2020.02.14
地上大型電波望遠鏡により、土星の衛星タイタンの大気成分の詳細な観測に成功 ~太陽系外からの放射線が大気成分に与える影響を明らかに~
土星の衛星「タイタン」((タイタンは、2570kmの半径を持つ土星系最大の衛星です。大気の主成分は窒素であり、地表の気圧は1.5気圧に及びます。2番目に多い大気成分はメタンであり、窒素とメタンを起点としてさまざまな分子が大気中に存在し、大気中の化学過程は太陽系の天体で最も複雑とも言われます。地表まで紫外線が届かないため、光化学反応により成層圏でさまざまな分子が生成されること、南極・北極を囲むように渦が生じることで,両極の上空の大気成分が他地域と異なるなど、地球と類似した大気環境を持ちます。))は、地球同様に窒素を主成分とし、地表で1.5気圧という分厚い大気を持つ天体です。大気中には地球大気には見られないような複雑な分子ガスが存在し、これらは多様な化学過程を経て生命の構成要素であるアミノ酸を生成する可能性すら指摘されています。そのため、タイタン大気における化学過程の解明は、現代の惑星科学の重要なトピックとなっています。実際にアメリカ航空宇宙局(NASA)が送り込んだ探査機「ボイジャー」や「カッシーニ」はタイタンの詳細な観測を行っており、大気内にシアン化水素やプロパンといった多様な分子ガスが存在すること、その量が季節によって1000倍程度もダイナミックに変化することなどを示してきました。しかしカッシーニ探査機は2017年にミッションを終了して廃棄されてしまっており、さらなる研究の進展のためには、地上大型望遠鏡を用いた観測・解析技術の構築が必要でした。
研究グループは、南米チリに設置されたアルマ望遠鏡を用い、タイタンの成層圏に10 ppb(大気全体の1億分の1ほど)とごくわずかに存在する複雑な分子「アセトニトリル(示性式CH3CN)((アセトニトリル(分子の構造を示す示性式はCH3CN)は、地球上ではもっぱら液体として存在し、溶媒として用いられますが、タイタンの成層圏においては気体として存在します。))」と、さらにその1/100ほどしか存在しない「窒素同位体((安定して存在できる窒素原子には重さの異なる2種類(14N, 15N)が存在します。今回の観測では、14Nと15Nそれぞれを含むアセトニトリル(CH3C14N、CH3C15N)を観測し、その量の比を測定しました。地球上では14Nは15Nの約273倍存在しており、これを窒素同位体比=273といいます。今回の研究では、14Nと15Nそれぞれを含むアセトニトリルを同時に観測し、タイタン大気中でのそれぞれの量を求めることで、アセトニトリル中での窒素同位体比を計測しました。得られた値は125(誤差は+125, -44)であり、タイタン大気に含まれる他の窒素化合物であるシアン化水素やシアノポリイン分子よりも高い値(それぞれ94または72、67)でした。いっぽうで窒素分子(168)よりは低い値でした。アセトニトリル、シアノポリイン、シアン化水素といった窒素化合物の生成は、窒素分子を紫外線や銀河宇宙線(後述)が破壊(解離)し、窒素原子を生み出すところから始まります。シアン化水素とシアノポリイン分子が低い同位体比を取るのは、14Nを含む窒素分子を解離できる紫外線が高高度で失われてしまい、15Nを含む窒素分子が相対的に多く解離されることで、生成された15Nに富む窒素原子をもととして両分子が形成されるためであると考えられます。逆に、銀河宇宙線が窒素分子を解離する際には、14Nを含む窒素分子と15Nを含む窒素分子を均一の確率で解離します。すなわち、紫外線と銀河宇宙線により解離された窒素原子は、それぞれ異なった同位体比を持つことになります。窒素同位体比の測定により、アセトニトリル分子のもととなった窒素原子がどのように解離したものなのかを特定し、アセトニトリルがどの高度で生成されたのかを示すことができたことが、今回の科学的な成果です。))(CH3C15N)」が放つ、微弱な電波の同時検出に成功しました。そして、検出した電波の特徴の詳細な解析((研究チームは、15Nを含むアセトニトリルのスペクトルが含まれる可能性のあるデータを抽出し、その中から最もスペクトル強度の高いデータを選び出しました。また、検出された信号強度を分子の量に変換するための計算コードの開発も行いました。研究チームはタイタンの大気環境やアルマ望遠鏡の特性を考慮した解析コードを開発し、本研究に使用しました。
