銀河形成理論に再考を迫る、宇宙初期の回転円盤銀河

ビッグバンで宇宙が始まって以来138億年の歴史の中で、私たちが住む天の川銀河のようなほとんどの銀河は長い時間をかけて成長し、現在のような巨大な姿になったと考えられています。しかし、アルマ望遠鏡による観測で、宇宙年齢が現在のわずか1割だった時代に、大きな質量を持つ回転円盤銀河があったことが明らかになりました。これは、従来の銀河形成の理論モデルに疑問を突きつける重要な成果です。この観測結果は、2020年5月20日付の科学誌「ネイチャー」に掲載されました。
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初期宇宙に見つかった回転円盤銀河「ヴォルフェ円盤」の想像図。
Credit: NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello

 

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アルマ望遠鏡が観測した回転円盤銀河「ヴォルフェ円盤」。塵の分布を黄色、炭素イオンガスの分布をマゼンタで表現しています。宇宙年齢が現在の1割ほどだった時代に存在した巨大な銀河です。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), M. Neeleman; NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello

 

今回アルマ望遠鏡で観測した銀河は「DLA0817g」と名付けられていますが、研究チームは天文学者である故アーサー・ヴォルフェの名を取って「ヴォルフェ円盤」と呼んでいます。この銀河は、これまで発見された中で最も遠くにある回転円盤銀河です [1] 。アルマ望遠鏡の高い観測能力によって、この銀河が秒速272キロメートルで回転していることが今回明らかになりました。この回転速度は、天の川銀河の回転速度とほぼ同じです。

ドイツ・マックスプランク天文学研究所のマーセル・ニールマン氏は「これまでの観測でも、ガスを豊富に含む若い円盤銀河が回転していることを示す手がかりは得られていましたが、アルマ望遠鏡の観測によって、宇宙誕生後15億年に満たない時代の銀河が確かに回転しているというはっきりとした証拠を得ることができました。」とコメントしています。

ヴォルフェ円盤が確かに回転しているという観測結果は、従来の研究に対して異議を唱えるものと言えます。というのも、銀河形成を論じたほとんどの理論モデルでは、小さな銀河が時間をかけて合体して大きな銀河になるとされていました。ニールマン氏は「初期宇宙に発見される銀河のほとんどは激しい銀河衝突を引き起こしている途中にあるため、その姿は無秩序なものになっています。ですから、現在の宇宙に存在する銀河のような、低温のガスが秩序だって回転しているような円盤を初期宇宙に作るのは難しいのです。」と語っています。

従来の研究では、宇宙誕生後15億年に満たない時代の銀河は、多くの小さな銀河や高温ガスのかたまりを飲み込みながら成長する途上にある、と想定されていたのです。銀河衝突や高温ガスの流入によって作られる激しいガスの動きが落ち着き、秩序だった動きをする円盤銀河が作られるのは、ビッグバンから60億年ほど経過したころだとされていました。しかし今回、アルマ望遠鏡で宇宙誕生後15億年の時代にも整った円盤銀河があることが明らかになりました。銀河形成の別のシナリオが必要であることが示されたのです。

「私たちは、ヴォルフェ円盤が、冷たいガスが安定的に供給されることで成長してきたのだと考えています。しかし、秩序だった回転を保ちながらどのようにしてこれほどの質量を持つ円盤に成長してきたのかは、謎のままです。」と、論文の共著者であるカリフォルニア大学サンタクルーズ校のゼビエル・プロチャスカ氏はコメントしています。

研究チームは、アメリカにある電波干渉計カール・ジャンスキーVLAとハッブル宇宙望遠鏡を使って、ヴォルフェ円盤をさらに観測しました。アルマ望遠鏡ではこの銀河の動きとともにそこに含まれる原子ガスと塵の質量を測定できる一方、カール・ジャンスキーVLAでは星の材料となる分子ガスの量を測定できます。また、ハッブル宇宙望遠鏡が観測した紫外線では、大質量星を調べることができます。プロチャスカ氏は、「ヴォルフェ円盤の星形成率は、天の川銀河よりも少なくとも10倍高い値を示しています。初期宇宙で最も生産的な円盤銀河のひとつと言ってもいいでしょう」と観測結果を説明しています。

 

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アルマ望遠鏡、VLA、ハッブル宇宙望遠鏡で撮影したヴォルフェ円盤。右画像では、アルマ望遠鏡のデータを赤、ハッブル宇宙望遠鏡のデータを青で示しています。また左画像では、VLAのデータを緑、ハッブル宇宙望遠鏡のデータを青で示しています。アルマ望遠鏡は原子ガスと塵、VLAは分子ガス、ハッブル宇宙望遠鏡は星の分布を明らかにしました。
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO), M. Neeleman; NRAO/AUI/NSF, S. Dagnello; NASA/ESA Hubble

 

ヴォルフェ円盤が最初にアルマ望遠鏡で発見されたのは、2017年のことでした。ニールマン氏らのチームは、より遠方にある「クエーサー」の光を詳細に調べているときに、この天体の存在に気づきました。クエーサーからの光の一部が、ヴォルフェ円盤を取り囲む水素ガスに吸収されていたのです。遠方銀河が放つ光を直接とらえる、という試みはよく行われていますが、この方法で見つかるのは、その銀河が極めて強い光を自ら放っている場合に限られます。つまり、非常に明るいごく一部の特殊な銀河を見ているに過ぎない可能性があります。一方で吸収される光を使って銀河を探す方法では、背景に明るい光源がある場合に限られるものの、見つかる銀河そのものの性質には偏りが生まれません。つまり、より暗い「普通の銀河」まで発見できる可能性が高まるのです。

ニールマン氏は「吸収を使った方法でヴォルフェ円盤を発見できたので、この天体が宇宙初期には一般的であったことを示しています。アルマ望遠鏡を使った最新の観測でその回転が捉えられたことから、整った回転を持つ天体はこれまで私たちが考えていたよりも珍しいものではなく、初期宇宙にももっとたくさんの同種の天体が潜んでいると考えられます。」と語っています。

「今回の成果は、アルマ望遠鏡の高い感度が私たちの宇宙の理解を前進させる好例と言えます。アルマ望遠鏡では、ほぼどの観測でも、新しくて期待を超える発見をもたらしてくれるのです。」と、米国科学財団で天文学プログラムディレクターを務めるジョー・ペセ氏は語っています。

この記事は、米国立電波天文台のプレスリリース “ALMA Discovers Massive Rotating Disk in Early Universe”に基づいて作成しました。

論文・研究チーム
この研究成果は、M. Neeleman et al. “A Cold, Massive, Rotating Disk 1.5 Billion Years after the Big Bang”として、2020年5月20日付の科学誌「ネイチャー」に掲載されます。
DOI: 10.1038/s41586-020-2276-y

この研究を行った研究チームのメンバーは、以下の通りです。
Marcel Neeleman (Max Planck Institute for Astronomy)、J Xavier Prochaska (University of California, Santa Cruz/東京大学)、Nissim Kanekar (Pune University)、Marc Rafelski (Space Telescope Science Institute/Johns Hopkins University)


1 この銀河は、地球から見るとかに座の方向にあります。この銀河の赤方偏移は、z=4.26でした。これをもとに宇宙論パラメータ(H0=67.3km/s/Mpc, Ωm=0.315, Λ=0.685: Planck 2013 Results)で距離を計算すると、123.9億光年となります。距離の計算について、詳しくは「遠い天体の距離について」もご覧ください。

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