2022.10.26
金属3Dプリンタで製作された初の電波天文用極低温受信機部品
3次元モデルデータに基づいて材料を積層・結合させることにより立体的に製品を生成する付加製造技術(Additive Manufacturing, AM)は日々発展しています。金属を用いるものでは、金型などの工業製品製造用部品だけでなく、鉄道、自動車、航空機、医療機器などの実用部品としても普及が進んでいます。AMでは、材料の積層によりモデルを実体化させるため、切削加工に比べて設計の自由度があります。また、設計から実体化までの期間を従来の工法に比べて短くできることから、開発期間の短縮や、工業製品では在庫品を減らすなどのメリットがあります。
国立天文台では2015年ごろから、アルマプロジェクトと先端技術センターが連携して、この技術の天文観測機器への応用を検討してきました。天文観測機器はひとつの望遠鏡にひとつだけの装置という固有なケースが多く、また特殊な部品が必要になるため、積層造形技術を有効に活用できる可能性があります。そこで、私たちは、当時プロトタイプの設計開発が進んでいたバンド1用部品を試作品として選定し、装置の販売代理店企業と相談をしながら、造形技術によって実際にできることできないこと、造形技術の利点欠点などを検証しました。この初期検討をふまえ、2019年に先端技術センターに金属3Dプリンタを導入し、実用品としてのコルゲートホーン製作に着手することになりました。
コルゲートホーンは、天体からの電磁波を受信機上で最初に受信し、後段に設置された検出器へ電磁波を集光する役目を果たします。最先端の電波天文受信機に使用するためには、アンテナビームパターンやその周波数特性など、コルゲートホーン自体の性能が仕様を満たす必要があります。その上、コルゲートホーンが設置される低温かつ真空環境で問題なく機能するための金属材料物性の評価も重要です。そのため、常温および低温での機械的強度、収縮率、熱伝導率、電気伝導率などの物理・電気特性を入念に調べ、その妥当性を確認する必要がありました。これらの検証は、専門的知見をもつ大学や研究機関の協力を得ながら進められました。また、コルゲートホーンとしての仕様を満たすために、造形時の様々なパラメータ等を工夫しました。造形を担当するチームは、「私たちにとって大変だったのは、コルゲートホーンそのものの開発と同時に、導入されたばかりの造形装置および周辺機器、専用ソフトウェアの操作など、新しく習得しなければいけないことが山積みだったことです。最終的に、開発期間約2年を経て、従来の切削加工によるものと同等に使用できるコルゲートホーンを製作することができました。」と開発中の様子を語っています。
東アジアアルマプログラムマネージャーであり、本開発プロジェクトに技術者として参加していたアルバロ・ゴンサレス氏は「今回の受信機部品の製作には、金属3Dプリンタを用いた新しい製作技術が適用されています。この技術により、50GHzまで受信可能な部品を非常に高速かつ正確に製作することができます。大型干渉計や大型マルチビーム受信機などの部品をこれまでよりも短い期間で大量生産する道が見えてきました。また、従来の製造方法では不可能であった、複数の部品を1つの部品としてまとめて製作することが可能になるかもしれません。これは、天文観測用受信機のさらなる性能向上につながると考えます。金属による積層造形技術を利用することにより、アルマ望遠鏡がサブミリ波天文学のさらなる可能性の扉を開きます。」と 述べます。
現在、製作されたコルゲートホーンは、バンド1受信機開発の主担当である台湾の中央研究院天文及天文物理研究所で受信機に搭載され、最終性能評価が進んでいます。これまでの結果では、コルゲートホーンはアルマ望遠鏡の仕様に適合していることが確認されています。「バンド1プロジェクトチームは、バンド1受信機の部品製作に適用された積層造形技術に期待を寄せています。ミリ波受信機製作において、積層造形技術の適用事例を示すことは画期的なことでしょう。金属3Dプリンタで製作されたコルゲートホーンがアルマ望遠鏡に搭載され、実際に宇宙からの電波を受信する日がとても楽しみです。」と、バンド1プロジェクトマネージャーである台湾の中央研究院天文及天文物理研究所のTed Huang氏は述べます。これらの受信機ユニットは、今後数カ月のうちにチリのアルマ望遠鏡サイトへ輸送される予定です。
謝辞
本開発・製作にご協力いただいた大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構、北陸先端科学技術大学院大学、株式会社NTTデータザムテクノロジーズに感謝いたします。
論文情報
本開発・製作内容は、 A. Gonzalez et al. “Metal 3D-Printed 35–50-GHz Corrugated Horn for Cryogenic Operation”として、科学専門誌『Journal of Infrared, Millimeter, and Terahertz Waves』にて報告されました (https://doi.org/10.1007/s10762-021-00825-3)。
アルマ望遠鏡について
アルマ望遠鏡(アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計、Atacama Large Millimeter/submillimeter Array: ALMA)は、欧州南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)がチリ共和国と協力して運用する国際的な天文観測施設です。アルマ望遠鏡の建設・運用費は、ESOと、NSFおよびその協力機関であるカナダ国家研究会議(NRC)および台湾行政院科技部(MoST)、NINSおよびその協力機関である台湾中央研究院(AS)と韓国天文宙科学研究院(KASI)によって分担されます。 アルマ望遠鏡の建設と運用は、ESOがその構成国を代表して、米国北東部大学連合(AUI)が管理する米国国立電波天文台が北米を代表して、日本の国立天文台が東アジアを代表して実施します。合同アルマ観測所(JAO)は、アルマ望遠鏡の建設、試験観測、運用の統一的な執行および管理を行なうことを目的とします。