塩と熱い水蒸気に包まれる巨大赤ちゃん星のペア

国立天文台の田中圭特任研究員、理化学研究所のイーチェン・チャン基礎科学特別研究員らの研究チームは、アルマ望遠鏡を使って、ふたつの大質量原始星IRAS 16547-4247を観測し、それぞれの原始星を囲むガス円盤の中に、塵が砕かれて飛び出した塩化ナトリウムや、高温に加熱された水蒸気が含まれていることを発見しました。それら分子から放たれる電波を解析することで、ふたつのガス円盤が逆回転する様子などを明らかにしました。食塩の主成分でもある塩化ナトリウムが大質量原始星を取り巻くガス円盤で検出されたのはこれが2例目で、今回の発見は塩化ナトリウムや高温の水蒸気が放つ電波が大質量星の誕生を探るうえで重要な手掛かりとなることを示しています。

夜空の星たちには、太陽のような小質量星もあれば、ベテルギウスに代表されるような太陽の約10倍以上の質量を持つ巨大な星「大質量星」もあります。いずれも、宇宙に浮かぶガスと塵(ちり)の雲を材料にして生まれます。しかし、大質量星は小質量の星に比べて数が少なく、またその誕生現場も地球から遠くにあるため、大質量星の形成メカニズムの理解は小質量星のそれに比べて十分には進んでいません。一方で、大質量星は強烈な光を放ち、一生の最後には超新星爆発を起こして周囲の宇宙環境に大きな影響を与えます。このため、大質量星の形成メカニズムを理解することは、さまざまな宇宙現象を理解するための重要な要素と言えます。

特に、生まれたばかりの星が周囲からどのように物質を取り込んで大質量星に成長していくのかを理解することが重要です。小質量星の場合は、生まれたばかりの原始星の周囲をガスの円盤が取り巻いていて、原始星の重力によって引き付けられた物質はいったん円盤に滞留し、さらに原始星へと流れ込んでいくという過程が明らかになっています。大質量星も同じような過程を経ると考えられますが、大質量原始星の周囲のガス円盤の観測は十分にできていませんでした。大質量原始星の周囲には非常に大量のガスが存在し複雑な分布をしていて、ガス円盤を見分けるのが困難だったためです。これまでのアルマ望遠鏡を使った観測でも、大質量原始星周囲のガス円盤をとらえた例は限られています。

この問題に挑むため、国立天文台の田中圭特任研究員らの研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて大質量原始連星IRAS 16547-4247を観測しました。この天体は地球から見るとさそり座の方向におよそ9500光年の場所にあり、太陽の1000倍もの質量を持つ巨大なガスの雲の中に深く埋れています。IRAS 16547-4247はふたつの原始星からなる「連星系」であることが知られており、その合計質量は太陽の25倍と見積もられています。

研究チームは、アルマ望遠鏡の高い分解能と感度を生かして、原始連星IRAS 16547-4247の周囲にあるさまざまな分子が放つ電波をとらえることに成功しました。そして、分子によって分布が大きく異なることを明らかにしました。有機分子シアン化メチル(CH3CN)や二酸化硫黄(SO2)といった大質量原始星観測でよく調べられる分子は、ふたつの原始星を大きく取り巻く領域から検出されましたが、原始星近くの様子を調べるのには適していませんでした。一方で、それぞれの原始星の近傍からは高温の水蒸気(H2O)や、塩化ナトリウム(NaCl)、一酸化ケイ素(SiO)の分子が放つ電波が検出されました。

アルマ望遠鏡が撮影した原始連星IRAS 16547-4247の周囲の構造

アルマ望遠鏡が撮影した原始連星IRAS 16547-4247の周囲の構造。塵が放つ電波を黄色、シアン化メチル(CH3CN)が放つ電波を赤色、塩化ナトリウム(NaCl)が放つ電波を緑色、水蒸気(H2O)が放つ電波を青色で合成しており、画像下にはそれぞれの中心部の様子をクローズアップした様子を示しています。塵とシアン化メチルが原始連星を大きく取り巻くように広がっているのに比べて、塩化ナトリウムと水蒸気が個々の原始星のまわりに集中して存在していることがわかります。全体画像で原始星の上側には、原始星から放たれるジェットからの電波を水色で合成しています。
(全体画像のみをダウンロード)
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), Tanaka et al.

