のシナリオを大きく書き換える必要が出てきました。

2014年11月、アルマ望遠鏡は「視力2000」に相当する超高解像度でおうし座HL星(地球からの距離は約450光年)の観測を行いました。アルマ望遠鏡による観測から、この星を取り巻く円盤の塵の分布に複数の溝が存在することが明らかになりました。地球のような惑星は、若い星の周囲のガスや塵がまじりあった円盤の中で物質が集まって作られると考えられており、惑星形成の現場を史上最高の解像度で捉えた画像として、世界中の研究者を驚かせました。

図1
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図1.アルマ望遠鏡が捉えた、おうし座HL星の周囲の塵の分布
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

塵の分布に見られる溝は、いったい何を表しているのでしょうか?一つの解釈は、そこですでに惑星が作られていると考えることです。円盤の中で作られた惑星が公転する間に周囲の塵や重力でひきつけることにより、惑星の通り道に沿って溝ができるというのです。この考えに従うと、おうし座HL星には既に多くの惑星が誕生しているのかもしれません。これまでの研究では惑星の誕生には数千万年の時間が必要だと考えられていましたが、約100万歳という若いおうし座HL星の周囲に複数の惑星がすでに形成されているという兆候が見えたことは、惑星形成に対する私たちの理解に大きな変更を迫る重大な発見といえます。

一方で、溝の形成には惑星以外のメカニズムも提唱されています。塵粒子どうしが衝突して合体成長したり破壊されたりといった大きさの変化や、ガスが凍りつくことによる塵粒子の生成でも、同様の溝ができる可能性があります。このため、実際におうし座HL星の周囲で惑星が形成されているかどうかを調べるには、質量比で塵の100倍も存在するガスの分布を調べることが重要になります。円盤に見られる溝が塵そのものの特性の変化に起因するのであれば、ガスで見た時には溝が見えないはずです。

ガスに含まれる分子から放たれる電波は塵から放たれる電波よりも弱いため、アルマ望遠鏡の感度をもってしてもその分布を明らかにすることは簡単ではありませんでした。そこで研究チームは、塵の円盤を描き出した観測で同時に取得されたHCO+(ホルミルイオン)分子が放つ電波の信号をアーカイブデータから取り出し、新たな解析手法を用いて感度の問題を解決できないか試みました。研究チームはまず、塵の円盤が軸対称であることからHCO+も軸対称な分布をしていると仮定しました。次に円盤をある半径ごとに区切り、円周方向に電波強度を足し合わせることで十分な信号-雑音比を確保しました。これにより、半径方向のガスの分布をこれまでになく高い検出感度と解像度で得ることができました。この処理で得られた10天文単位(1天文単位は太陽と地球の間の距離に相当)という解像度は、星の周囲の円盤の分子の観測としては、最も高いものとなりました。こうして得られたデータから模式的に円盤内のHCO+の分布を表したのが図2です。

図2
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図2. おうし座HL星の周囲のHCO+ガス(青)と塵(赤)の分布。円盤の隙間に点線を描いています。
点線なしの画像をダウンロードする (png)
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Yen et al.

図3
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図3. おうし座HL星の想像図。中心の星のまわりに塵とガスの円盤(赤色で描かれている)があり、そのさらに外側に厚いエンベロープが取り巻いています。また星からは両極方向に細く絞られたジェットが出ています。
Credit: Yin-Chih Tsai/ASIAA EPO

この画像から、円盤内のHCO+の分布に少なくとも2本の溝(半径はそれぞれ28天文単位と69天文単位)があることがわかりました。論文の筆頭著者であるイェン氏は、「驚くべきことに、これらの溝は塵の分布に見られた溝と対応しています。この一致は、ここで惑星が今まさに作られつつあるという説を支持しています。」と語っています。質量で塵の100倍を占めるガスの分布に溝が実際に検出されたということは、これらの溝は塵固有の性質による見かけの溝ではなく、実際に物質の量がそこで減っていることを起因していることを示しています。とりわけ内側の溝が存在する半径では、円盤のガスの密度が十分に高くなっていることからも、惑星系形成が進行している可能性が高いと考えられます。暗い溝と明るい環の明るさのコントラストや溝の幅と理論モデルとの比較から、研究チームはここに木星の0.8倍の質量を持つ惑星があると見積もっています。

一方で外側の溝は、内側の溝と同様に惑星によって作られたとも考えられますが、円盤内のガスと塵の摩擦によって物質が集積した結果である可能性も否定できません。もしこの構造が惑星の重力によるものだとすると、木星の2.1倍の質量を持つ惑星が潜んでいるかもしれないと研究チームは考えています。この溝の成因を明らかにするには、他の天体に対しても同じような観測を行って、惑星の重力による効果と物質の摩擦による効果を見極める必要があります。

イェン氏は「これらの溝が実際に原始惑星によって作られたものであれば、私たちが考えていたよりずっと早い段階で惑星が作られ始めている、ということになります。」とコメントしています。また研究チームの高桑繁久氏は、「今回の成果は、同じデータでも解析手法に工夫を加えることで隠れていた重要な情報も引き出すことができることを示した例であり、アルマ望遠鏡のさらなる科学的潜在能力を示しています。他の星のまわりの円盤を観測したアルマ望遠鏡データでも同様な解析を進めていくことで、惑星系形成が進んでいく様子を系統的に調べることができると期待しています。」と語っています。

この研究成果は、Yen et al. “Gas Gaps in the Protoplanetary Disk around the Young Protostar HL Tau”として、2016年4月1日発行の米国の天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に掲載されました。

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Hsi-Wei Yen(台湾中央研究院天文及天文物理研究所)、Hauyu Baobab Liu(欧州南天天文台)、Pin-Gao Gu、平野尚美、Chin-Fei Lee(台湾中央研究院天文及天文物理研究所)、Evaria Puspitaningrum(インドネシア バンドン工科大学)、高桑繁久(鹿児島大学)。

この研究は、台湾科技部からの支援を受けて行われました。

アルマ望遠鏡について

アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮
アルマ望遠鏡山頂施設 (AOS)空撮
Credit: Clem & Adri Bacri-Normier (wingsforscience.com)/ESO
アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA, “アルマ望遠鏡”)は、ヨーロッパ南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院国家科学委員会(NSC)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同ALMA観測所(JAO)は、ALMAの建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。

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