))からアセトニトリルの窒素同位体の存在量を明らかにし、さらに近年の大気化学シミュレーション研究との比較により、タイタン大気におけるアセトニトリルの生成には太陽系外から飛来する放射線(銀河宇宙線((銀河宇宙線は高いエネルギーの陽子(電子のない水素原子)を主成分とし、太陽系の外から飛来します。銀河宇宙線は大気と反応しにくいために、紫外線が侵入できない低い高度まで侵入することができます。紫外線と同様に窒素分子を解離して窒素原子を作りますが、窒素原子の同位体比はもとの窒素分子の値を保つ点が異なります。そのため、窒素同位体比を計測することで、分子が紫外線による解離で生成されたのか、銀河宇宙線による解離で生成されたのかを切り分けることが可能です。今回観測したアセトニトリルは、シアン化水素やシアノポリインと同様に成層圏上部でも生成されると考えられますが、紫外線の届かない成層圏下部では両分子が生成されにくいのに対し、アセトニトリルは成層圏下部においても銀河宇宙線により生成された窒素原子から生成されます。同位体比の測定から、アセトニトリルが℃の高度で生成されたのかを同定できたことが、今回の大きな成果です。)))が重要な役割を果たしていることを世界で初めて確認しました。
これまで、太陽系内天体の科学研究では探査機による観測が大きな成果を挙げてきました。探査機は観測天体の近傍から詳細な観測ができる一方で、研究テーマの立案から観測までは多くの時間や人的コストを必要とします。本研究では、最先端技術を投入して建設された地上大型望遠鏡を用いることで、探査機同様に遠く離れた天体の大気成分の詳細な観測が地上からでも可能になることを示しました。また、今回の観測分子の選定は2018年に出版されたシミュレーション論文に基づくものであり、地上望遠鏡による機動的な研究テーマ設定を実現したものです。
今回の観測データはアルマが較正用に取得したデータであり、同様の目的で取得されたタイタンの観測データは無数に存在します。研究チームは、家庭用の標準的なパソコンが持つハードディスクの100~1000倍に達する500TB(テラバイト)もの巨大なハードディスクを本研究のために整備し、莫大なデータ量の較正観測データ(ビッグデータ)から科学解析的に利用可能な有意義なものを抽出しました。さらに電波の特徴(スペクトル形状)の情報科学的な解析から、大気分子の存在量や分布高度を割り出すという、アルマ惑星大気データの一連の解析プロセスも確立されました。
大気における分子ガスの生成においては、太陽紫外線によって駆動される光化学がよく知られています。しかしタイタンは地球に比べると太陽から離れた天体であり、紫外線の強度は数%にまで低下します。さらに、銀河宇宙線は太陽系の外側ほど強力であり、紫外線よりも低高度まで侵入できる銀河宇宙線が成層圏下部で窒素分子を破壊して窒素原子を生成し、アセトニトリルの生成につながるということを観測的に初めて示しました。これは同時に、窒素同位体比の精密な計測が、遠く離れた天体の大気成分がどのように生成されたのかを解明する有力な手段であることを示した成果としても重要です。
アセトニトリルのように成層圏下部で生成される分子は他にも存在する可能性があり、今後の大気化学シミュレーション研究や、それをもとにしたアルマ望遠鏡など多くの望遠鏡群を用いたさらなる観測研究につながることが期待されます。さらに、今回のように同位体比を用いた大気化学プロセスへのアプローチは、生成プロセスの不明な窒素化合物を持つ他の惑星(特に木星・海王星)の大気化学の理解につながる一歩になると考えられます。
論文・研究チーム
この観測成果は、T. Iino et al. “14N/15N isotopic ratio in CH3CN of Titan’s atmosphere measured with ALMA”として、2020年2月17日にアメリカの天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されます。
この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
飯野孝浩(東京大学)、佐川英夫(京都産業大学)、塚越崇(国立天文台)
この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(No. 17K14420, 19K14782)、公益財団法人電気通信普及財団、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの支援を受けて行われました。