アルマ望遠鏡がとらえた分子などからの電波を解析することで、(1)連星系を取り巻く大きなガス円盤、(2)それぞれの大質量原始星を囲むふたつの小さなガス円盤、(3)そこから噴出するアウトフローとジェットといった、原始連星IRAS 16547-4247の詳細な姿が浮かび上がりました。特に2つの小さな円盤は、それぞれの原始星にガスを供給していて、大質量原始星の成長を探る鍵となります。

 

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観測成果をもとに描いた原始連星IRAS 16547-4247の周囲の想像図。連星を成す個々の原始星の周囲に小さなガス円盤があり、これらはより大きなガス円盤の中に位置しています。原始星からは漏斗状にガスが噴き出している他、右側の原始星からは細く絞られたジェットが吹き出していて、周囲のガスと衝突していくつかの明るい電波源を作っています。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)

 

さらに研究チームは、個々の大質量原始星を取り巻くふたつの円盤が互いに逆方向に回転している兆候を見つけました。ふたつの星からなる連星系がひとつの巨大なガス円盤の分裂から誕生した「双子」だとすれば、個々の原始星円盤は同じ方向に回転するはずです。「もし本当にふたつの円盤が逆回転しているとしたら、それぞれの原始星は少し離れた場所にあった別々のガスの集まりから生まれ、やがて出会ってペアを組んだ可能性があります。つまりIRAS 16547-4247は本当の双子ではなく、となりあって生まれた他人だったのかもしれません。」と研究チームのイーチェン・チャン氏はコメントしています。

このようにガス円盤の様子をつぶさに明らかにできたのは、原始星近傍のみに含まれる塩化ナトリウムなどの分子を検出することができたお陰です。「食卓塩としても馴染みのある塩化ナトリウムですが、実は宇宙ではありふれた分子ではありません。大質量原始星のまわりの円盤に塩化ナトリウムが見つかったのは、オリオンKL電波源I(アイ)に次いで今回が2例目でした。オリオンKL電波源Iは大質量原始星の中でも少し変わった特性を持つ星なので、塩化ナトリウムが本当に大質量原始星のまわりを見るのに適しているかどうかわかりませんでした。今回観測したIRAS 16547-4247は一般的な大質量原始星ですから、今回の研究によって、大質量原始星のガス円盤を探るうえで“塩”が本当に重要なツールになることがはっきりしました。」と、田中氏は今回の研究の意義を述べています。

高温に熱された水蒸気や、塵が砕かれることで飛び出したと考えられる塩化ナトリウムが検出されたことで、大質量原始星を育むガス円盤の熱くダイナミックな姿が明らかになってきました。今まさに検討が進む次世代超大型電波干渉計(ngVLA [1] )は、塩化ナトリウムのような塵の破壊で飛び出す分子が放つ電波を観測するのに適した性能を持っています。そのため「熱い円盤」に含まれる分子の観測は今後ますます発展し、大質量星の誕生メカニズムの解明につながることでしょう。

また、46億年前に私たちの太陽系を生んだ原始太陽系円盤でも、塵が蒸発するような高温を経験したことが隕石に含まれる様々な証拠から知られています。今後、塩化ナトリウムと高温の水などを手掛かりに「熱い円盤」の観測を進めることで、太陽系誕生時の様子を探るヒントを得られるかもしれません。

論文・研究チーム
この研究成果は、K. E. I. Tanaka et al. “Salt, Hot Water, and Silicon Compounds Tracing Massive Twin Disks”として、天文学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ」に2020年8月25日付で掲載されました。

今回の研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
田中圭(国立天文台/大阪大学)、Yichen Zhang(理化学研究所)、廣田朋也(国立天文台/総合研究大学院大学)、坂井南美(理化学研究所)、元木業人(山口大学)、富田賢吾(東北大学/大阪大学)、Jonathan C. Tan(チャルマース工科大学/バージニア大学)、Viviana Rosero(アメリカ国立電波天文台)、樋口あや(国立天文台)、大橋聡(理化学研究所)、Mengyao Liu(バージニア大学)、杉山孝一郎(タイ国立天文学研究所/国立天文台)

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP19H05080, 19K14760, 19K14774, 17K05398, 19H05082, 19H01937, 16H05998, 17KK0091, 18H05440, 20K14533)、国立天文台ALMA共同科学研究事業(2017-05A)、理化学研究所基礎科学特別研究員制度、ERC project MSTAR、VR grant 2017-04522の支援を受けて行われました。


1 ngVLA (next generation Very Large Array) は、アメリカ国立電波天文台が中心になって検討を進めている次世代の電波干渉計です。アルマ望遠鏡より少し低い周波数の電波を非常に高い解像度で観測し、惑星形成や星間化学、銀河進化、パルサー研究やマルチメッセンジャー天文学などに大きな進展をもたらすことが期待されています。

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